第20話 続・ガラスの贈り物 

「へえ、そら素敵(すてっき)やなあ。どんなして化粧しはるんか知りたいわあ。どこで勉強しはったんやろ? ドレスもやろ? ヘッドドレスもやろ? 業者やらどうしとるん?」

 細身で蠱惑的な洒落男、といったふうの美男子の騎士王子が身を乗り出してきた。

 勢いと近さに、えっと身を引いたシュゼットへ、

「だい・じょうぶ・だよ。モイーズ、は、気・の、いい・人」

「引くのも分かります、が、プロスペールの言うとおりです。サー・モイーズは、美しいものが大変お好きで興味アリアリなだけです」

「そらちょーっと正確やないな。言うなれば飾ることが好き、やろか」

「こ・の、食・堂も」

「そうそう、このサー・モイーズがデザインしたり調度を選んだりしています」

 ひゃあああ、情報量が多いです! と、シュゼットは内心、もう音をあげている。

「脱線はこの辺りまでにして、さて、どう思われますか、諸兄。誰よりも、デイムは?」

「ど・う?」

 ギャレットとプロスペールが、皆を見回し、ゼアヒルドを見た。

 ゼアヒルドは、まず諸卿の考えを聞こう、とばかりに、視線で騎士たちを促す。どの騎士よりも年下だろうに、堂に入っていた。

 エセルバートとモイーズが、

「うーむ、一目千両を奪ったとなると、ヤバい、つーしかねえ状況だな」

「大王国みーんなの憧れ、心の支え、現人神。その誘拐、ということになるんですやろしなあ。この城でかくまえば、デイム・ゼアヒルドから大王陛下はんへ向かっての敵対宣言どすわ」

「ふふ。まったく、天運はわらわに何をなさしめんとするのか」

 ゼアヒルドが笑みを浮かべて言った。

 このとき、聡明なゼアヒルドには、この先どんな効果が働き、玉突きのように次々に起こる国家の激動が、すべて読めてしまっていたのかもしれない。

 後に歴史家や著述家によってそのように綴られるようになるが、このときはまだ誰も、このゼアヒルドの言葉に、それほどの注意を払わなかった。

「これでは早晩、王の軍勢に攻め込まれても文句は言えぬな」

 いきなりそんな大事に!? と、シュゼットは青ざめる。

 この、明るくて牧歌的な人々の暮らすお城が、危機に陥る。王の軍隊にとりかこまれ、戦を強いられる。

 想像が走り、ぞっとした。

「面白いではないか」

と、頬杖をついたまま、ゼアヒルドは笑った。

「え!?」

「は!?」

 居並ぶ騎士達が声をあげる。シュゼットも驚いていた。

 ゼアヒルドはとんでもないことを言い出した。

「いずれは大王国から独立して、一つの国の国王となるも妾の夢だったのだ」

「ええっ!?」

「デイム!!?」

 なんという少女か。

「だが、今ではない。いくら妾なれど、王国を築くには、まだ、天地人どれも満ちておらぬ」

 騎士達が胸をなで下ろし、シュゼットも、ですよねー、とほっとする。希有壮大すぎる。いくらこのゼアヒルド様が、少女ながらに十二人もの年長の騎士を従える城主という女傑でも。

「ゆえに……助けてやりたいはやまやまだが、工夫が浮かばぬ。どうしたものか。実に、ここに置いてよいものか」

と、思案するゼアヒルド。

 ため息をつく憂い顔すら、美少女は絵になります……!とシュゼットは、場違いに目を奪われていた。

 いけないいけない、私のことで悩んで下さっているのに!

 などと考えていると、窓からの光線の加減がかすかに変わって、ペンダントのガラスの反射がひらりと壁を泳いだ。はっとゼアヒルドが反応した。

「そのペンダントは!! プロスペール!? お前!?」

 ガタンと椅子を鳴らして立ちあがったゼアヒルドに対して、ああ、うん、とにこにこするプロスペール。胸を張って見せる。

「えっへん」

「何をえばっているんだ。いや、えばっていい。やっと選んだんだな」

 ゼアヒルドが、ため息をついて黙る。それは残念や不幸のため息ではなくて、満ち足りた幸福のため息のようだった。

 その間に、騎士たちが顔を見合わせて、それからシュゼットの胸元のペンダントを見た。

「そうか、選びやがったか」

「おめでとうさん、やな」

「結構なことですね」

「あんだぁ? オレはギャレットの野郎がそうかと思ってたんだがー?」

 口々に言った後、再び視線を見交わすと、神妙にうなずきあう。それを合図に、騎士が全員、床に片膝をついた。いずれも美麗であるのみならず、実力も一騎当千という騎士たち、さらに王子であるという面々が、揃って胸に手をあて、頭を垂れる礼を執った。シュゼットにだ。

「え、え、え?」

 慌てるシュゼット。

「な、なんです!? 頭を、頭をあげてください、皆さま!!」

「デイム?」

 と、淡麗な容姿に眼鏡の青年騎士が、落ち着いた声で言い、ゼアヒルドを見た。女騎士団長の答えは、

「うむ、無論だ。面倒を見よう。この城で護る」

「おお」「さすがデイム」

 呆然としていたシュゼットは、「シュゼット、お礼を」とギャレットに耳打ちされて、大急ぎでぴょこんと頭を下げた。

「ありがとうございます! って、ええっ、よいのですか!?」

 信じられない。国王の敵になるかも知れないというのに、どれだけ迷惑をかけるかもしれないのに?

 と、ゼアヒルドがゆっくりと立ち上がり、ドレスの裾をさばいてテーブルを回ってきた。

 ゼアヒルドは、口の端に慈悲深い笑みを浮かべていて、

「礼を言いたいのはこちらだよ。そなたは巻き込まれたとも言える。プロスペールに助けられてくれるか? 妾の助力を、許してくれるであろうか?」

 シュゼットに近づいたゼアヒルドが、膝を折って片膝を床につけ、胸に手をあてて頭を垂れる礼を執った。

 騎士たちがみな、息を飲んだ。

「あっ!」「なにっ!?」「な……」「あんだとォ……!?」

 驚く騎士たちの中で、ゼアヒルドはうやうやしくシュゼットの手を取り、手の甲へ口づけまでした。

 時が止まったかのように、しん、と静けさが室内に満ちた。

 シュゼットは、麗しく風格のあるゼアヒルドの仕草に圧倒されて、ぽかんとしていたばかりではない。続いて騎士たちが慌て、次々に息を飲む気配や、咄嗟のつぶやきも重ねて耳に届いて、冷や汗をかいていた。

「デイムが」「まさか」「膝を折って礼をとるだと……?」「いったい」「大王にすらかしずかなかったと噂が千里を駆けたデイムが」「嘘だろ」「ゼ・ア、珍しい……!」

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