第25話 不倫のお誘いを…A受ける Bかける
「はっ。あ! そうですね!」
優しい人です、なんてありがたいのでしょう! と、シュゼットは感激してしまう。
けれど不機嫌そうなのは何故なのでしょう!? プロスペールの背中を後追いしそうに見つめていたことが、頼りなくて腹がたった、とかでしょうか!?
そ、そうです、ここはしっかり、ゼアヒルド様に言われたことを実行できるところでも見せて、見直させなくては。
シュゼットは、ゼアヒルドがウォーレンと呼んだ眼鏡の青年騎士に、
「ウォーレン様?」
落ち着いた雰囲気の眼鏡の騎士は、
「はい。シュゼット、着替えの件ですね。他の指示をしてしまうので、少々待って下さい」
「はい!」
というわけで見ていると、集まってくる村の長老たちや女たち、若者に、ウォーレンはその場でてきぱきと仕事を割り振っていく。
宴がどんなものかはシュゼットには分からないが、ウォーレンの頭の中では、どんな支度が必要で、どんな人手をどのタイミングでどれだけあてればいいか、完璧に整理がついているようだ。
すごい……とシュゼットは騎士ウォーレンを見上げていた。
騎士たちの中で年長の方というわけではなく、ギャレットと同じ年頃の、十代後半だ。にもかかわらず、騎士も村人も、ウォーレンにまとめて貰うのが一番いいとでもいうように、信頼を寄せていた。
誰もがウォーレンめざして相談にくる。すると、ウォーレンは、彼が得意です、彼女にお願いできますよ、それについてはあそこにあれがあります、それはここのそれを利用すればよいでしょう、とすぐに解決策を提案する。そうできる度量と経験と知見をあわせもっているのだった。
騎士たちの中で一人だけ、騎士というより神学生のような装束なことも、説得力を感じさせる雰囲気の源かもしれない。とは言え。
この方、とても十代後半には見えません。人生何度目とかではないのです?
「よう、嬢ちゃん。結婚したなら求愛できるな。ちょいと儂の貴婦人ってやつになっちゃあくれねえか?」
ウォーレンの用が済むのを待っていると、エセルバートがやってきて言い、ともに来たモイーズも、
「そうそう、結婚しはって、申し込みやすなったわー。ここは一つどうやろか、御身は我と恋仲になったらよろしおす。逢瀬のたんびにすてっきなおもてなしをお約束しますさかい」
「け、結婚したならって、ぎゃ、逆では?」
と、シュゼットは焦った。
「まかせな! 自分の貴婦人になってくれよ。愛の臣従ってやつを誓うぜ!」
「うぃーっす! 余(われ)にしとけよ、ぜってー損はさせねえぜ?」
絵に描いたような白馬の王子然とした容姿の騎士も言うし、少年騎士まで名乗りをあげて、シュゼットは目を白黒させる。
と、眉間に皺が特徴で、先ほどギャレットを理詰めに追い込んでいた騎士が、
「俺を選択するのはどうだろう、レディ。ぜひそうし給え。なに、騎士道の恋とは煎じ詰めれば不倫だよ」
「そっそうなんですか?!」
「そうだとも。さあ、お手を、レディ」
「マダム」
「マダム・シュゼット」
「シュゼット」
そろってうやうやしく手を差しだすし、片膝を折ってシュゼットの手を取り、甲にキスをする騎士までいる。
これはいけない、とシュゼットは天を仰いだ。並みいる美男子に取り囲まれ、冗談だとは思うが全員から恋愛の申し込みを受けて、くらくらする。
「仮にも私が夫となった以上、許しませんよ!!」
ギャレットが割って入った。追い払う仕草で、
「しっしっ、ほら、離れて、離れて!」
「出たよ。自信がないんだろう」
「くだらない挑発になぞ乗りませんよ。それで首尾よくシュゼットが落ちたら、夫の監督不行き届きと言いだすつもりでしょう」
「ばれとるなあ」
「分かりますよ、私だってそうしますからね!! はい解散!!」
「なんか今どさくさにまぎれて何かを」
「かい、さん!! 現役だったらの話ですから!」
手を振り回し、騎士たちの背をぐいぐいと追いやって、ギャレットはシュゼットの半径一〇歩の範囲から、用のあるウォーレン以外の騎士を追い出した。
「おや。では、わたくしは申し込んでいいのかな。シュゼット、ご夫君の許しも出ているので、どうかわたくしの貴婦人に」
穏やかに言うウォーレンの顔を、シュゼットは、穴のあくほど見上げていた。
恋の誘い云々ではなく、さきほどから、気になってきたことがあるのだ。
「しれっと何を! 駄目です!」
ギャレットがウォーレンに噛みつくように言い、
「分かっていますね、シュゼット。騎士という騎士はご婦人と見れば見境なく恋愛を申し込む、しようのない性の生き物です。それが騎士道というものゆえに。自重して、御身をどうぞ大切に」
「あの、サー・ウォーレン、わたし、前にどこかであなたに会ったことがありませんか?」
「ちょっ!? まさかのシュゼットからの誘惑ですか!?」
ギャレットが愕然として喚き、周囲でエセルバートやモイーズたちがどっと笑った。シュゼットははっとする。
「ひゃああ、違います違います!! そう聞こえてしまいましたか! 違うんです、そういうことではなく!」
慌てて手を振り、誘いをかける常套句で言ったのではないと否定する。が、それが余計に騎士たちを涌かせてしまった。エセルバートなどは、腹を抱えて豪快に笑っている。
「ただ、なつかしい感じがしたのですぅ」
消え入るように言うと、ウォーレンが、眼鏡の奥で瞳を見開いた。
呆然とされて、シュゼットはあれっと気が気ではなくなる。またさらに常識的ではないことを言ってしまったのでしょうか!?
「……これは驚きました。この私、一目千両とはどんなものか、実は昔、魔術で一目千両殿へもぐりこんでみたことがあります」
と、ウォーレンは言った。
「幼いあなたにまとわりつかれて、高い高いをしたり、にらめっこをしたり、遊んであげましたね。そのときの私は違う姿だったのに、何故分かったのですか」
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