第24話 結婚式のキス
――この中で、き、キスを……くちづけを!?
せずには済ませられない雰囲気。
長い白髪に長い白髭の老神官が、手をあげて合図をすると、騎士たちの列は剣を抜き、切っ先を天に向ける形に胸の前で両手で立てた。対面する若い女性神官たちの列は弓を肩から外し、天へ向けて指で弾いて弦音をたてた。
抜き身の金属の剣と弓の弦音で、清浄に祓われた空間が生まれる。人々も静まる。そのただ中で、シュゼットとギャレットは聖なる誓いの口づけを待ち望まれている。
シュゼットが凝固していると、ギャレットが頼もしく、
「ふりだけでいいです。上手にそれらしく見えるようやってのけますから、ご安心ください」
衆目の中、シュゼットだけに聞こえるようにささやくと、シュゼットが目をつぶっている間に、そうした。
手袋をはずした騎士の手のひらがシュゼットの顎を包むようにあてられ、顔の近づく気配がしただけで心臓が跳ね回って飛び出しそうになるシュゼット。が、もちろん、気配は唇にかすることもなく、すぐに遠ざかっていった。
目を開けると、
「おめでとう!!」
「おめでとうございますサー・ギャレット!!」
「シュゼット様ばんざい!」
「お幸せに!!」
拍手と歓呼の声が沸き立った。
へたへたと、座り込んでしまうシュゼット。おっと、とギャレットが腕を回して抱き起こしてくれて、どうにか立ちあがる。
見ると、ギャレットは照れた顔で、神域の外まで居並んだ民に手を振って見せていて、シュゼットにも、
「よかったら手を振ってやって下さい。皆喜びます」
と囁く。
「あっはい」
なんでしょう、この方は、もの慣れているというか、私より一目千両に向いているような演技派では!?
背に回されたギャレットの腕の中、手を振って見せると、晴れ着の人たちが皆ひときわ大きな笑顔になって、手をちぎれんばかりに振り出す。
なるほど、王子さま、なのですねえ……。領民の喜ぶことを心得ているし、優先することに慣れている。シュゼットは感心しきりだった。
それにしても、城の人々も、とてもいい人たちだ。優しく温かい人柄の方たちばかりのよう……と、シュゼットは一人一人の顔を見渡していた。
「シュゼット様ー!」
「にこにこしていててかわいらしい人ね!」
「プロスペールの旦那が養い子にしたんだと! 気立てのいい子なんだな!」
「それに見ろよ、優雅だなあ」
「きっと大貴族のお姫さまよ!」
「すげえな、あの綺麗な肌」
「大貴族? 貴族じゃないって話だが?」
「庶子なんじゃね? どう見ても貴族さまの血、入ってんだろ」
「庶民の出には見えないものね!」
「ギャレット様が選ぶだけあるわーって感じ!」
領民たちが口々に言い合うのが聞こえてくる。
騎士たちはいつのまにか鞘へ剣を収め、女性神官たちも弓を肩にしていた。
「皆の者聞け!!」
ゼアヒルドの凜とした声が青空のもとに響いた。
「シュゼットは、騎士ギャレットの妻となり、我がラウラの剣騎士団の騎士見習いとなった! これより妾の、ゼアヒルド城の城館に住まう!!」
そう宣言し、騎士たちに対するのと同じ敬慕と力添えを民に頼んでくれるゼアヒルドと、僕からも頼む、と言ってくれるプロスペール。シュゼットは胸が熱くなった。
涙が溢れてくる。
もしかしたら、私はここに居ていいのですか……!?
現実感がなかった。けれど、人々の、騎士たちの、ゼアヒルドの、プロスペールの温かさは本物だ。伝わってくる。押し寄せてくる。
集まった人々は、ゼアヒルドとプロスペールの頼みに、もちろんのように歓呼をあげて応え、それにもシュゼットは胸が詰まった。
披露の宴は、時間を置いて夕方だとも宣言された。その準備に人々はこれから入る。
三々五々散っていく人々。
式が終わっても、シュゼットは胸を押さえていた。
「大丈夫ですか、シュゼット。疲れてしまいましたか」
「あ、いえ。私、住む場所ができたのですね……騎士見習いに、なったのですね……」
ギャレットが、眉を下げてシュゼットの手を握ってきた。言葉もなく、思いやる気持ちが嬉しい。プロスペールは、うん、うん、とにこにこして見守っていた。
ゼアヒルドが、
「では騎士見習い。最初の課題だ。まずは三日で城館の郭を一〇週してこい」
「え?」
「内郭の内がわを一〇週走れ、といったのだ。三日でな」
中郭にあるこの神殿からは、少し斜面を登ったところにそびえる、城壁に囲まれた内郭。そこは、戦となったときに近隣住民と兵とが最後にたてこもる区画で、大弓機の規模のためだろう、かなりの広さだった。
ゼアヒルドと騎士たちの住まう館。
領地の政をする館。
数々の倉。
それらで働く者たちの家々を中心としたひとつの町。
それらがすっぽり収まってなお余りある広さだ。
「待ってくださいデイム! シュゼットの前職を考えると、絶対に無理です。運動能力的に」
「ギャレットの返事など聞いておらん。妾の求むるはシュゼットの返事のみ。まさか騎士見習いが、できぬとは申すまいな?」
「やります! やらせてください!」
「あああ、また! あなたはなぜそういうことを!」
天を仰ぐギャレットをよそに、シュゼットは、嬉しくてもう走り出そうとしていた。いてもたってもいられなかった。街を、自分の足で動き回っていいのだ。
「まあ待て、着替えてからにせよ!!」
「あっそうでした」
あはは、とシュゼットは頭をかく。
「まったく、ドレスのままで走る気だったのか? ギャレット、ちゃんと一〇周するか見届けろ。シュゼット、終わったらギャレットを証人に、妾の執務室へ報告に参れ。三日以内だ、しあさっての昼下がりまでに、必ずだぞ」
「はい!」
「ウォーレン、作業に、シュゼットの着替えの手配を追加だ。任せた。では! 来い、プロスペール」
ゼアヒルドはきびすを返すと、プロスペールを引き連れて城へひとあし先に城へ上っていく。
「じゃあ、あ・とでね」
「え」
「ちょ・と、僕は、これから、たい・せつな、たい・せつな……用事・なんだ」
一目千両殿からずっと一緒だったプロスペールと初めて離れる、と思うと、突然の心細さが胸を突いた。が、プロスペールにだって都合はあるし、片時も離れず一緒に居て貰うなんて、これからずっとなんて勿論、無理に決まっている。シュゼットは、ぐっとこらえた。
「は、はい、では、あとで」
かすかな震えを押し殺して、言った。
ばいばい、と大きく手を振って、朗らかな笑顔で去っていくプロスペール。ゼアヒルドがきびきびと歩いていくのへ、隣に並ぶ。両手を後ろ手にし、スキップでもしそうに、ゆったりと巨躯の優男は、去っていく。
「まったく、あんなに上機嫌で」
とため息をついたギャレット。
「そんなに心細い顔をする必要はないでしょう、シュゼット。私がいますよ」
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