第9話 無色透明なガラスの最強

 透明な大いなる姫が脚を踏み出し、前へ出た。入れ替わるように、姫の後ろへと、ギャレットが馬を駆けさせた。あとはプロスペールに任せる、ということのようだ。

「そうですか。だからこんなに、美しいのですね」

「はあ!?」

「究極の実用品とは、美を備えるものと心得ています」

「は……? まあ、仕方ありませんね。我が騎士団の誇りサー・プロスペールの弓騎は、特別ですから」

「特別?」

「励起前でも、あのクラリティだったでしょう。透明度が高いほど、弓騎は硬い。そう、主が騎ればあのような金剛石の輝きさえ放つ、妖精硝子の透明度が意味する事実は」

 ギャレットは妖艶な笑みを浮かべた。

「最強、です」

 刹那、鈍色の大弓騎が剣を翳して透明な大弓騎へ飛びかかった。対して、透明な大弓騎は剣も抜かず、腕もかざさずに受けた。

 恐ろしい迫力で、鈍色の巨大な剣が激突した。が、透明なガラスは瑕一つつかず、鈍色のガラスの剣の刃はこぼれた。高い音が響いて、砕けた鈍色のガラスの欠片が飛び散る。大地に降る。砂埃がたつ。鈍色の大弓騎が、明らかにひるんで、後じさった。砕けた剣に、呆然となっている。

「すごい! すごいです!!」

「刃の部分は、ほかのガラスより数倍硬い。あんな受け方、並の騎士にはできない芸当ですよ。が、プロスペールにはあのくらい序の口」

「すごいのですね! 千両を倒す騎士というのは!」

 プロスペールの透明な大弓騎は、透明な剣を抜く。内側で、優男がギャレットに顎をしゃくって見せた。

 あら? サープロスペールの額に、何か紋様が光っています?

 シュゼットが目をこらそうとする間に、ギャレットはプロスペールへうなずき、

「さあ、今のうちに私たちも騎りますよ」

 ひらりとその場を後にした。

 ギャレットが馬で駆けつけたのは、黒に近い色のガラスの女神像だった。片膝をついてうずくまる、あまりに暗い色のガラスの女神。彼女に、ギャレットは呼びかける。

 その瞬間、ギャレットの額にも、紋が浮かびあがった。プロスペールの額に見たものとは違うが、同じように花のような、葉のようなかたちの図画に見える紋様。それが、秀麗な眉間の上にふわりと淡く輝き、

「『司(つかさど)れ、グウィネヴィア(白き女王)』」

 漆黒の大弓騎は、漆黒なまま。けれどやはり、その瞬間に命を宿した気がした。息を吹き返し、唇でふうっと吐息をついたような。

 シュゼットはその漆黒の全身に何かかすみやかに行き渡っていくのを感じ、ガラスの輝きが増したような感覚がして、驚いていた。

「グウィネヴィア! 白き女王、というわりに黒いんですね」

 ギャレットが口の端をあげ、微妙に笑った。

「心配になるでしょう」

「とんでもない! 黒曜石みたいで、綺麗です! 素敵な女王陛下!」

 ギャレットがまた絶句する。

「素晴らしいご感想ですが。ちょっとは心配して下さい、常識的に考えて」

 嬉しかった様子なのに、毒舌を吐く。

「だって透明度は、けっこうありません?」

「くっ……嫌な方ですね。何を見抜いてくださるのですか」

 ギャレットは、意外にも頬を染めていた。

「まあ……想った方に褒められるのは、悪くない」

 つぶやいたのを、聞き取れなかったシュゼットが、え、なんとおっしゃいましたか?と聞き直す余裕はなかった。

――ひゃああああああ!

 気がつくとギャレットに小脇に抱えられて、グウィネヴィアの背中を登っていく最中だった。シュゼットは口の中だけで悲鳴を上げていた。喋ればきっと舌を噛む。

 ギャレットは、いったいどういう脚力とバランス感覚なのか。これも妖精の加護なる力なのだろうか、あっという間に、

「私の鞍上(あんじょう)へようこそ。お騎せするのは、一目の君が初めてです」

 面はゆそうに言った。

 ガラスの巨人の懐は、宝石の洞穴のよう。シュゼットがギャレットの腕から降ろされ、ガラスの小部屋の中の床へ座ったと同時、グウィネヴィア、と呼ばれた黒い女神は頭をあげ、地面が遠のいた。ガラスは黒いものの、透明度は高いので、外はくっきりと見える。

 すっと綺麗な姿勢へ立ちあがる女神。同時に、大盾を腕にしていた。今まで横へ寝かせていた、四角い大盾。

「ひゃあああああああ!」

 シュゼットはとっかかりを求めて手を振り回していた。探った壁も床も、触ると硬くて柔らかかった。糖衣で表面を固めたゼリーのお菓子を連想する。空を掴むように握った箇所に、応じるように、ほどほどの弾力と堅さの把手が出来て、二度見した。

「えっえっ? ど、どうなって……これも、妖精の加護なる力……!?」

 黒い女神の首筋の下に開いていた出入り口は、既にするすると水が満ちるようにふさがっていた。

 それからはあっという間だった。鮮やかというほかない戦闘だった。

 ギャレットの黒い大弓騎が立ち上がったときには既にプロスペールが敵の二両を両断していた。

 響く大きな地響きと、同時に大きく地面がバウンドする。

 追いついたギャレットが腰のガラスの剣を抜くと、向かってきた一両の弓騎と、わずか一合。滑らせた剣で敵の剣ごと巻き取るかのように腕を刈り飛ばす。そのとき大盾で防いでいた別の一両を押し放したと思うと、体勢を崩したところを追う疾風の踏みこみ。腰部への打撃で沈ませる。

 キィン! シャーン、シャーン!! ドゥッ……ズシーン……!!!

 高い剣劇の音と、大きな振動が二両分。

 それで終わりだった。残りの二両はと見ると、当然のようにプロスペールが倒した後だ。剣も納め終わっている。

 遅れてこちらへも、揺れが伝わり、大地が波打つのが見えた。

 透明と漆黒のガラスの巨人は、なめらかに逃走に移った。

 シュゼットはしばらく、放心していた。圧倒的とはああいうものを言うのだろう。強い。強すぎる。

 流れ去る景色を、黒曜石のような妖精硝子の中からぼんやり眺める。

 都の大門の前の十字路をなす街筋で、人々が見上げて騒いでいるのが、模型の人形のように小さく見えていた。それを大きく迂回して、二両の弓騎は森を目指した。

 森がすみやかに近づいてくる。地面に立って、いつものシュゼットの目線で見たなら地平線の彼方だったはず。その距離を、大弓騎はなんなく駆け抜ける。おそらく他の大弓騎と較べても頭一つ抜ける速度なのだろう。

 揺れはほとんどない。どうやって相殺されているのか、これも妖精の加護なる力か宝石魔法のお陰なのか。

「先ほど、降参しましょうとおっしゃいましたね」

 不意にギャレットが不機嫌に言った。

「は、はい」

「救われなくてもいいと?」


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