第5話 「あなたを守り抜きましょう」と騎士は言った
「もしや、一目千両の……君……? 意味がわかりませんサー・プロスペール!! 何を、あなたは!!」
最初戸惑ったのは、一目千両とにわかに分からなかったのだろう。絶世の美女は絶世の美女でも、ギャレットが謁見したときとは完全に印象の異なる美女に変わっていたために違いない。
ドレスもかつらもメイクも異なる。
ジュリアンは、千両騎士それぞれの理想の美女を見抜き、それに合わせてシュゼットを仕上げるのだ。信じがたいことに、見抜きの的中率は百発百中。これが、千両騎士の誰もが絶世の美女を見たと証言するからくりだった。
「ギャレ・トちゃん。駄目?」
眉を下げて、プロスペールが、いたずらを叱られた子供のように聞く。
「駄目に決まっているでしょう!! 即刻解放するのです。非礼をお詫びして!!」
しゅんとしたプロスペール。
日常的に、ギャレットとプロスペールは叱る・叱られるの関係のようだ。だが、
「でも、駄目だ! この子は、連・れて、行く!」
「サー・プロスペール。あなたには大変に世話になりました。実の弟のよう、どころか、養い子と称されるほど、なにくれとなく可愛がって下さったご恩は忘れられません。ですが、私は、今朝謁見した際、そちらの一目千両の君のために、今後一生戦うと誓った!」
ギャレットは鞘走らせ、ついに抜いた。
さすがは彼も騎士の中の最優、千両騎士となった騎士。長剣を抜き放って構えると、漆黒の装束と相まって、恐ろしさを醸しだす。大男すぎるプロスペールと対峙すると小さく見えるが、ギャレットは一般男性の中ではかなり長身の部類だ。
「必ずお救いします、わが君!!」
鬼気迫る妖艶な騎士の目は、血走っていた。そこに涙が浮かんでいるのを、シュゼットは目にした。
「今生のお別れです、サー!」
悲しみ、身を切られるように辛いのに、それをふりきって、慕わしい騎士と切り結ぼうとしている。一目千両を取り戻すために。
「帰り・たい?」
シュゼットに、プロスペールが確認した。
シュゼットは、帰りたいでしょうか、と自問した。
周囲に寄せた兵士の群れ。槍の穂先に、心臓はどきどきと鳴り、怯えた身体が縮こまっている。
こうなのですね。こういう感じなんですね!
じぶんに槍の穂先を向けた兵たちを見て、恐ろしい声で指揮を怒鳴って剣を振り回した騎士を見て、シュゼットは思ったことがあった。
何故、殺されなければならないのでしょうか! 外へ出たいと願うことが、それほどいけないことなのですか!?
わたしはあのとき、この方の――プロスペールの手を取って正解でした! 外に出ただけで、こんな扱いをしてくる人たちに、何をこれ以上従う必要があるのでしょう?
嫌な気持ちだった。辛い気持ちだった。
殺されなければならないなんて。力尽くで、刃を向けて、押し戻されるのが当然なんて。
こんな、こんな沢山の人たちに。
泣きたいほど、じぶんなどなんとも思われていないのだと感じた。
世界なんて知らない。国のためなんてもうどうでもいい。ほかの何かに、わたしはなりたい。一目千両以外の何かに。
痛切に、どこか違うところで生きたいと願った。
ここではないどこかへ。ほかに何もできないとしても。ほかの何かに、わたしはなりたい。
ふるふる、と首を横に振って返事としたシュゼット。最前、『帰り・たい?』と尋いたプロスペールは、その否定の返事を受けて、
「じゃあ、ご・めん、ギャレ・トちゃん、た・おす」
シュゼットを降ろして背にかばい、大きく踏み出すと、幅広の剣の掛けがねを外し、スラリと抜いて構えたプロスペール。ギャレットが、
「こちらも全力でかかります」
周囲は、しん、と静まりかえった。対峙する二人の騎士。皆、息を詰めている。彼らにとってもまさかの展開だったのだ。どちらが勝つのか。本当に戦うのか。
「敵対するなんていけません! お友達なんでしょう!? 私、帰ります!!」
突然、シュゼットは叫んでいた。涙声になっている、と自ら気がつく。
やっぱり駄目だった。見過ごせない。
さっき浮かんだ痛切な気持ちは、すっかり消え失せていた。
ダメです、わたしにはそれほどの価値はありません!
なんてことを考えていたのでしょう、さっきまでの私は。
「大好きな人と袂を分かつなんて、よくないです!」
泣き出したシュゼットに、プロスペールは、大きな手で頭を優しくぽんぽんと撫でる。
「いい子。優しい・子だね。でも、僕は、決・めた・んだ」
「決めた? 決めたとは」
とギャレットが眉根を寄せ、それからはっと息を飲んだ。
「そ、そのペンダントは!」
シュゼットの胸元に光るガラスのペンダントに気づいたギャレットは、
「サー。ついに選んだというのですか!」
「うん!」
プロスペールの晴れやかな返事を聞くやいなや、ギャレットは突如、片膝をついた。胸に手を当て、うやうやしく頭を垂れる礼を執り、シュゼットを真正面に見上げる。
「失礼を。事情を了解しました。これより私は騎士の誇りにかけて、全身全霊であなた様を脱出させます。サー・プロスペールとの友愛に誓って、あなたを守り抜きましょう!」
「あ・りがと、ギャレ・ト・ちゃ!」
「え? え? え?」
黒衣の騎士ギャレットは立ち上がると、周囲の兵の一角へ、剣を振るって突進した。
「何故!? どういう!? このペンダントは、なんなのですか!?」
ギャレットは、間合いが剣の二倍三倍の槍を恐れず刈り払い、かいくぐり、なぎ倒す。ギャレットが活路を切り開く後ろを、シュゼットを抱えたプロスペールが片手で剣を奮って続いた。
兵達が浮き足だったのは数秒にすぎなかった。だがその間に、二人の騎士は囲みを突破する。
鮮やかな手並みで、兵士達がバタバタと倒れた。
しかし、多勢に無勢。気がつくと、三人は高い石垣の壁に追い詰められてしまった。新手もぞくぞくと集まってくる。両側は建物で、袋小路だ。
――
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