第21話 この城に住む条件

 おおごとらしい。これはとんでもないおおごとなのだ、とシュゼットにも分かった。

 このローレン大王国を統べる大王その人以上の扱いを、この少女騎士から受けるなんて。

 それに最前、この方はなんとおっしゃっただろう?

『妾の助力を、許してくれるであろうか?』

「そそそんな、何を言って!!? そんな……そんなご恩……受けてしまったら、どうして返したら。願ったり叶ったりとはいえ、はっ、このペンダントは、いったいなんなのですか!?」

「ふん。キサマはかわいくないな。庇護してくださいませ、と言え。言わぬか。まあよい、気兼ねなどせぬわ。世話を焼くぞ! 覚悟せい! これは支配下に置き、庇護するという宣言じゃ!」

 いつの間にか立ち上がっていたゼアヒルドは、高らかに言い、痛快に笑った。

 はっはっはっはっはっはっ!

 高笑いする少女騎士団長に、皆が唖然としていたが、やがて全員が、笑みを浮かべる。

 シュゼットも、くすぐったいような気持ちで、くすりと笑ってしまった。胸が温かくなる。なんて立派で自由で素敵な人だろう。ゼアヒルドを、いつの間にか大好きになっていた。

 ゼアヒルドは席へ戻ると、

「よし、容赦なく世話を焼くぞ、シュゼット。食うもの寝る場所着るものは、妾が責任を持って用意させよう」

「入り・よう・な・ものは、ぼ・くが、全額、持・つよ」

「だそうだ。プロスペールのやつが騎士稼業でいかほど稼いできたかは存じておろう。手配を頼むぞ、みなの者。いつものように、サー・ウォーレンを中心にやるがいい」

「はっ」「御意」

 騎士たちが一斉に言って頭を垂れ、眼鏡の青年騎士がとくに胸に手を置いて、

「かしこまりました」

 彼がウォーレンというらしい。

「み・んな、お願いだよ!」

 にこにことプロスペールも言った。騎士たちは、プロスペールにも深く、強く、頷き返す。

「一目千両であることは、民には隠すぞ。妾たち騎士のみの極秘とする。十人並みの器量ゆえ、秘匿は容易であろ。また、よしや大王より一目千両を出せと言われても、そんな美人はおらぬと言い張れる。好都合だ」

 ゼアヒルドの思考は素早かった。

「しかし、それはそれで、新たに身分が必要であるな。この城に住むのを見て領民が騒がず、動揺せず、納得するような身分が。シュゼット、そなた、本来の身分は?」

 シュゼットは、ごくりと喉を鳴らした。

 言いたくない。けれど言わねばならない。誠実に。

「は、はい。おそらく……奴隷です」

 周囲の騎士たちが揺れた。わずかに、けれど、大きな気配だった。声は出さなかったが、たじろぐほどの驚き。

 それは、そうですよね。

 シュゼットは彼らの困惑を思いやる。なんと言ったらよいか分からない気持ちを慮る。

 貴族であるどころか、王子に生まれついた彼らには、奴隷だと告白した女はどう見えていることか。

「待て皆の衆。シュゼット、おそらく、とは? 詳しく申せ」

「は、はい……。私は三つのときから一目千両殿で育てられていまして、その前のことが分かりません。覚えていないのです。ぼんやり、父と母がいた記憶はあるのですが、ぼやけていて。父や母と、どこに住んでいたのか、家も地方もさっぱり分かりません。ということは、売買」

 喉がつまって、その先は言葉にならなかった。

 自由身分ではないという屈辱。奴隷身分に生まれた不運はじぶんの罪ではないけれど、おとしめられるに甘んじるしかない無力な者。その身なのだろうことを思いだして、恥ずかしさがシュゼットをうつむかせる。

 そうでした、これを知ってもゼアヒルドさまや王子騎士さま達が私を庇ってくださるとは、あまりに甘い想像です……!

 騎士たちのうちで最も若い、十代半ばころの少年騎士が、高く一つにくくった金髪の短いしっぽを揺らして、

「マジかよ。んでも、それなら奴隷じゃねェ可能性もよぉ」

「そうだぜ。奴隷にゃ見えんし、謁見したときゃあ、お姫さまにさえ見えたがな。実際、一目千両の正体は王族の姫の誰かだってえ説もあっただろ?」

 金髪の少年騎士とエセルバートの言葉に、皆、うなずく。

 ありがたい言葉だったが、シュゼットはふるふると首を横に振った。

「それは、ジュリアンの教育で、そう見えるようにたたきこまれたものです。頭の出来もそれなりにしなければと、物語や書物をたくさん読まされましたし、感想を口頭で答えたり、要約を書いたりも、内容理解のためとして沢山やらされました。仕草の練習もしました。ダンスなどもですが、宮廷での貴婦人の立ち居振る舞いを教わり、目線のひとつ、手指の動かし方ひとつもおろそかにするなと」

「はー。てぇしたもんだな、そのジュリアンてのは」

 エセルバートは無精髭のあごをなでる。モイーズも目を丸くしている。

「いやー、そのジュリアンはんも相当やけど、何よりあんたはんや。相当な努力家やな。そんなお勉強、並の女の子なら音をあげて到底やりきれへんやろ」

 ゼアヒルドが、

「あい分かった。出自はおいおい調査だ。が、当面の身分は必要だ。特に騎士になるなら、貴族か、それに準じる身分がな」

「どうしはるん?」

 ゼアヒルドは簡潔に命令した。

「シュゼット、そなたギャレットと結婚せよ」

「?」

 シュゼットはきょとんとして言葉も出ず、目をぱちくりとしばたいた。

 その間に、ギャレットが目を剥いて呻いていた。

「けっこん……!?」

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