第2暦 4月の秋桜 序

物語は突然始まる。いついかなる

状況であっても

それは生きている生物全てに

起こうる事であり

この男、乾凪叶いぬいなぎとにもそれは当てはまる

--4月××日 午前8時50分 乾の自宅--

ここは都内某所にある覇洲堕市

市内は桜が綺麗に咲き誇り街行く人々は

新生活の始まりに皆、心を躍らせ

希望の賛歌が市内を包んでいた

ピピピピピピピピ

目覚まし時計が騒々しく鳴っている

「ぐぅ……ぐぅ……」

乾は眠っている

すると突然乾は腹部に違和感を覚えた

「ん…?」

乾が目を覚ますとそこには男が跨っていた

「おはよう!凪叶!」

無邪気な笑顔で乾の名前を呼ぶその男

「あぁ〜瑠唯か…おはよう」

そう呼ばれ瑠唯は嬉しそうな笑顔を見せた

男の名前は茶野瑠唯さのるい。警察では宮宮路宮きょうぐうじみや

という名前で

仕事をしている乾の直属の部下だ

「てか…お前何してんだ?」

「なにって凪叶を起こしに来たんだよ?」

「は?起こしに?なんでだよ」

「はぁ……凪叶本当に言ってるの?」

瑠唯は呆れた顔をする。

「な、なんだよ?」

「凪叶…今日呼ばれてたじゃん…」

「あ?呼ばれてる?一体誰に…」

と乾は思案する。そして思い出したように

「あぁ〜忘れてたわ…」

「わ、忘れてたって…」

この日乾は大事な話しがあると

乾の父親である警視総監乾聖叶いぬいせと

呼ばれていたのだ

「仕方ねぇだろ〜俺あの人苦手なんだし…」

「苦手だからって…警視総監が可哀想…」

「う、うるせえ!お前はどっちの

味方だよ!」

「もちろん凪叶だよ?」

瑠唯は当たり前でしょと言わんばかりの

表情をしていた

「なっ…そ、そうかよ…」

乾は耳を赤くした

「ふふふ…凪叶可愛い…」

頭を撫でる瑠唯

「や、やめろよ!」

必死に振りほどく乾

「は、早く行かねぇと」

と乾は慌てて支度を始めた

「あ、ちょ、ちょっと…」

瑠唯は残念そうに乾を見た

「おまえも早く支度しろよ!」

「いや今日僕は行かないよ?」

「あ?」

「だって1人でこいって言われてたじゃん」

「あ?あぁ…そうだったわ」

乾は頭を抱える

「あっでも警察署までなら送るよ!」

「良いのか?」

「当たり前でしょ!そうと決まれば

僕も着替えなきゃね」

と瑠唯はベットを降りようとする

「ほら…瑠唯これ」

「えっあっありがとう凪叶!」

乾はベッドの近くにある松葉杖を瑠唯に渡し瑠唯は受け取る

「大丈夫か?」

「うん大丈夫だよ!」

瑠唯は松葉杖を使って起き上がろうとするが上手くいかない

「ったくよぉ…」

乾が抱きかかえて起こす

「あの事件の傷癒えるまでは俺を頼れよ」

「う、うん。ありがとうね?」

「今更気にすんな」

乾の言ったあの事件とは去年の12月に起きた「12月の蝉事件」と言う連続猟奇殺人事件だ

その事件で瑠唯は全身を骨折し車椅子で生活をしていたが

つい2週間前に松葉杖での生活を始めていた。

そしてその事件を気にお互いの気持ちに

気づいた2人は今同棲している

「俺に手伝えることは手伝うからよ…

早く行こうぜ?」

「う、うん!」

2人は協力するように支度を済ませ

警察署に向かった

--4月××日 午前9時30分 覇洲堕警察署--

「ふぅ〜とーちゃーく!」

「あ、あぁ…ありがとうな?」

「いえいえ!その代わり…」

「あ?なんだよ」

「今度!これを奢ってください!」

瑠唯は持っていたスマホの画面も見せる。

そこには写真が写っていた

「な、なんだ?えーと邪悪な皇太子の

ハリカタ麺?...なんだよこれ」

乾の顔が引つる

写真に写るその名前の料理は一見すると

ラーメンに見えるのだが

スープは真っ黒で中央には黄色の衣を

身にまとった覇洲堕市のマスコット

覇洲汰郎が鎮座していた

「覇洲汰郎シリーズの最新作なんだよ!」

「覇洲…なんだそのシリーズ…」

「レストラン「覇洲照亞はすてりあ」で期間限定で出る

マスコットの覇洲汰郎が毎回貰える

料理のシリーズなんだけどね

今回はなんと!レア覇洲汰郎が

貰えるんだって!」

興奮した様子の瑠唯

「あ、あぁ…そう…」

と冷めたような目でそんな瑠唯を見る乾

「あ!出た出た〜凪叶の

興味ありませーんってその顔!

こんなに可愛いんだよ!」

とカバンにつけた覇洲汰郎を見せてくる瑠唯

「あーはいはい可愛いねー」

「絶対!思ってない!」

顔をしかめる瑠唯

「思ってる思ってる…てか行かねぇとっ!

またな瑠唯!」

「あっまだ話しは…」

瑠唯がそういった時には乾はもう車内から

居なくなっていた

「もーう凪叶のバカ!」

1人の車内に虚しく響く罵声

「絶対!凪叶を沼に

落としてやるんだから!」

1人で奮起して瑠唯は溜まっていた仕事をするためにパソコンを取り出した

--4月1日 午後9時 警察署内--

ここは覇洲堕市にある覇洲堕警察署

署内で働く署員は今日も忙しなく

走り回っている

そんな署員を尻目に乾は

エレベーターに向かう

エレベーターが到着し中に入り階のボタンを押す。最上階に付きエレベーターを出る

そこには黒革の扉があり乾は深呼吸をして

扉をノックする

「覇洲堕警察署警視監乾凪叶!

ただいま到着致しました!」

「入りたまえ」と篭った男性の声がする

扉を押して乾は中に入る

部屋の中では50代くらいの男性が

机の上で腕を組んで座っていた

「…遅くなりました」

乾は頭を下げる。すると男は

「……あら♡凪叶ちゃん!

遅かったじゃない!」

「はぁ……」と乾はため息を漏らす

「お義父さん…ここでその呼び方は…」

「もぉーう凪叶ちゃんのい・け・ず♡」

乾凪叶にここまで思われているこの男こそが

覇洲堕警察署でノンキャリアながら警視総監に上り詰めた

乾凪叶いぬいなぎとの養父である乾聖叶いぬいせと。その人だ

当然凪叶の前以外では威厳がある

警視総監なので

署員に崇められてる

喉を這い上がるものを必死に堪えた乾

「だ、誰が聞いてるか分かりませんので」

「あら♡うぶいわね凪叶ちゃん♡

心配無用よ♡誰もここには来ないわ…

来たら減給って言ってるしぃ〜」

「は、ははは…」

乾は必死に笑顔を作る

「…でなんで今日呼び出したの

でしょうか?」

「久しぶりに凪叶ちゃんの顔を見たくて♡」

「は、はぁ…」

「もぉー♡釣れないわねぇ〜凪叶ちゃん

まぁそこもたまらん♡」

1人で興奮している聖叶

小さく舌打ちをする乾

「あの…」

「もぉーうノリ悪わよ♡

まぁ私も時間無いしぃ〜

…じゃ〜話すわね?」

「は、はい」

息を飲む乾

「あの猟奇殺人事件があったじゃない?

あれ以来市内では奇々怪々な

事件が増えてるのは分かるわねぇ?」

「…はい」

聖叶の言う通り市内ではここ2ヶ月

怪奇的な事件が後を絶たない

例えば殺害された遺体が砂になったり

殺害場所から数m移動しているなど

多種多様だ

「そこで私は警視総監として考えたのよ…

この事態をどうしようかと

...そして結論を出したわ」

ここで聖叶はさっきの声よりも

さらに低い声で

「乾凪叶警視監!」

「は、はい!」

「あなたは本日付けで怪奇及び怪異事件

対策組織の編成並びに指揮を執ること!」

「……は?」

乾は状況が読み込めないのか呆然とする

「な、なんで俺が…」

「今までと12月の蝉事件での

功績を鑑みてそうなったわ」

「でも!…お言葉ですが俺には…」

「出来ないとは言わせないわよ?」

聖叶はスマホの画面を乾に見せる

「…猿!」

そこにはパソコンを操作する瑠唯の

姿があった

「…ここにある赤いボタン…これを押したら彼の車は爆発するわ」

「な、なんだと」

「C4だから…署員も巻き込まれるかも

しれないけど…まぁあなたのためだから

尊い犠牲かしらねぇ〜」

乾は唖然とする。それを尻目に聖叶は続ける

「大切な人でしょ?凪叶ちゃん?」

「…それが本当って証拠がない…

脅すならもっとちゃんとした方が

良いですよ?お義父さん」

「あら…そう…残念ね」

聖叶はボタンを押す。すると「バァン!」

と外から大きな轟音が聞こえてきた

「なっ…」

直後乾の電話が鳴る

「あら〜取らないの?」

「くっ…」

乾は様子を見に行こうとするが扉は鍵が

掛かっていた

「なっ…なんでだ!なんでだよ!」

「はぁ…とりあえず電話に出たら?

凪叶ちゃん?」

乾は携帯を手に取る。それは瑠唯からだった

「凪...叶...」

泣きながら掛けたのか潤んだ瑠唯の声が聞こえてくる

「どうした!なぁ!」

「し、仕事してたら…い、いきなり前の…

前の車が!」

ハッと聖叶を見る。聖叶は不敵に笑う

「おい!猿!…とりあえず

そこから離れろ!」

そう言って電話を切る

「て、てめぇ!」

刀を取り出し斬り掛かろうとする乾

相変わらず不敵に笑いながら聖叶は

手を前に出す

突然乾の頭に鈍痛が走る

「が…あがが…」

「はぁ…あまり使いたくないのよ…言うこと聞いて頂戴?」

そう言うと手を下ろす。同時に乾は痛みから

解放される

「はぁ...はぁ...はぁ...」

痛みからか乾の息は荒い

「…で答えを聞かせてくれるかしら

凪叶ちゃん?私も暇じゃないのよね?

ただ…強制もしたくないわ!

私平和主義者なのよね…?

だから決めるのは凪叶ちゃんよ?」

スマホの画面を見せながらまた不敵に笑った

「…お、俺が…やるって…言えば…

何も…しねぇのか?」

乾は頭を抑えながら必死に言葉を紡ぐ

「もちろん♡私嘘はつかないわ♡」

それを聞いて乾は深呼吸をする

「…やってやるよ!」

「あら良かった!」

安堵をする聖叶

「言っとくがあんたのためじゃ

無いからな?」

「えぇ…知ってるわよ?愛しい子猫ちゃんの為よね?ふふふ」

「…でどうすればいいんだ?」

「あぁ〜まぁ大体さっき言った通りよ?対策組織を編成&指揮をしてくれればいいだけ

具体的には普通とは違う殺人事件と

判断した場合

私から凪叶ちゃんの部署に依頼を出して

凪叶ちゃんはそれを部署のみんなと捜査して解決してちょうだい

解決方法は凪叶ちゃんにお任せするわよ!」

「…それは法外な事でもってことか?」

「えぇ!解決して貰えるなら

好きにしてちょうだい?

大体のことは握り潰してあげるわ!」

「…分かった。メンバーとかは?」

「それは凪叶ちゃんに任せるわ最低限4人は

居て欲しいわ…

じゃ無きゃ部署として認められないもの…

ただしそれ以外は凪叶ちゃんに任せるわ!

まぁ〜出来る限り早めにメンバーを

集めてちょうだいね?

事件が溜まってるもの…」

「はい…」

「うんうん!良かったわ!それじゃ

話しは以上よ!

頑張って凪叶ちゃん?」

「・・・・・・」

乾は扉を開け部屋の外に出ようとする。

「…養父さん」

「あら?凪叶ちゃんまだ何か?」

乾は聖叶を睨みつけて

「俺はあんたを許さない…

いつかあんたを俺の手で殺す!」

乾は刀を聖叶に向ける

「ふふふ…ははは…はははははー!

…楽しみにしてるわ凪叶ちゃん♡」

聖叶の奇妙な笑い声を聴きながら

乾は瑠唯が待つ車に急いだ

瑠唯は車内で震えていた

「瑠唯待たせたな」

「……」

瑠唯は今にも泣きそうだ

「大丈夫かよ…お前…」

「え…?あ、はい…はい。大丈夫です…僕は大丈夫です…大丈夫大丈夫…

大丈夫大丈夫大丈夫

大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫

大丈夫大丈夫」

乾は無言で瑠唯を強く抱きしめる

「…瑠唯…1人にしてごめんな?」

ただ頷く瑠唯。車内に静寂が訪れた

--4月××日 午前11時 覇洲堕珈琲店内--

「…瑠唯落ち着いたか?」

「はい…取り乱してすいません凪叶」

「気にすんな」

「凪叶には迷惑を掛けまくりですね…

ははは...」

「まぁ…お相子ってことで」

「で、でも」

「なんだよ?文句あるか?」

「…無いです」

「よし!じゃ〜終わりだ!

あぁ〜お腹すいたわ」

「もぉ〜凪叶は本当に…」

「なんだよ!こっちは朝から

食べてねぇんだよ

今日は俺が奢るから

瑠唯もなんか頼んでいいぞ」

「じゃ遠慮なく…」

乾と瑠唯はメニューを取り出し注文する

数秒で料理が持ってこられる

「...やっぱり早ぇーな...」

「素晴らしいよね!」

「これで…ちゃんと出来るしな…」

「そうそう!」

「てかお前さぁ…」

「なんですか?」

瑠唯の席に運ばれて来た数多の料理に乾は呆れ果てた

「…お前は成長期のガキかよ」

「僕は死ぬまで成長期ですよ!」

「はぁ…」

「凪叶は食べなさすぎだよ!」

「いやお前が食べ過ぎなんだよ…てかパフェ頼んでパンって…お前…」

「デニッシュです!」

「はいはい…てかまだこんなやつ

集めてんかよ…」

「覇洲汰郎です!」

「…もういいよ」

「良くない!」

そんな痴話をしながら食事をしている

時刻は12時を指していた

食事も一段落し乾がため息混じりに

「とりあえずあいつに

言われたことをしなきゃな…」

「そう言えば何言われたんですか?」

「あ〜?」と乾は聖叶に言われた内容を

瑠唯に話す

「怪異事件対策組織?!」

「あぁ〜らしいな」

「らしいなじゃないよ!もう12時だよ?

どうするの!?」

「あてはあるから平気」

「あて?」

店の扉が開き1人の男が入ってくる

「凪叶さん…なんですか...

いきなり呼び出して…」

「おっ!みやびん!悪ぃな〜まぁ席座れよ」

みやびんと呼ばれたこの男の名前は鳴々峰雅ななみねみやび

名門覇洲堕大学の首席合格者だ

「僕忙しいんですけど」

「悪ぃって」

「はぁ…良いですよ…慣れました」

「まぁ…とりあえずみやびん!」

「なんですか?」

「俺のチームに入れ!」

「ちょ、ちょっと凪叶殿!」

「どうせ拒否権無いんですよね?」

「あぁ!」

乾は満面の笑みを浮かべる

「はぁ…分かりましたよ凪叶さん」

「え!良いんでござるか!」

「はいって言うまで帰さないだろうし…仕方ないかなぁって」

「お!みやびん!よく分かってんな!」

乾は鳴々峰の肩をぽんぽんと叩く。鳴々峰はただため息を漏らした

「とりあえず説明はそこにいる

猿から聞いてくれ!」

「そして某に丸投げ!?」

「いやぁ〜ほら俺って口下手だしさぁ〜

猿も沢山食べたよな?」

「妙に優しいと思ったら…

嵌められたでござる…」

瑠唯は眉をしかめた

「あの〜」

気まづそうに鳴々峰が声を出す

「あ、あぁ…すまないでござる!…話す前に自己紹介からするでござるな!

某の名前は宮宮路宮!そこにいる

凪叶殿の部下でござるよ!」

咄嗟に乾が口を開けるが瑠唯が睨んだ目を向けてきてたのに

気づき咳払いをする

「……大丈夫でござるか?凪叶殿!」

「え?あ、あぁ大丈夫大丈夫...気にすんな」

「なんともないなら良かったでござる!

…で続けるでござるが」

と瑠唯は鳴々峰に事の経緯を詳しく説明する

「あ〜なるほど〜怪異的な事件の

捜査を…ねぇ…」

少し考え込む鳴々峰

「ちょっと良いかな?凪叶さん」

「お?なんだよ質問か?」

「まぁそうなるんだけど…なんで僕?」

「なんでってそりゃ俺が必要だと

思ったからだが?」

「必要だと思ったね?

悪いけど僕学生だしましてや解剖

しかしてないんだよ?

…他に適任がいるでしょ?」

「なんだ?嫌なのか?」

「...気分が乗らない」

乾は少し考え込んだ

「そっか...はぁ...使いたく無かったが...

仕方ないか...」

乾は携帯の画面を鳴々峰に見せる

「な、なんです?」

「とりあえずみやびんさぁ...よく見てみ?」

「こ、これって...」

鳴々峰は携帯の画面を見て顔を曇らせた

「凪叶さん...これいつのまに...」

「まぁ...警察舐めんなよ?って話し

で...雅くんはやるの?やらないの?」

乾は冷たい視線で鳴々峰を見つめる

少しの静寂の後に

「...分かりましたよ凪叶さん。...やりますよ」

呆れたように鳴々峰は承諾する

「いやぁ〜良かった!流石みやびんだな!

安心しろって悪いようにしないって」

「はぁ...信頼出来ませんけど...」

「ちゃんと報酬は用意するから...な?」

「...報酬?」

乾はまた携帯の画面を見せる

そこには女性の写真が写っていた

「みやびんはこれ何か分かる?」

「...いや...分かりませんが?」

「だよなぁ〜まぁみやびんと

趣味が合いそうな人なんだけど...

名前は還島蘇かえりじまよみどう?興味無い?」

「前にも言いましたけど…僕は...」

「はいはい。分かってますよ〜

ただ鳴々峰くんの人生経験的には損は無いと思うんだけど?」

「...まぁ会うだけなら」

「良し決まり!じゃ〜明日からよろしくな」

「はぁ...分かりましましたよ」

鳴々峰はそう言うと

「とりあえず僕は学校に行くので」

「おぉ〜みやびんまたな〜」

鳴々峰は力無く会釈をするとお店を出た

乾はカフェオレを飲み一息つく

瑠唯は相も変わらずにガツガツと食べている

店内には陽気な音楽が鳴り響いていた

--4月××日 午後12時 公園--

人みんな疎らながらも賑わいを見せる公園に

不釣り合いな2人が歩いていた

「凪叶とのデートは嬉しいけどさぁ...」

「あ?なんか文句か?」

「文句とかじゃないけどさぁ...

ロマンティックじゃないなぁって」

「あ?...まぁ仕事だしな」

「はぁ...」

瑠唯の口から溜め息が漏れる

「仕方ねぇだろ。俺もめんどくせぇんだよ」

「...もう。でもこんな場所に来るの?」

「あぁ〜その筈なんだが…

てかお前さっきの...」

乾の言葉を遮るように後方から声がする

「...お待たしました」

「うわぁ!」

背後からいきなり声を掛けられ乾と瑠唯は

声を上げた

「す、すいません...」

「い、いや大丈夫だが...

いきなり声掛けるなよ!」

「ひ、ひぃ!す、すいません。すいません。」

「...はぁ」

「な、凪叶...この人が?」

瑠唯が乾に耳打ちする

「あ?あぁ〜さっき話したメンバー候補だ」

「は、初めまして...も、百田姫子ももたひめこです...」

「は、初めましてござる!」

「は、初めまして...」

百田は瑠唯にぺこりと頭を下げる

「まぁ...とりあえずこれで4人か...」

「あ、あの...」

百田が恐る恐る乾に声をかける

「あ?なんだよ」

「い、いえ...そ、その...」

「なんかあるならさっさと言え」

乾のその言葉に百田は震えながら答える

「い、いえ...わ、私で良いのかなって...」

「あ?なんでだよ」

「い、いえ...わ、私...み、見ての通り

か、影薄いですし...そ、その...」

「はぁ...そんなことかよ...」

乾は呆れながらも続ける

「何度も同じこと言ったがな!

鑑識に影薄いとか関係ねぇの!

お前は俺達が持ってきた証拠を調べれば

良いだけ!それ以外は望まない!分かる?」

「で、でも」

「あと俺が集める奴はみんな根は優しいから

時間は掛かるが仲良くは出来る筈だ

あとはお前次第だが...なんとかなるだろ?」

乾の言葉に少し安堵した百田

「わ、分かりました」

「まぁ...それじゃ...」

と乾は携帯を取りだし

「これ俺の連絡先だからなんかあったら

連絡するように...」

「あっこれ某のです!」

「あ、ありがとうございます...」

「よしよし...まぁ早速...」

と乾は鞄から書類を取りだし

瑠唯と百田に渡した

「...見たくないでござる」

何かを察したのか瑠唯の顔が曇る

「猿...お前の嫌いなのはねぇーから

安心しろ!」

瑠唯は小さく溜め息をついた

百田は静かに目を通す。乾は気にせずに続ける

「まぁ事件だ。めんどくせぇが

仕事はやらねぇとな...

でだ今から事件現場に行くんだが」

「用事があるでご」

「却下」

「なっ...!」

瑠唯の言葉を乾が遮る

「わ、私はだ、大丈夫です」

「良かった!じゃ行くぞ〜」

「良くないでござる!職権乱用でござる!」

「はいはい静かに〜」

「もぉー!」

「ふふふ...」

「笑い事じゃ無いでござる〜!」

2人の痴話喧嘩を微笑ましく見る百田

そよ風がそんな3人を見守るように吹いていた

--4月××日 午後13時30分 覇洲堕の森--

普段は静寂に包まれるこの場所は

今日は異様な雰囲気に包まれていた

パトカーが入り口の近くに止まっていて

奥にはバリケードテープが貼ってある。

また複数人の警官が

忙しなく動き回っていた

一目見て事件現場だと分かる

その場所に3人はいた

「いやぁ〜頑張ってるなぁ〜」

「凪叶殿は呑気すぎるでござるなぁ...」

「そうか?」

「そうでござるよ...

まだ1人足りないでござるし...」

「だから会いに来たんだろ」

「...?」

そう言う話しをしながら事件現場に

足を踏み入れようと近づいて行くと

「乾警視監!お疲れ様です!」

若い男が声を掛けてきた

「おっ!トッキーお疲れ様」

声をかけてきた彼はトッキーこと刻藤創ときとうはじめ

新卒で覇洲堕警察署に配属された

期待の新人である。職位は巡査だ

「凪叶殿...もしかして...」

「あ?あぁ!こいつが4人目だ」

「よ、4人目??」

刻藤は不思議な顔で乾を見つめた

乾は満面の笑みを見せている

「いやぁ〜トッキー...いや刻藤巡査!」

「は、はい!」

「君を俺達の仲間にしたい!」

「え?!」

刻藤は驚いたのか大きな声を上げた

「あれ?何も聞いてないの?」

「い、いえ...初耳です...」

「凪叶殿...また忘れてたでござるか...」

「言った...はずなんだけどなぁ〜」

瑠唯は溜め息を漏らしながら乾を睨む

百田と刻藤はただ困惑している

「ま!過ぎたことは仕方ないし!」

「仕方なくないでござる!」

「猿...そんな怒るとシワシワになるぞ?」

「なっ...」

乾は笑いながら言い放つ。瑠唯はショックを

受けたのか呆然とした

「で...トッキー...どうする?」

「えっ!そ、それは...至極嬉しいのですが...」

「なんだよ」

「そ、その...」

「あ〜陰口とか気にしてるの?

なら安心しろ?言った奴を

消して...げふんげふん

交番勤務にしてやるから」

「あ、あの...そうでは無くて...」

と刻藤は視線をある方向に向ける

そこには一人の女性がテキパキと

指示を出していた

「あぁ〜あいつか…」

「はい〜ってい、いえち、違います!

いえ違わないのですけど!違います!」

「...とりあえず落ち着けよ。な?トッキー」

刻藤は深呼吸をすると

「す、すいません取り乱しました...」

「いや...大丈夫だがまぁ...あいつ人気だけは

有るからなぁ…であれが原因か?」

「い、いえ...はい...そうです...」

乾は深く溜息をつく

「本当はやりたくねぇけど仕方ねぇーか…」

と乾は百田に耳打ちをする

百田は驚いた顔をしたが小さく頷くと

「あ、あの...刻藤さん...?」

「あ、はい!」

「お、お姉ちゃんも...入るそうですが?」

「え!そ、そうなんですか!」

百田は小さく頷く。刻藤はそれ見ると

「警視監!」

「あ?なんだよトッキー」

「お世話になります!」

刻藤は満面の笑みを浮かべていた

「お、おう...よろしくな!

でもまぁ気は進まねぇ〜」

乾は微妙な表情を浮かべる

「まぁとりあえず行くぞ?っておい猿!」

「は、はい...」

瑠唯は元気なく応える

「ぼさっとするな!行くぞ?」

「す、すいません...」

「はぁ...ったく仕方ねぇなぁ...」

乾は瑠唯に手を差し出すと

瑠唯の顔は明るさを取り戻す

「...これでさっきのチャラな?」

「し、仕方ないでござるなぁ〜

ほら凪叶殿!早く行くでござるよ!」

「お、おい待てって」

先に奥に進んだ刻藤と百田を

追いかけるように

手を繋いだ乾と瑠唯は駆け出した

奥に進むと先程の女性が乾たちに

声をかけてきた

「乾!貴様!遅いぞ!」

「へいへい」

「なんだ貴様!その怠んだ返事は!」

「あ?あぁ〜悪ぃな生まれつきなんだ」

「っ貴様!」

乾に向かい声を荒らげる女性

彼女の名前は百田瀧ももたたき

職位は警視監である

何かと乾を目の敵にしていて

顔を合わせる度に喧嘩をしている

そんな彼女だがノンキャリアではあるが

類稀な洞察眼と誰にも屈しない佇まいで

2年という短い期間で警視監にまで

這い上がったのだ

それ故に親の七光りで警視監になった乾を

良くは思わずに毛嫌いしている

「はぁ...めんどくせぇ..」

「面倒臭い?貴様!遅れてきた上に

そんな怠んだことを!」

「あ?素直な感想言っちゃ悪いのか?」

「っ貴様!今日と言う今日は...!」

「や、やめてよお姉ちゃん...」

姫子が消えそうな声で止める

「辞めるでござるよ!凪叶殿!

みっともないでござる!」

瑠唯が繋いでいる手を引っ張る

「いっ...てめぇ.....悪かったよ...」

「はっ...す、すまない...」

止められた2人は我に返った

刻藤は呆然と眺めている

少しの静寂が訪れる

「.....で?何か出たのか?」

耐えかねた乾が口を開く

「あ、あぁ...特には何も...」

「...そうか」

彼らが話しているのは

最近この覇洲堕市を賑わせる

連続猟奇殺人事件のことだ

遺体の損傷は激しくどの遺体を見ても

複雑骨折をしているまた遺体の傍には

秋桜コスモスの花弁が落ちていることから

「秋桜事件」と呼ばれている

「今日のこれで4件目...か...」

乾は空を見上げて溜め息を漏らす

「あぁ...しかも同じ殺害方法だな…

本当に趣味が悪い!」

瀧は堪らず声を荒らげる

「あぁ...そこは同意見だ」

乾も目線こそ合わせないが軽く相槌を打つ

「そ、そ、それで...い、い、遺体の方は...」

瑠唯が恐る恐る瀧に話しかけた

「安心しろ!遺体は解剖に回した!」

瀧の回答に瑠唯は肩を撫で下ろした

「で?今回は何色だったんだ?」

「今回は黄色...だな」

「そっか...黄色ねぇ...」

これまでの3件は赤、白、ピンクそして今回は

黄色という風に毎回違う色の花弁が

落ちていることもこの事件の特徴だ

「んーわからん!」

乾は少し考えようとはしたが瞬時に

頭を掻き回す

「それを捜査するのが俺達の仕事だろ!」

瀧は強い口調でそう言い放つ

「ちっ...いちいちうるせぇ奴だな...」

「何か言ったか?」

「別に〜」

「ふん...!」

険悪な雰囲気が漂う2人を他の3人は

焦りながら見守る

「まぁ...考えていても仕方ねぇーし

周りの聞き込みでもするか…」

乾は事件現場を去ろうとすると

他の3人は付いていこうとするが

後ろから瀧が乾を呼び止めた

「待て貴様!」

「あんだよ?」

「またサボるつもりか?」

「あ?んなわけねぇだろ!

真面目に捜査するんだよ!」

「なら何故ほかの3人も行くんだ?

貴様1人で充分だろ?」

「そりゃ...チームなんだから

チームで動くために決まってるだろ...」

「...チーム?」

乾の言葉を聞いて瀧の顔が険しくなる

「貴様!また好き勝手なことを!」

「はぁ...なにも聞いてないのか…

今日から俺達はチームで

動くことになったんだよ...」

「俺は何も聞いていないが?」

「知らねぇーよあの人が

言い忘れてるだけだろ...」

「貴様...嘘ではないだろうな?」

「嘘つく意味が無いねぇだろ...

疑うのは勝手だが...裏を取ってから

疑うなり好きにしてくれ!」

乾が声を荒らげ瀧を睨む

「...分かった...少し待ってろ」

瀧は携帯を取りだしどこかに電話をかける

電話をしながら瀧は乾を睨み付ける

「なんだよ?殺るか?」

「凪叶殿!」

「なんだよ猿?睨み付ける方が悪ぃだろ!」

「すぐに挑発する凪叶殿も悪いでござるよ

あと電話をしているのに

五月蝿くしちゃダメでござろ?

分かったらチャックをするでござる!」

「分かった分かった。分かったから

手を退けろ...邪魔くさい」

「分かればよろしいでござるよ」

数分後瀧が電話を切り乾に視線を向ける

「...話しは大体分かった」

「じゃ問題ないだろ?」

「あぁ...問題ない...訳ないだろ!」

と瀧は声をより一層荒げ乾に詰寄る

「あ?何が問題なんだよ!」

乾も応戦するように身構える

「わわわ...2人とも辞めるでござる!」

「お前は引っ込んでろ!」

「は、はい...でござる...」

乾が瑠唯を制して瀧を迎え撃つ

「で?何が問題なんだよ?あ?」

「貴様!考えなくても分かるだろ!」

「あ?何がだよ…」

乾の言葉を聞いて深く溜め息を漏らす

「...どう考えても人選ミスだろ!

新人にひ弱な女性...そして遺体を見れない

警察もどき...これでチームとして

機能する訳が無いだろ!

何よりだ!誰も貴様に

意見ができないでは無いか!」

「遺体は俺が見ればいいだろ!」

「時間は有限だ!貴様は1つの事件に

何ヶ月使う気だ!」

「そ、それは...」

「あと犯人が抵抗したらどうする?

1人ならまだしも複数なら?」

「...それは俺が...」

「守るのか?守り切れるのか?

...貴様が強いのは認めるが

あくまで対1人に対してだ

複数相手に貴様が戦い切れるとは

到底思えない!

そんな奴らに俺の姫は任せられない!」

「...で?どうすんだよ?

悪いがお前の所のお姫様は俺のチームで

やる気満々だが?」

「...だからこうする!

俺も貴様のチームに入る!」

「...は?」

乾は唖然とした

瀧はそんな乾を尻目に続けた

「まぁ貴様が拒否しようが無駄だ

諦めて俺もチームに入れろ!

これは決定事項だ」

「はぁ...分かった分かった...勝手にしろ」

乾は呆れ果てて返事をする

「よし!では指揮を...」

「それは俺の仕事だ!勝手にするな」

「っなんだと!!」

「2人ともいい加減にして!」

唐突な声に2人は目線を向ける

「あ、い、いや...す、すいません」

声の主は姫子だった。

2人に見られて我に返ったのか

気まづそうに下を向いている

「す、すまない。姫...」

「わ、わりぃ...」

「い、いえ...と、とりあえず同じチーム

なんですし...な、仲良くしましょう?」

「あ、あぁ...」

乾と瀧は同時に相槌をする

「と、とりあえず俺と猿は周りを

調べるから...お前らはここを頼むぞ?」

居心地が悪いのか乾がそう言い残すと

足早に公園の外に歩いていく

「ち、ちょっと凪叶殿〜」

瑠唯は慌てながら追いかける

「お、おい...ったく...」

「まぁ...ちゃっちゃっと調べましょうか?」

「貴様に言われなくてもそのつもりだ!」

苛立ちながら瀧は調べ始める

「はぁ...痛いなぁ…」

刻藤は胃の辺りを抑えながら瀧に付いて行く

姫子は少し悲しげに乾と瑠唯を見た後

瀧達に付いて行った

先程より静まり返る公園には風の音だけが

ただ響いていた

--4月××日 午後16時 事件現場周辺の住宅街--

「凪叶!」

「あ?なんだよ」

「なんだよ...じゃないよ!

あの態度はなに!」

「いや...だってあっちが...」

「だってじゃない!

毎回毎回なんでそういう態度になるの!」

「だから...って瑠唯あれ」

「...急に話しを変えようと」

「後で聞いてやるからあれ調べろって」

乾が指を指した先には防犯カメラがあった

「あれがどうしたの?」

「俺の予想が正しければあれに

映ってるはずだ」

「...ちょっと待ってて」

瑠唯は鞄に入っていたノートパソコンを

手に取り調べ始める

程なくして瑠唯が頭をあげる

「ビンゴだね」

「やっぱりか...会社名とか出てるか?」

「それも書いてあるね...覇洲堕三丁目...

ここからだと少し歩くね…」

「それは...まぁ...部下でも捕まえれば

良いだろうな」

乾は怪しげに微笑む

「はぁ...可哀想に...」

「なにが可哀想なのか」

「...ばか」

「あ?なんか言ったか?」

「い、いや!なんにも!

...でも良くあれが全方位の防犯カメラって

分かったね」

「あ?あぁ...前の事件の時に同じの見てな」

「ふーんそっか」

「あぁ〜...まぁ場所も分かったし行くか」

「うん!」

他愛もない話しをしながら

2人は目的地向かって歩き始めた

--4月××日 17時30分 覇洲堕三丁目--

「凪叶!凪叶!」

「んあぁ〜ん?着いたか?」

「なんでそんな気持ち良さそうに

寝れるのかなぁ…」

「あ?...まぁそれは...

瑠唯の運転のおかげかな」

乾は瑠唯の頭を撫でながら笑みを浮かべる

「...もう」

瑠唯は顔を隠したが耳は赤く染っていた

「まぁ〜ゆっくりする前に...仕事しようぜ」

「まぁ...確かにね」

「じゃ行くか」

乾と瑠唯は車を降りた

街は薄暗い夕闇に染っていて街灯が力無く

光を見せていた

シャッターが閉まるビル街を抜けると

一際目立つ黄色の建物が見えた

「あそこか?」

「...そうだよ」

「なんだよ?大丈夫か?瑠唯」

「え、え?な、なにが?」

「いや...顔色...悪いぞ?」

「き、気の所為じゃない?」

「そ、そっか?まぁ...無理なら1人で...」

「だめ!!!」

「あ、あぁ...わ、分かった」

「え、あ、ご、ごめん」

「いや...大丈夫だ」

乾はそさくさと先に歩いていく

瑠唯も乾の後に続いた

乾と瑠唯がビルに入ると

受け付けが目に付いたが無人だった

「まぁ...人は居ないよなぁ...

しゃーないまた明日にでも...」

瑠唯は乾の袖を申し訳無さそうに引っ張る

「あ?なんだよ?」

瑠唯は指を指した

「なんなんだよ…本当に...」

乾が指を指された方を見ると

黒色の受話器と横にはパネルがある

「...これを手に取ればいいのか?」

「う、うん...あっ待って!」

「あ?なんだよ?」

受話器に手を伸ばした乾の手を

瑠唯が制止した

「やっぱり...僕が掛けるよ」

「あ?あぁ...じゃ頼む」

瑠唯は受話器を手に取ると番号を

パネルに打ち込み何処かに電話をかけた

程なくして誰かが出たのか瑠唯が話し始める

「あ、はい...はい...誰も居なくて...はい...

いやそういう訳じゃ...はい...はい...

それでお願いします...えっ...はい...はい...

少々お待ち下さい...」

と瑠唯は乾に受話器を差し出す

「あ?なんだよ」

「...いいから!」

鬼気迫る表情を浮かべる瑠唯に

なにかを察したのか乾は黙って受け取る

「...もしもし」

乾が通話相手に声を掛ける

少しの静寂の後

「...久しぶりですね?凪叶さん?」

「!?」

乾は電話の声の主に聞き覚えがあった

「そ、宗汰さん...ど、どうして」

声の主...名前は來寂院宗汰くじゃくいんそうた。「12月の蝉事件」で乾を助けた

「明日の風」と呼ばる孤児院の園長だ

「...どうしてですか?特に意味は

ありませんよ?...まぁ...強いて言うなら

僕がそういう気分だからですかね」

「は、はぁ...」

「ふふふ...まぁ...瑠唯ちゃんにも言いましたが

凪叶さんが必要としている物はこちらで

用意しておきますので

今日は帰った方が良いですよ?」

「...え?」

「あ、いえ...僕が今すぐ渡しても

良いのですが...凪叶さんもハントンと

会うのは気まづいかなぁと思いまして」

「.....」

「まぁ...ちゃんと凪叶さん宛に送るので

明日には届きますから安心してくださいね」

「...ありがとうございます」

「いえ...困った時にはお互い様でしょう?

それでは...そうだ...今度鮮麗あざれい香澄かすみ

何処かで食事でもしながら

楽しくお話ししましょう?」

「は、はい...時間があれば…」

「ふふふ...楽しみにしておきますね?」

「は、はい...では...」

ガチャりと電話が切れた

静寂に包まれた空間で2人は

ただ立ち尽くしていた

--4月××日 深夜 覇洲堕市内の路地裏--

「はぁ...はぁ...」

「どぉこにいったの〜鬼ごっこ〜?」

暗い路地裏には身を潜める男と

陽気に口笛を拭きながら少女が

辺りをを見回していた

男の腕は奇怪な形に捻じ曲がっていた

腕からは血がしとしとと流れている

男は生きている片腕で携帯を取り出し

何処かに電話をかける

「...クソっ!出やしねぇ!

話しが違うじゃねぇか...普通の女の子を

回収するだけじゃなかったのかよ…

なんだあれ...あれじゃまるで化け...」

一瞬だった。生きていたもう片方の腕が

同じように捻じ曲がる

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

虚空に虚しい絶叫が響き渡る

「ミぃ〜つけタ」

地面に転がる男の前に少女が立っていた

「な〜たんのかちだよ!」

満面の笑みを浮かべる少女

「うぅ...く、クソっ!」

男はなんとか立ち上がり逃げようとする

「めっ!」

少女の目が赤く光り男の足を見つめる

すると腕と同じように足が捻じ曲がる

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

「も〜うだめだよ!

なーたん…鬼ごっこは飽きたの!」

「.....」

「ねぇ〜ってば〜」

男に反応がない。痛みで気絶したようだ

「かぜひいちゃうよ!仕方ないなぁ〜」

少女は男に近寄りそして男の全身を赤い目で

見回した

バキッゴキッバキッゴキッバキッゴキッ

鈍い音が虚空に響き渡るそして

男の体は「秋桜事件」の遺体と同じになった

「...頭痛い」

少女は頭を抑えてしゃがみ込む

すると路地裏の入り口から拍手が聞こえる

「キキキィ!素晴らしい!実に素晴らしいよ!」

白衣に似合わない丸眼鏡を付けた男が

立っていた

「...さ、サンタさん」

「大丈夫...じゃ無さそうだねぇ〜」

「...う、うん。あ、頭が痛くて」

「キキキィ...それは大変だねぇ〜」

サンタさんと呼ばれた男はポケットから

錠剤を取り出して少女に与えた

「あ、ありがとう...」

「良いのさ!良いのさ!

...それにしても可哀想に」

博士は優しく抱きしめる

「...ふふふ」

力無く笑う少女。そして男の腕の中で

眠りについた

「キキキィ...可愛いねぇ〜」

暫くしてサンタさんと呼ばれた

男は電話を手に取る

「もしもし?」

男の声が通話口から聞こえてきた

「私だ」

「守音君か...終わったのか?」

「あぁ〜良好だよ」

「そうか...なら良かった。それで?

それだけの為だけに君も

電話をかけてきた訳じゃないだろう?」

「キキキィ...流石は市長だ察しがいいなぁ〜」

「その呼び方は辞めてくれないか?

私と守音君の仲だろ?」

「あぁ...済まないな麗司くん」

「いや良いんだよ」

電話相手の男の名は十六夜麗司いざよいれいじ

ここ覇洲堕市の市長だ。年齢は25歳である

「それで?」

「...そう急かすなよ」

サンタさんもとい守音は人が

変わったかのように冷静に淡々と続けた

「そろそろ限界が近い」

「そうか...」

麗司は少し考えたのか間が空く

「...替えを用意しなければいけないな」

「あぁ...早めに見繕ってくれ」

「任せたまえ…それで計画の方は順調か?」

「...まだ時間はかかるが準備はしておくよ」

「よろしく頼むよ?

これは守音君にしか出来ないからね」

「知っているさ…それでは片付けがあるから

失礼するよ」

「あぁ...良い夢を」

「そちらこそ良い夢を」

電話が切れて守音は辺りを見回す

「特にやることは無いな…

これだけ処理しよう」

すると守音は油を取りだし遺体にかける

そして今度はマッチを取り出して

遺体に投げように落とした

遺体は音を立て燃え始める

「どうか安らかに」

そう呟くと守音は少女を抱えて路地裏を

後にする

綺麗な満月が悲しげに光を放っていた

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

~乾凪叶の暦録(カレンダー)~ 朝兎 @__asato

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る