第10話 「あなたは救われるべき人です」
「……それほどの価値があるかどうか。正直、ないと思うのです」
「サー・プロスペールを、見くびらないで頂きたい。サーが救うと決めたのなら、あなたは救われるべき方なのです」
「そんな! あの方は何ひとつ私のことを知らないのに!?」
「何も聞かずに決めたというなら、ますます間違いない。プロスペールの純粋な直感ということなのですから。断言できます、あなたは、救われるべき方です」
一体、この人たちはどういう関係なのだろう。うらやましいほどの信頼関係。
「私もサーに救われた者です。そのペンダント、実は、私がいつか授けられるのやも、と、夢見ていたこともあったのですよ」
言われてはっと、シュゼットは胸に光る小さなガラスを見た。透明な、まるでペトロニーユと同じにダイヤモンドのごとくかがやく、無色透明のガラス。プロスペールが自分の首から外してかけてくれた贈り物。
「ああ、これは内緒ですよ? 過去のことです」
片目をつぶっておどけて言われて、シュゼットは胸が詰まる。
十も年下の男の子から、敬愛する方に貰いたかったものを奪ってまで、私は、救われていいのでしょうか!?
「あっ、あのっ、このペンダントはいったいどういう」
「はっ! つかまって、一目の君!」
歩調を乱さず走っていたグウィネヴィアが、大きく揺れた。
その瞬間、プロスペールが透明な大弓騎ペトロニーユを反転させてグウィネヴィアにタックルし、大盾を奪って地面につき立てたのだった。地面が軽くバウンドする中、続いてグウィネヴィアを盾の影に引き込む。
「ひゃあ!?」
追っ手の飛道具が、襲いかかっていた。
シュゼットは見た。
黒いガラスの盾を通して上空に、矢の群が飛来。こちらめがけて落ちてくる。ガラスの巨人のサイズの長大なガラスの矢が、一帯を襲う。澄んだ音をたてて黒いガラスの盾に当たって落ち、あるいは突き立つ矢。
前後左右に降った矢もある。地面をえぐって吹き飛ばしながら、深々と刺さった。
人なら即死の威力だ。シュゼットは青くなる。
後ろにしてきた都の門前に、別のガラスの巨人の一群が現れていた。狩りの女神とその次女たちよろしく、手に手に弓を構えている。
「しまった。新手です。さすが、後ろに目でもついているのですか、プロスペール!」
間近のペトロニーユの中で、優男がにこにこしていた。無事だね!よかったね!とでもいう無邪気な顔だ。と思うと真剣な横顔になって立ち上がり、背の弓を取る。
大きな大きな弓だった。腰の箙から矢を探りとると、前で番えてぐいと引いた透明な大弓騎。
追っ手の大弓騎たちも、引いては放っている。途方もない距離を、大弓騎の矢は超えてくる。街道の街ごしに、弧を描いて降ってくる大矢。
雨のような襲来。その到着前に、プロスペールは数射を連続で引き切り、また盾に身をかがめた。早業だった。目を丸くするシュゼット。
飛来した矢の群が、また盾に跳ね返り、あるいは突き立ち、周囲の草地を吹き飛ばす。盾もあり、プロスペールとギャレットには、中らない。
同じ瞬間、プロスペールの透明に光る矢の方は、敵の一両に全的中して、ぐらつかせ、倒していた。
「やった!! お見事ですサー・プロスペール!! 一目の君、ご覧になりましたか、これほどの速射で、これほど当てる騎士はいないのですよ。しかもこの速度と威力。ほぼ直線に力強く飛んだでしょう。ペトロニーユの弓はプロスペール独自の強力な弓が元にあるためです。しかも大弓騎用に作るにあたっては、ローレン大王国で五本の指に入る硝子鍛冶師が魔法円をデザインして鋳抜いた!」
「ふふ。サー・ギャレットはほんとうにサー・プロスペールが大好きなのですねえ」
「そ、そんなことはありませんよ」
咳払いをして否定するギャレット。
と、弓騎の中でプロスペールがこちらを見て手をテキパキと動かした。
「何かの合図でしょうか?」
「ああ」
ギャレットも大弓騎を立たせ、次々に矢を射ながら、横目でちらちらとプロスペールを見る。
「『もうひと踏ん張りだ。あれらを倒せばもう、大丈夫だろう』と? 『甘いです。隣国との決戦に兵を回している以上、王都ではあの六両以上は割けないと見ていたのに、あんなに出てきた。予想外です。一目千両の君がかかっているだけに、もっと出てくる可能性が』」
透明な弓騎も弓矢を射ている。その透明度の高いガラスを通して、プロスペールが手をぱたぱたと動かして形を変えて見せ、ギャレットはぱたぱたと同じように返事をして見せていた。
「『そっかー。ならますます早く片付けて逃げよう』? 『はい』」
そこまでで射るのをやめて、二人はまた盾に身を潜める。
矢の群れが飛来し、それはすべて無に帰したが、二人の射た矢はそれぞれ、敵を一両ずつ倒した。
「『きっと城主もシュゼットちゃんを受け入れてくれる。共に守ると約束してくれるだろう』。シュゼットとおっしゃるのですか、一目の君の真の名は」
矢をやりすごすと盾から胸を出し、速射するギャレット。
「はい。というか、けっこうな文章が伝えられるのですねえ。一つの言語のようです!」
「サー・プロスペールの優しさです」
何故かバツが悪そうに、ギャレットは言った。
「私との間だけで伝わる手信号を、大陸の騎士共通の手信号とは別に、わざわざ決めて下さった。『同意します。早く我らが城へ。ですが、懸念が一つ。――矢が、もうないのでは?』『あ』」
プロスペールが、頭をかいて、困ったように笑いながら、ギャレットの盾に身を隠した。空の箙を恨めしげにのぞき込んで見たりしている。
「『まったくもう、あなたときたら! ――なお、こちらもです』」
「ええっ!?」
しれっと言ったギャレットに、シュゼットは慌てた。
見ると、ギャレットの弓騎の黒いガラスの箙も、空だった。
「当然です。矢は無限ではありませんから。隣国との戦場への行き来でもないのに、箙一つ以上の矢を国内で所持して移動していれば、関所で捕まりますし」
「どどど、どうするのですか!? やはり降伏を」
「一目の君」
ギャレットがたしなめるように言った。
「まだ言うのですか」
「ですが!」
シュゼットは話さなければ、と思った。仮面の下のシュゼットにはなんの価値もないのだと。今すぐ化粧を落とした本当の顔を、この人にもプロスペールにも見せたい。
何故なら矢は飛来し続けている。門前にはまだ敵が何両も残っている。しかも、大弓騎の三分の一ほどの背丈の弓騎が出てきて、大弓騎のサイズの箙を補給していた。絶望的だ。
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