第9話 祝1周年

 3年になり、受験生となった。来年は大学によっては智世ちゃん(受け入れられた名前呼び)との遠距離になる事に頭を痛めていた。我が道を行くタイプの彼女だから歩みよってくれるとは思えないし、SNSだけの繋がりになって俺が大丈夫な自信もない。俺は出版社で働きたいと思ってきたから、東京の私大狙いだ。桜田姉は結界から出る事ができないから地元の国公立大学狙いだと言う。この結界云々のくだりは良く分からなく、智世ちゃんに聞いてしまった。智世ちゃんは自分には無いとしか言わず謎深し桜田姉。


 そうこうしているうちに文化祭の季節となった。智世ちゃんと付き合って1周年という事だ。もう手は繋いだから、とかいろいろ考えての記念すべき文化祭前日、1周年記念日はやはりとっぷりと暮れてからの帰りとなった。


 電車で隣に座る彼女に切り出した。


「付き合って1年経ったから、記念に来週末はどこか出かけようか?」


いつもの下校デートとか図書館勉強デートとかではないものを目指したい。


「1年前の昨日でしたよね。すっかり忘れてました。」


しまった!文化祭前日という覚えかたではズレがあったかー。忘れてないからこその指摘!ひとまず感動が。


「昨日言い忘れちゃって。ごめんね。どこか行きたい所ある?いつ記念デートする?」


少し誤魔化しつつ畳み掛けてみた。


「まだ、アゴ痛いんですかね?」


そこ?そこ聴く?


「雨が降ったりするとシクシク痛むねぇ」


シラをきる。


「ふーん。あっ、そういえば、私最近100均で良いもの買ったんですー。見ます?」


デートの話題をスルーして智世ちゃんはいきなりスマホについてるキーホルダーを見せてきた。棒状のものでパッとみてどこが良いのかさっぱり分からない。


「ここをまわすとーほらっ、これでもう安心」


極細ドライバーが姿を現した。メガネ専用ネジまわしだ。100均め、なんというものを商品化したんだ!


「良かったね。」


とりあえず相槌あいづちを。


「これさえ、持っていれば清水先輩とは付き合ってませんよね?」


と彼女がいきなりこの1年を否定するような発言を。心で泣きながら俺は頑張った。


「ネジ落としてアゴに衝突したから、、、」


時系列的にアゴ衝突のあと、ネジをはめるわけだから、彼女の素顔に一目惚れしてしまった後だからとブツブツ呟いていたら、容赦ない一言が。


「これあれば、私ちょいちょいネジ締めてたと思うんですよ。だから落とすこともない。」


クリスマスもバレンタインもホワイトデーも誕生日も積み重ねてきたのに、そっからの否定ですかー!と叫び声をあげそうになると電車は降車駅に着いた。彼女は颯爽と降りていく。


「でも付き合ってるわけだし、デート行こうね!」


食いついてみると、振り返った彼女が


「じゃあー美術館にしましょう。」


美術部らしい提案をしてくれた。どこの美術館が良いかなーと早くも気分が上がった所に


「県現代A美術館で。」


と彼女が仕切ってくれた。


「なんか観たい催しでもしてるのか?」


ときいて思い出した。それは俺たちの高校最寄りのいつも行く図書館の地続きの美術館であることに。してやったりの笑顔を浮かべる彼女の手を握ると、優しく握り返してくれた。こうして今日も俺は完敗なのであった。


            完

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例え全身トゲを刺されてもサボテンの様に稀に花咲くツンデレの君が大好きだ 柴チョコ雅 @sibachoko8

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