第15話 騎士をめざす資格

「そ・れに、お・あいこ」

「はい?」

「ギャレ・トちゃんも、嘘」

「それをバラしますか、今ここで」

 ギャレットが目を覆ってのけぞった。

 シュゼットは、何をたばかられていたのだろう? と、きょとんとする。

 ギャレットはすぐに白状した。

「いいでしょう。たばかっていた、というなら同じ。私は不正を働いて一目千両にお目もじしたといえばそうなのですから」

「はい?」

「実は、私は七〇〇両余りしかまだ倒していません」

「え、ではどうして、千両殿へ謁見に」

「プロスペールですよ。プロスペールはとっくに一〇〇〇両倒したのですが、一目千両に興味が無く。羨ましがった私に、なら一緒に行こうと。私となら行くのもきっと楽しいと、待っていてくれたのみならず、当時まだ五〇〇両と少々だった私と合わせて、二人で二〇〇〇両になる日まで、星を稼いでくださって」

「なんと。そんなことが」

 バツが悪そうなギャレットの様子が、シュゼットは微笑ましいと感じる。

 なんて潔さでしょう!

「ふふ。お互い様だったのですね……、それにつけてもお二人は、仲のいい」

「うん! だ・いじ」

 ギャレットをぎゅっと後ろから抱きかかえるプロスペール。ギャレットは追い払おうとするが、まんざらでもない顔だ。シュゼットは見ていて和んだ。

「だ・から、怒・たけど。でも、ギャレ・トちゃ、の年で、七〇〇も、す・ごい、んだよ」

「今さら擁護ですか、まったくあなたという人は、プロスペール。まあ、よその騎士の一〇倍か二〇倍の進捗ではあります。我がラウラの剣騎士団は化け物ぞろいゆえ、中では私は末席ですが」

「ラウラの剣……騎士団? ラウラって、大王姉ラウラですか!?」

「もちろん。他に誰がいると?」

 ラウラ。

 シュゼットの胸がとくんと鳴った。

 力を与えてくれた、ステンド・グラスの微笑み。

 あれは錯覚かも知れなかったが、何故か胸が熱くなる。

 ラウラの名を戴く騎士団から来た幸運(プロスペール)。

「私、騎士になりたいです」

「わあ」

「は!?」

 するりと胸から出ていってしまった言葉に、プロスペールは目を輝かせ、ギャレットは顎を外さんばかりに下げた。

「は……ははははは。何を言って!? 無理です!!」

「ううっ。そうとは思いますけれど、私は騎士を目指します!」

 ほかの何かになりたいと思った。一目千両以外のなにかに。それはこれなのだと思った。

 きっと、騎士になりたい。

「うん、うん!」

「無理です。あなたに妖精の加護が得られるでしょうか。加護の力を使うには魔法の素養がなければなりませんが、修練したことは? 弓も引けなければならないし、剣でも戦えなければならない。体術も必要です」

「待・て!」

 言いつのるギャレットを、プロスペールが存外鋭く制した。ぐっとギャレットが黙る。

「ど・うして、騎士に、な・りたいの?」

 優しく、千両殿でのときと同じく、首を降ろしてシュゼットと目線の高さを合わせるようにして聞いてくる。

 ああ、プロスペールは本当に、賢くて優しい神獣そのものだ。

 ゆっくりと、シュゼットが考えをまとめるのを待ってくれる。

「強さは優しさの証……かと」

と、シュゼットは口に出してみた。

「あなたがたのように、いざというときに助けたい誰かを助けられる、優しい(強い)人物になりたいのです」

 プロスペールが何故か息をのみ、シュゼットの胸のペンダントを一瞥してから、にっこり笑った。

「い・い子!」

 シュゼットの頭を大きな手で撫で、ギャレットへ振り向いて、

「そう・いう、理由、だって、ギャレ・トちゃ!」

「……それは……」

 ギャレットもシュゼットの胸で焚き火の光を反射するガラスを見、シュゼットの顔を見て、何を考えたのか、

「資格をおのずから示しましたか。なんという方だ」

「あの、どういう」

「その心意気やよし、としましょう。ですが、やはり、女性が騎士になるのは無理です!」

「ラ・ウラ、も、女性だ・たよ?」

「大王姉ラウラは何百年も前の伝説です!」

「ゼア、も、女性、だよ?」

「デイム・ゼアヒルドは特殊すぎます!」

「でもギャレ・トちゃ、ゼアに、勝・て・ない」

「うっ。……確かに」

 ギャレットは詰まった。完全に言うことが出てこないらしい。

「うん。騎士になりなよ、シュゼ・トちゃん」

 ギャレットの反対を無に帰し、プロスペールは笑ってくれた。

「はい! どなたか存じませんが、感謝します、その、ゼアヒルド様に!」

 ゼアヒルド。この名は忘れないようにしましょう!

 シュゼットは胸にその名を抱くように両手を重ねて目を閉じた。

 ゼアヒルド様。

 じんわりと嬉しかった。

 女性で騎士。ゼアヒルド様とは、一体どんな方でしょう!?

 シュゼットの想像の中で、一人の立派な女性騎士が振り返って微笑む気がする。

 長身だったという言い伝えのラウラと同じく、きっと背の高い女性だ。並の男以上に背が高く、筋骨隆々で、つまるところ物語の本の挿画の女武者。憧れてしまう。私もそんな女騎士になりたい。頼りがいがあって、格好いい。憧れる。

「いや、駄・目だ」

 とプロスペールが首を横に振り、え、とシュゼットは眉を下げた。

 やっぱり、シュゼットは騎士になっては駄目なのだろうか。

「騎士になりなよ、じゃ・ない」

「駄目なのですか」

「ちがう。僕が、騎士に、してあ・げる! だ!!」

「サー・プロスペール……!」

 心があふれそうになる。

 プロスペールは、小指をたてて手を差し向けてきた。

「約束。指切り」

 シュゼットは涙ながらに、小指を出して、プロスペールの太い小指とからめた。

「うん、うん!」

 笑顔のプロスペール。

「感動の指切りはいいですが。弓騎はどうするんです、高価ですよ」

 ギャレットが言い、シュゼットははっとし、青ざめた。ペトロニーユとグウィネヴィア、二両の大きな人形(ヒトガタ)を見あげる。貴重な鉱物、妖精硝子で作り上げられた不可思議の人形。

「だい・じょ・ぶ、がんばろ!」

「は、はい!」

 そんなやりとりをした未明から二日と半日後、シュゼットは、ラウラの剣騎士団の本拠地へ入城した。

 街道を逸れて領内をずっと続いてきた道の上。中郭(ちゅうかく)の門へ、透明と黒曜のガラスの巨人が近づくと、大勢の領民が出迎えに現れた。

 わいわいと笑顔で騒いでいる、職人や商売人の群れ。

 畑仕事の途中だったらしい農民の男女もいる。

 老人も子どももいた。

 二人の騎士の人気ぶりが分かる。

 シュゼットは、一緒にペトロニーユから降り立ったプロスペールのところへ、まっすぐに歩いてくる一人の少女に気づいた。

 どきっとするほどの美少女だった。まだ十代前半に思えるが、美少女ではなく美人と呼んでさしつかえないような威風がある。大輪の花のような美貌だった。

 猫の目のようなつり目に、こぼれそうな大きな宝石の瞳。

 ドレスに身を包み、、プラチナプロンドを二つに分けて、それぞれを編んだ三つ編みを左右に丸めて留めてある。頬に残した一筋ずつのプラチナブロンドが、風に長く優美になびく。

「ゼア!」

 プロスペールが両手を広げて駆けだした。

「!?」

 シュゼットは目を疑った。

 ゼア? つ、つまり!

 あ、あれが、ゼアヒルド様!?


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