第18話 王子なら王子と早く言ってください!
「おう、王子だぜ。しがない辺境王家のだがな」
「しっ、失礼しました」
慌てて立ち上がる。王子さまが立っているのに、出自も定かでない人間が椅子に座っていては、と思ったのだが、
「ああ、気にしなさんな。王子であることも実家の王家も忘れて気楽に過ごしたくて、この城にいるんだ。普通に接してくれるとありがてえ。呼ぶときも、王子じゃなく卿と呼んでくれよ、いいな?」
片目をつぶって見せる偉丈夫。
なんて偉ぶらなくて、いい王子様です!?とシュゼットは感激してしまう。ぴょこんと頭を下げてから、ギャレットに、こそこそと、あの、辺境王家とは?と聞いた。大王の王家とは違うのだろうか。
「ローレン大王の御代、最大版図の最も外側ちかくに、防御と融和のために築かれた王国。その王家ですよ」
「あの、それって、今はもうないのでは?」
「当時の王領はたしかに、既に国境の向こう側ですね。敵の侵略で崩壊する寸前、ローレン大王が格別に御自ら軍勢を率いて、敵中突破に次ぐ敵中突破の連続で迎えにいらっしゃった。お陰で命ながらえ、内地に移封されて、以来王位没収もなく数百年、現在に至るまで存続。ローレン大王が我が命に代えてもと救い出した値打ちの血筋ということで、貴族最高の家格ではあります」
「それは、やっぱり王子さまと呼ばずには済まされないのでは!」
シュゼットがわたわたと慌てて言うと、聞いていたエセルバートが、あー、と唸って頭をがりがりと掻いた。
「いいんだよ。なあ、てめえらも王子なんて呼ばれたかないクチだろ?」
「はぁっ?」
と、シュゼットはエセルバートの見回す視線を追う。
ぐるりと騎士たちを見渡した、エセルバートの視線。
「王子さまが他にも、いらっしゃるのですか? サー・エセルバードは、ご兄弟でこの城に?」
どの騎士がそうなのだろう。エセルバートに似ている騎士はいない。しかも何故か、全員がシュゼットの視線を避けるように目を逸らした。
「ああ、いやいや、兄弟じゃねえ。わしとは別の辺境王家の出さ」
「はっ、辺境王家って、一つではなかったのですね!」
「シュゼ・トちゃん、あ、あ・のね」
「す、すみません、わたし、世間知らずで」
「う・うん、そう・じゃ・なくて。言いにく・いんだ、けど」
もごもごと口ごもるプロスペール。ギャレットが、
「シュゼット。エセルバートが王子と知ったときのあなたの反応を見て、みな、黙っておこうと思ったようですが。実は、ここにいる騎士はすべて王子です」
「はいい?」
待ってください! みんな王子って――
「ど、どういうことです?」
「どうゆうことですやろなあ?」
とぼけて目をそらす一人の騎士。他の騎士も、それぞれあさっての方を向いている。
「つまり、サー・プロスペールとサー・ギャレット以外は、皆さま王家の出でいらっしゅるのです……?」
呆然と、シュゼットは言う。ギャレットがちょっと黙ったあと、
「申し上げにくいのですが。プロスペールも王子ですし、私もです」
シュゼットは、目が点になる。ぽかんと開いた口がふさがらない。
「お・どろ・かないで、シュゼ・トちゃ」
「無理ですぅぅうう」
へたへたと力が抜けて、椅子の中でずるずる滑りおちてしまう。頭を抱えるシュゼット。
「王子多すぎではないですか!? サー・プロスペールも、なんて。あなたも、なんて。先に言ってくださいよ、先に!」
先に言われたらなんとしたのか、じぶんでも全く分からないのだが、そんな泣き言が口をついて出ていた。
「ご・めんね。でも、王子・と、おもわ・なくて・いい・から。だ・から、黙ってた」
「同じくです」
「そうだぜ」
「同じくやわ」
「オレもオレも!」
「わたくしも」
「俺もだな。どうかレディ、王子とは呼ばず、卿と呼んでいただきたい」
口々に騎士が言い、シュゼットが返事に窮している間に、
「ま、あんたがこの先もこの城に居るのかどうか、そいつぁデイム・ゼアヒルドの胸ひとつだそうだが?」
と、偉丈夫の虫めずる王子・エセルバートが、視線をゼアヒルドへ送った。
面白そうにシュゼットと騎士たちを見守っていていたゼアヒルドが、ふふ、と人の悪い笑みを浮かべて、組んでいた腕をほどいた。
「うむ。ひとつ判断してみようではないか」
身を乗り出して、頬杖をつき、
「貴様をこの城で預かってやるかどうか。運命の分かれ目だな? 娘御」
そう言ってギャレットに事情説明を促した。
シュゼットは、ドキドキと、
ついに、審判が下される。
正直、この城に入れることはできない、と放逐されたら、もうシュゼットには行き場がない。一人でよすがもなく、生きていく、などということが、現実敵にはきっと不可能と思われる以上、ここでなんとか、デイム・ゼアヒルドに拾って欲しいところだった。
が、そんなにうまく、ことが運ぶのだろうか。この、鋭く果断そのものに見えるゼアヒルド相手に?
ローレン大王国の王都にて。
人々は、一目千両について噂しあっていた。
「ちょっと、聞いたかい?」
「一目千両さまが、誘拐されたって」
「千両殿の警護は何をやってたんだい」
「都の衛士も、いったい、頼りにならないねえ」
「一目千両さまがいなくなったら、この国はどうなっちまうんだろう」
「そんな罰当たりな盗賊のいる国、加護がなくなって、きっと荒んで廃れていっちまう」
鍋屋の軒先で、蝋燭屋の軒先で、野菜の並んだ市場のそこかしこで、肉やハムやチーズの並んだ屋台ごしに、人々はよるとさわると言い合って、不安げに眉をひそめた。
「どこのどいつだ、そんな大それたことをしやがった悪党は」
「それが……さ。一目千両に会えるっていったら、千両騎士しかいないじゃないか?」
「じゃあ、あの当代一の騎士、プロスペールの殿さまだっていうのかい!? その日、たしか弟ぶんっていうか、実質養い子のソヴランティー・コレクター殿も謁見だったし、もしや、二人がかりで?」
「ああ、あの二人なら、やろうと思えばできる。……だが、そんなこと、あの立派な殿方がするはずがないだろ、バカだね、お前さん。犯人は、名も知れない盗賊だっていうよ」
「いや、あたしは見たよ、たしかに綺麗なおべべを着たお姫さまが、二人に連れられて石壁の上を走っていった。まさかとも思わなかったが、あれはそうだったんだよねえ、後から思えば」
「そんなわけないだろ、見間違えだよ。だって、もう犯人は捕まったっていうし、一目千両さまも千両殿へご無事に帰られたって」
「まあ、そうだっていうけどさ」
「聞いたときは、ホッとしたよねえ」
「やっぱりローレン大王国には、一目千両さまがいなくちゃ」
「加護の女神さまなんだから」
「よかった、よかった」
「ありがたや、ありがたや」
そうして、店の壁に貼られた一目千両の絵姿に手を合わせて、
「だいじな一目千両さま、麗しの一目千両さま、これからも我らの暮らしをお見守りください」
あるいは、街々の半ばには必ずある祠へ手を合わせて、
「ずっとお光をあまねく人々へお照らしください」
もしくは、大王都の中心部にある一目千両の大神殿へ参詣して、
「どうか、どうか、これからも」
と、祈るのだった。
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