第4章 結婚(仮)命令

第22話 恋であってはならない感情

 ざわざわと、周囲の騎士たちも驚き、口々に結婚? 結婚? と言い交わす。

「いったいどういうことだよ、デイムよぉ!?」

 金髪を高くくくった少年騎士が聞く。プロスペールも、

「ゼア、ど・ういう、こと?」

 ゼアヒルドは落ち着いたもので、

「男の場合は身分変更など不可能だが、女は結婚ひとつで簡単に身分を上昇させるも下降させるもできる。この国はそういうゲスな仕組みになっておる。残念ながらな。それを利用しようというのじゃ」

 言われて、一様に男性である騎士達が、なんとも言えない顔をする。モイーズだけが、

「あいたー。叶わんなあ、そうズバリと言われると痛いわあ。堪忍堪忍」

 飄々と言って場を和ませる。

 ギャレットが、

「待って下さい! 何故結婚ですか!」

 テーブルに両手をバンとついてゼアヒルドを上目遣いに見た。妖艶な美貌が、かすかな怒りを帯びている。

「私と結婚させずとも、後見人つきの騎士として売り出せばいいではないですか、ふつうに!! デイム・ゼアヒルドご自身は、公爵の騎士として、公爵の後見でデビューなさった!!」

「シュゼットは今後しばらく騎士見習いだ。まだ騎士に叙任などできるか」

 ゼアヒルドは静かに答える。格の違いが漂った。

「ではどなたかの養い子に! デイムご自身は騎士見習いの期間、あのサー・セラフィンの養い子という触れ込みで通されましたよね!?」

「妾の養女としたと喧伝するのか? その、妾の倍ほどの年の娘御を?」

 またも静かに答えたゼアヒルド。完全に格が違う。

 ギャレットが絶句した。返せる言葉がなかったのだ。

「確かに、デイム・ゼアヒルドの養女とするには、年齢が逆すぎんなー」

「レディ・シュゼットが母で、デイム・ゼアヒルドが娘ならおかしくないが」

「デイムとは言っていません、どなたかの、と申しあげた! サー・プロスペールの養い子、という手は!?」

 ギャレットは食い下がる。

 と、怜悧な顔立ちの騎士が、眉間の皺を指で揉んで伸ばしながら、

「サー・ギャレット。たしかに、正式ではないが事実上は養子、と称することは成り立つ上、レディが君に続くサー・プロスペールの新たな養い子となるなら、民が諸手を挙げて迎えることは予測できるがね。実年齢の逆転を思うと、正式ではないこと自明だろう。騎士の世界、貴族の世界に対して説得力は持たない。では他に養父候補は存在しないのか? 残念ながら我々の最も年長の騎士でも、レディとギリギリ同い年か、わずかに年下といったところではないかね、ギャレット」

「……また、正論を。しかも理詰めすぎます、サー・カーター」

と、ギャレットが額に手をあて、盛大にため息をついた。論破不能らしい。

「失礼。なにせカーターなものでね」

 ふふんと痩身の騎士は言った。

「わかりました。私と結婚したということで領民の認知を得たい。それは飲みましょう。ですが」

「おう、おめっとう。ギャレット。ついに結婚だな。これで恋のかけひきやご婦人がたの殺到から解放されるわけだ、よかったじゃねぇか」

「ギャレットを保護するゆう観点でも、妙案やったなあ、デイム」

 いきなりわらわらと、騎士たちが気楽なことを言い出す。

「待ってください、結婚は飲みますが、ですが!!」

「何を案ずることが」

「じたばたすんなよギャレットぉ」

「おうおう条件付けか? いっちょ前に」

「うむ。分かっておる、ギャレット」

 と、ゼアヒルドが皆を制した。

「結婚は、内縁ということで構わぬ」

 ほっと、ギャレットがあからさまに胸をなで下ろした。

「そんなにフロイライン・シュゼットと結婚すんのがイヤなのかァ?」

「違います。私も実家の王家に知れた際のことを慮らないわけではないのです。あのような、帰るべくもない人でなし達の巣窟ではありますが、それだけにね。何より……」

 ちらりと、ギャレットからの視線が来て、シュゼットは、きょとんとした。

 議論の速さに口が挟めず、頭もついていかず、首をかしげていたのだが、急に視線の焦点がきて、びっくりしていた。

「あなたは、イヤではないのですか?」

「え?」

「こんな状況で、あなたには私と偽装結婚する以外の選択肢がないように見えます。こんなめちゃくちゃな結婚で、いいのですか。見方を変えれば、私たちはあなたに脅迫をしているようなものです。本来ならば許されません。我らの領民の混乱や動揺、不審感を招かないために、まだ右も左も分からない子どものように無知で力ない存在に、結婚を迫る……など。もちろんあなたの身を守るため、立場を作るためではありますが……こんなの……恥ずべき行為です」

「おっ前きちっとしてんなー」

「腐ってもサー・ギャレットですわ、生真面目やわー」

「いい人ですね! サー・ギャレット。なんていい人なんでしょう!」

 シュゼットは、我知らず、ぎゅっと両手を胸の前で組み合わせていた。

「嬉しい。とっても嬉しいです。そんなふうに気を遣って下さるなんて」

「は……?」

 ギャレットは分からないらしく、何を当然のことを?と眉を寄せる。やはり、無自覚の女たらしだ。

「私、今さら結婚できるなんて夢にも思ってませんでした。ただ、せっかく外に出られたのだし、年齢なんて関係ないって頑張ろうかなって考えて、いつか結婚できたらなとは……でも、現実的にはもうんな年も年だし無理だろうなって。それが、こんなに簡単に結婚できるなら、こんなに嬉しいことはありません」

 なんだか涙がこぼれそうだった。

「駄目ですねこれは」

と、ギャレットが額を押さえ、絶望的につぶやいた。

「頭の中お花畑ですか……」

「その上、相手があなたなら」

 はにかんで言ったシュゼットの顔を見て、ギャレットが一足飛びにあとじさった。

「すみません。寒気が。こちらから仕掛けてもいないのに獲得できてしまう他者からの恋愛感情というものに、トラウマがありまして」

「あ、ああ、そうでしたね」

 励起権収集家(ソヴレンティー・コレクター)という悪名を背負っているのだった、とシュゼットは思い出し、慌てて訂正した。

「いえその、憧れです! あのとき、都で、サー・プロスペールに並び立ったあなたの姿は、本当にかっこよくて。目に焼きついていて」

「ほっ。なるほど騎士としての私に憧れたと。恋愛対象として惚れたのではなく」

「そ、そうですそうです、あなたへの憧れもあって私、騎士になりたいと思ったんですから!」

「よかった。恋でないならよいのです。恋でないなら」

「いいのか?」

「よろしおすのんか?」

 周囲で騎士たちが突っ込んだり首をひねったりあごに手をあてて考え込んだりしている。

 シュゼットはちくりと胸が痛んだが、飲み込んだ。ともかくギャレットが落ち着けたならよかった。恐怖心で震えるような想いは、可哀想すぎて、させたくない。

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