第3章 騎士たちの城へ
第16話 女卿ゼアヒルド様と出会いました
再会の抱擁なのだろう。プロスペールと美少女はかたく抱きあい、熱くて長いキスをした。もっとも、唇をかわしあってすぐに、
「待て、プロスペール」
美少女は抱擁をとき、シュゼットに向きあおうとはしたのだ。けれど、
「ゼア」
プロスペールの純粋無垢な神獣の瞳でねだられると、あらがうことはできないらしく、
「まことに、しようがないな」
ゼアヒルドは、ふふっと笑うと、シュゼットへ、
「
「?」
「よいか、待てるな?」
「はい。お待ちします!」
何がなんだか分からないまま、にっこり笑って、はきはきと答えたシュゼット。
「よい子じゃ。では――プロスペール。会いたかったぞ」
ずっと年上のシュゼットをよい「子」扱いしたあと、うっとり言ったと思うと、美少女のその麗しい瞳は、もう青年騎士しか見ていなかった。両手をのべ、プロスペールを抱きしめる。腕いっぱいに騎士の頭を抱える。
少女の背丈は小さく、大男のプロスペールが膝をついて腰を落としてもまだ少女のほうが背が低い。けれど負けていなかった。
唇での濃厚な攻防に、シュゼットはひゃああああ、と照れてしまう。熱くなった頬に手をあてて、そのまま顔を覆う。つい指の間からちらちら見て、また当てられてしまう。
出迎えの民は慣れた様子で、涌いていた。
「いやー、さすがプロスペールの旦那」
「そしてさすがのゼアヒルド様だよ!」
「仲いいねえ!」
「アツいアツい!」
「風物詩だなや」
「やっぱお二人はこうでなくっちゃねえ」
慣れていないシュゼットは、恋人たちの熱烈な抱擁とキスから視線を剥がして、うろっとさまよわせた。
ギャレットと目が合った。
「……えーっと、そのう……」
照れ照れと、何故か頭をかきかき笑ってしまうシュゼットに、ギャレットはうなずき、
「ええ。お察しの通り、あれがデイム・ゼアヒルドです。我らが騎士団の長、このゼアヒルド城の主、この地の領主、サー・プロスペールの恋人」
「はっはい、ジュリアンから、恋人がいる、という情報は受け取ってました」
『彼はすでに理想の女性を恋人にしている。だから、シュゼット、お前は母上のような女性を演じるんだ。彼の理想の若い母親的女性像をね』
それでシュゼットは、春のそよ風のように母性的な包容力を漂わせて、という化粧係・ジュリアンのオーダーにあわせるのに必死の努力をした。綿密な上に綿密な研究を鏡の前で重ね、訓練を積みに積んで、あの謁見の日に臨んだものだった。
理想の美女といったら理想の母親像を演じるほかなくなるほどの、理想の恋人。
大王国屈指の騎士にして類い希な美青年なので、そんな最高の恋人がいて当然だと、謁見のとき以来、感じてはいたが。
だが。
その恋人が、こんな年端もいかぬ少女とは。
しかも、しかも、こんなに熱烈で長いキスと抱擁を繰り広げる少女とは。
さらにさらに、これが聞いていた女騎士、ゼアヒルド様だとは!
唖然、呆然、驚愕といってもまだ足りなかった。
女騎士ゼアヒルドは、シュゼットが想像した女傑、女武者像の半分ほどしか背がなく、年齢は三分の一ほど。体重は四分の一ほどで、美しさは一〇〇倍だった。
まだキスは続いている。
見られていても傲然、まったく動じず、恥ずかしげもなく、キスをする。しもじもの者がなんと思おうと気にしない、存在してもいないかのような堂々たるキスだった。
気にする気がないのだろう。誰はばかることはない、とはこのような存在なのだと感じた。
生まれながらの支配者。王者。女王。もしも平民に生まれつこうとも、関係なく、許されるだろう存在。
全ての者がゼアヒルドより下位ゆえに、眼中にしなくてよいし、意に介さない。傲慢なのではなく彼女にとっては自然にそうだし、他人もそうと受け入れてしまうのだ。
「ああ、私の自慢の先輩たちも来ました」
とギャレットが言った。
見ると、領民が道をあける中を、数人の騎士が歩いてくるところだった。
青空の下、野原の中、本郭の城壁を背に、歩いてくる男たち。
シュゼットは、ひゅっと息を飲んだ。
美形。美形。あまりの美形。驚くほどの美形揃いに、目が潰れてしまうかと思った。
「なぜ目を片手で隠してるんです?」
「いえ、眩しくてちょっと……皆さま、あの、その……正面から見ると気恥ずかしくなってしまうほどの、その」
ギャレットが次々と抱き合って再会を喜ぶ騎士たちは、一人一人が途方もない美男子だった。といっても、プロスペールともギャレットとも似ていない。それぞれ違った方向の美形だ。
あり得るのでしょうか! 造形の神が辣腕を振るったような至高の美影を、地上からありったけかき集めたかのような光景です!
ギャレットは苦笑して、
「戦場に出ていて留守の者もいるのに、その調子では、一二人全員揃ったらどうなるのです?」
「えっ、一二人も、全員このレベルですか!? ど、どうなってしまうのでしょう? 私がお伺いしたいです!」
「ようギャレット、よく帰ったな。早くそのご婦人を紹介して欲しいんだが」
太い声がかかった。舞台役者のような美声だ。
その騎士も背が高かった。偉丈夫、というのが似合う騎士だった。
「そうしたいのは山々ですが、厳密にはサー・プロスペールの客人ですので。それにデイム・ゼアヒルドを差し置いてあなた方に先に、というわけにはいきません、サー・エセルバート」
「なんでぇ、相変わらず真面目だなあ。だが、そいつぁそうか。言われてみりゃあ、その通りだ」
長い黒髪を額から後ろへ流した偉丈夫の騎士は、無精髭の顎を撫でながら、豪放に笑った。
格好よかった。シュゼットはぽーっとしてしまう。
他の騎士たちも、麗しい笑みを浮かべている。声をたてて、あるいは声をたてずに笑う。
シュゼットは、もう幻想を見ているようで、華やかさに魅入られた心がふわふわと留め具をなくして揺れだすかのよう。
「ああシュゼット、その顔は、全員覚えきれるのかと心配していますね?」
ギャレットに言われてどきりとするシュゼット。ああいえ、そうではないのですが。
でも、確かに、一度に大勢と出会って、覚えられるとも言い切れない。
「心配する必要はありませんよ。おいおい覚えていけばいいでしょう。分からなくなっても私が教えますし、大丈夫、個性豊かな面々ですから、否応なくすぐに覚えられます。ええ、良くも悪くも本当に個性が。――ま、あなたがプロスペールと私の思惑どおりにこの城でかくまわれるかどうかは、まだ決まってませんけれどね」
「それは妾の考えひとつゆえな」
と、やっと抱擁を解いた美少女にして城主にして女騎士、ゼアヒルドが言った。
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