第17話 女城主の視線
凜然とした声。片手を腰に当てているが、そんな不遜な姿がよく似合う。威風があり、覇気に満ち、ドレスを着ていても戦士だと分かる。戦士の中の戦士、騎士の女王の風格だった。
騎士団を束ねていると聞いても、納得できる。
こんな立派な城主である少女に、受け入れて貰えるのかどうか、シュゼットはドキドキした。
「は、初めまして。私は」
「よい。話はゆっくり聞くつもりゆえな。場所を移すぞ。ついて参れ!」
そう言ったゼアヒルドが騎士たちに囲まれて歩き出し、シュゼットは、城の内郭の奥の広間へと案内されていった。
内郭までの道中は、領民たちからの気安い声が飛んだ。
「プロスペールのだんなー! あとで旅の土産話を聞かせてくれよ!」
「下の広場の酒場で待ってるぜ!」
「おいしい料理、用意しとくからさ!!」
プロスペールは、うん、うん、と気さくに手を振って応えていた。
ギャレットも声をかけられ、珍しく朗らかな笑みで手を振っている。
飛ぶ声の合間に、その女は誰だい、あの娘さんは何だろうね、その綺麗なドレスを着ている人は、といぶかしむ声も混じっていて、シュゼットは、初めての体験に目を見張った。
面白い。楽しい。千両殿では、シュゼットを知らない人はいなかったし、シュゼットもいる人間の全員を知っていた。ここでは違うのだ。あの人はどんな人でしょう、この人は? と好奇心がうずく。
やがて、
「あの、ここは」
「食堂です。騎士団の騎士専用の」
とギャレット。
その広い部屋には、大きなテーブルが一つあった。
物語の中のような円卓、などということはなく、普通に長いテーブルだったが、十三の席がある。
最後に入ったギャレットが厚く重い扉を閉めきったので、室内は静寂に満ちた。
上座、中央に座すのはゼアヒルド。騎士たちは立ったまま居並ぶ。
シュゼットはゼアヒルドのちょうど対面となる席に座れと言われて、おずおずと腰掛けた。
上等なクッションのついた、背もたれの高い木彫の椅子。貴族らしい優雅な調度で、部屋は統一されていた。
プロスペールとギャレットは、シュゼットの椅子の左右に立った。
ひゃあ、見られてる、めっちゃ見られてます! と、シュゼットはゼアヒルドの視線に気づいた。
席に座ると、あらためてのように、シュゼットのことをじっと見つめてきたゼアヒルド。
人となりを見抜こうというのか、ある種の試験なのか。
吸い込まれるような瞳に、シュゼットは興味津々にのぞきかえした。
この人はどんな人なんだろう。
ああ、強そうです。
ひとを上から目線で見下ろすひと。でも、それが板についているひと。
その『上から目線』を裏打ちする、何か特別な地盤を持っている。
その地盤は財力かもしれないし、人脈かもしれないし、経験かもしれない。ただの少女でないことは、顔つきや表情、目線の動きで見てとれた。
さきほど抱いた印象『生まれながらの女王』に、情報を追加しなければならない。王朝ものの女王ではなく、軍記ものの女王、という情報を、シュゼットは脳内の覚え書きにしっかりと書き足した。
城の深くにかしずかれて、なにもかも家臣や召使いがよいようにとりはからってくれ、守られている女王ではない。そんな王朝ものの女王ではなく、軍記ものの女王だ。王が不在なら王の代わりを存分に務め、ともすれば王より以上の武勲をたてるような女王。
大王姉ラウラは長身の女性だったというから、そこは違うが、覇気はまさしく、大王姉ラウラはこのゼアヒルドのようだったのではないか。
シュゼットはゼアヒルドの峻厳なまなざしに、ラウラを見た。
わくわくと胸が疼いた。
この方の元で騎士になったら、どんなことができるでしょう! この騎士団に入りたい、ラウラの剣騎士団というこの騎士団に、このゼアヒルド団長のもとに入りたい、と震えた。
「ふむ。うろたえぬな。逆にわらわを見て取ろうなど、面白い」
ゼアヒルドは、くっくっく……と低く喉を鳴らすと、大粒の宝石の瞳の嵌まった猫のような目を細めた。
シュゼットを見つめることには満ち足りたらしく、
「事情は聞いた。プロスペールから、ある程度、言寄貝(ことよせがい)でな。だが、なにせこやつの話しかたは……ふう。ギャレットが虫を持っていてくれれば世話はなかったのだが」
机に頬杖をついて、ゼアヒルドはちろりとギャレットに横目をくれた。
言寄貝、とは、そういえば、と思うシュゼット。プロスペールがこの領内に入った頃から、取り出して話しかけていたヤドカリのようなあれでしょうか!
殻が美しい色ガラスで、プロスペールが話しかけると、復唱したあと、誰かの声がした。誰と話しているのだろうと思っていたが、あれはこの城の誰かと話していたのか。
遠くと話せる貝の虫。遠話するためのガラスの虫。
ギャレットが、バツの悪い顔をして、
「申し訳ありません、仰るとおりです。ですが、虫は、ほんとうに苦手でして、無理です」
ギャレットは言寄貝が持てないのだ。
ああ、そうか!と、シュゼットは手を叩いた。
「そういうことだったのですね! だから、プロスペールが手信号を考えてくれたと言っていたのです?」
恥ずかしながら、ほんとうにほんとうに虫は駄目なのです、と、ギャレットは目を逸らした。
その表情に、何故かシュゼットは心臓がきゅうとなった。
こんな側面もあるのですね!と、何故なのだか、はしゃぐような、気持ちになってしまう。
いえ、何を喜んでいるのでしょう、わたしは!?
先ほどの偉丈夫の騎士・エセルバートが、無精髭の顎を撫でながらにやにやと笑って、
「虫の方はお前が好きって言ってるがな」
と言った。
虫の心が分かるのでしょうか!? すごい、すごいです!!
と思っていると、偉丈夫の騎士・エセルバートは上着の合わせ目に手をやった。そこから覗いていた、ガラスのうずまき貝をかぶったヤドカリに似た虫。それをエセルバードはつまんで、ほれ、とギャレットにつきだす。
「うっ」
ギャレットが青ざめてたじろぐ。だけではなく、二、三歩後じさった。
「む、『虫めずる王子』は黙っていてください。蝶や蛙やありとあらゆる昆虫を育てて、気味悪がられて王家を追い出された身で、よくも虫とつきあい続けられますね!」
「痛くも痒くもねえよ。それが俺の誇りなんでね」
「おっ、王子!?」
シュゼットは声をあげてしまった。
「王子さま、なのですか!?」
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