第19話 王都の動揺、宮廷の思惑

 同じく大王都の、きらびやかな宮殿の中。

 玉座の間には、王と宰相、大臣たちが集っていた。

「どうするのだ。なんという事態になってしまったのだ」

 痩身の王は、マントをひるがえしては、玉座の前を行ったり来たりしていた。コツコツと神経質な足音をたてている。ときどき頭をかきむしる。そも、いつも玉座に悠然と座って国政を指揮している彼だ。このように座ってなどいられない事態など、前代未聞だった。

「父上、落ち着いて下さい」

 よく似た顔だちの十代の王子が、苦い顔をして腕を組んでいる。

 そうです、どうか、陛下には、お心安らかに、と老宰相も頷いていた。

「これが落ち着いていられるか! 一目千両が、いなくなったのだぞ!!」

「はっ。民は確かに動揺しています。けれど、市井には賊は既に捕まったと噂を流し、一目千両は無事で千両殿にいる、ということになっております」

と大臣の一人が言い、他の大臣も、

「もうだいぶ、人心も落ち着いてきてございます。数日もすれば、人々はそんなことがあったことも忘れていくことでしょう」

「ああ、それは結構だ。よかった。まことに、よかった!! 当然の策だが、妙案でもあったな。だが、一目千両がいなくなったのは、現在も戻っていないのは、事実だ!! これがどれほどのことか、分かるか!!」

 血走った目での一喝に、その場に居並んだ王の扈従が、ひっと身をすくませる。王は激怒していた。追い詰められ、喚き散らす声が玉座の広間に響き渡る。

「次の謁見はどうなる! 次の次の謁見は! ――謁見が行われなくなったら、千両騎士を目指して戦場へ赴く者は、目に見えて減っていくだろう。隣国との戦争を続けるのに、これがどんな悪影響を及ぼすか。さらに実際の問題はもっと重大だ。新たな謁見がなかったら、新たな絵図や絵巻や札も発行できなくなるのだぞ!! それらの実入りが全く入らなくなり、また長期的に更新されない一目千両の加護に人々が飽きていったら、勧請許可更新の税収が、おぼつかなくなってしまう!!」

 こ、これが、どういうことか、分かるか貴卿ら!!

 耳を押さえたそうに渋い顔の、扈従の騎士たちや大臣、宰相、王子。

 一目千両という存在は、いつの間にかこの国の経済的な側面で大きな役割を担う存在にまで成長していた。

 その規模は、平民や一般の貴族たちには伏せられている。それは、まさに極秘にせざるを得ないほどの割合を国家予算に占めているためだった。

 であればこそ、恐ろしく費用のかかる一目千両殿という存在を、大王の宮廷は維持してきていた。

 一目千両殿を始めてそこまで成長させた、化粧が得意なだけの扈従・ジュリアンという男の言うがままになって。

「はい、陛下。完全にご賛同もうしあげます。殿下や宰相殿はどうお考えか分かりませんが、一目千両の君には、早々に帰ってきていただき、つつがなく任務を続行させる必要があると、わたくしも確信しております」

 大臣の一人が、他の重臣を出し抜かんとしてか、恭しく頭を垂れて言った。

「そうだろう、そうだろう」

 王は、大きく頷きながら言った。穏やかな顔になる。

「そうだ。一目千両を、早急に連れ戻すのだ。あれはなんとしても、この大王国を維持するに必要な装置なのだから」

 気の弱い者なら身がすくみ上がって失神しそうな迫力を滲ませて、次の瞬間、大王は再び激高した。

「だが、だからこそ何故だ!! 何故、よりによって、一目千両の逃げ込んだ先が、あの十二騎士王子の城なのだ!! あのゼアヒルドの城なのだ!!」

 くそっと、王は履き捨て、たまらぬように胸をかきむしった。

 怒りと悔しさが心頭に発して、ぜえぜえと荒い呼吸を繰り返す。

「ゼアヒルドめ。まさか、ヤツがわしに祟る気か。その血筋を理由に、何かやらかそうとでもしたら……いや、そんなことはあるまいか」

「そうです。大王。まさか、いくらあの娘といえど」

「ただ、現状、ローレン大王国の中で、最も手出しをしずらい領地であるのは、本当ですよね」

 と、王子が言う。

「大王姉ラウラの聖墓の墓守の家系、その当主たる姫君ゼアヒルドと、ローレン大王の御代に始まる辺境王家の王子が十二人も集う城。しかも身分だけではなく、全員が一騎当千の武人。攻める兵を集めようとも、乗ってくる伯がどれだけいるものか。民にも騎士にも人気が高い彼らでもありますしな」

「そも、攻める場合、どこから兵を割くかと言えば、西方の戦線からです。あの十三騎士に仕掛けるに足るほど兵を割いたら、戦場はどうなるか」

「それは危うい。無理というものだ」

「かとて、このまま一目千両を取り戻さぬつもりですか。それでは、それこそ、この国はどうなりましょう!」

 彼らは動揺の渦中にあった。

 王はくそっと吐き捨てる。

「一目千両め。何故逃げた。これまでの恩を忘れたか。この恨み、決して忘るまいぞ。いずれ目にもの見せてくれよう……!!」

「まあまあ、父上。まず、ラウラの剣騎士団の出方を見てみようよ。賢明な判断をして、今にも一目千両を放逐するかも知れない。部下が失礼をしたといって、この大王都まで、一目千両を返しに急いでやってくるかもしれないよ? うん、きっとそうさ」

「いや……だが、あのゼアヒルドである」

「あのゼアヒルド姫だから、さ。姫は聡明だ。計算高くもある。まさか大王を相手取る上、国中の民や貴族の反感を買うなんて、利の無いことをするはずがない」

 王子の言うことも、確かにもっともではあった。

 崇拝の対象・現人神たる聖女・戦の女神・美の女神である一目千両を奪って、数しれない敵を作るなど、実行するとすれば相当の痴れ者の集団だ。

「だいたい、一目千両を国が荒廃すれば、ゼアヒルド姫だって路頭に迷う。分かっているはずだよ」

 常識的に考えれば。

 ――常識的に考えれば、な。と、王子には言わず、大王は口の中だけで繰り返した。



 ギャレットが話す間、プロスペールは、うんうん、とにこにこして聞いていた。

 シュゼットは、ゼアヒルドはどう思うだろうか、と祈るような気持ちではらはらしている。

 ギャレットがひととおり語り終えると、

「本当にか! あんたが一目千両なのか!! わしは先年謁見したが、ええおい、ぜんぜん違うな!」

 エセルバートが、よく通る美声を響かせた。

 この方は千両騎士だったのですか! そういえば、とシュゼットは思い当たった。先年、確かに謁見した千両騎士だ。

「サー・エセルバートがぜんぜん違うと驚かれるのも当然です。ジュリアンの、化粧係の腕が凄いのです」

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