~乾凪叶の暦録(カレンダー)~

朝兎

第1暦「12月の蝉」

「12月の蝉」


--12月23日--

ここは覇洲堕市はすだし

市内はクリスマスを控えており活気に満ちているが引き換えに

警察署はいつもより慌ただしくしている

そんな中乾凪叶いぬいなぎとはうたた寝をしていた

「凪叶殿!起きるでごさるよ!」

「あん?なにぃ?」

乾は退屈そうに返事をした

「なにぃ?じゃないでござるよ!事件が起きたでごさる!」

「あぁん?あー行く行くだから先行ってくれ」

「だめでごさる!毎回そう言ってサボるでござろう?今日は一緒に行くでござる!」

「ちっ…五月蝿うるさいなぁ…」

「五月蝿くないでござるよ!さぁ現場に行くでござる!さぁ!」

この五月蝿うるさいやつは部下の宮宮路宮きゅうぐうじみや

毎回事件が起きる度に俺を呼びに来る五月蝿いハエみたいな奴だ

「ちっ…分かった分かったで今回はどんな事件なんだ」

「やる気を出したでござるね!今回の事件は最近起きている12月の蝉事件でごさるよ」

「あーあれか…」

「12月の蝉事件」死体はいつもバラバラにされた挙句、損害が激しく死体を

見ただけでは性別は愚か人かどうかも分からないほどだそしてなぜこの事件が「12月の蝉事件」と名付けられたかはいつも壁に赤文字で書いてある「永劫に鳴り止まない蝉時雨」と

死体のそばに置かれた1匹の蝉の死体が置いてあるためこう呼ばれている。

「嫌なんだよなぁあの死体」

「そ、某も嫌でごさるよ…し、しかし市民の安全を守らないとでごさるよ」

「べつに〜俺は困らないし〜」

「な、凪叶殿!」

「事実なんだけど…まぁいいや行くぞ猿」

「だ、誰が猿でござるか!」

「そういうとこだよ」乾は笑いながら

宮を弄りながら乾は事件現場へと足を運んだ


「いやぁーいい運転で感心感心」

そう言いながら乾は車を降りた

「おい猿なんでお前は降りないの?」

「…そ、某は車の中が好きでござる故」

「あぁん?何わけわかめなこと言ってんだはよ出ろよ」

「い、嫌でござる!絶対に嫌でござるよー!」

「あっそっ」

乾は刀のきっさきを宮の首筋に当てた

「今日は久々に人肉のステーキかなっ!」

「そ、それは…ひ、卑怯でごさるよー」

宮は涙目になりながら渋々車から降りた

「にしても寒いなぁ本当に」

「うぅ……き、今日の気温は氷点下になるらしいでござるからね」

涙声で宮は答えた。乾は小さく「ちっ」と舌打ちしながら事件現場に入っていく

「ここは関係者以外…」

「ちっ…」乾は渋々手帳をポケットから出した。

「こ、これは乾警視監!」

「はいはいおつかれおつかれ」

現場に入った途端凄まじい匂いが鼻を突く

「うっ…」

「おいおい…猿まだ匂いだけだぜっ」

「し、しかし」

痒いのか首を掻き始める宮そしてそれを笑いながら乾凪叶は見ていた

「これはこれは警視監!いらっしゃいましたか!」

恰幅のいい男が乾凪叶たちに話しかけてくる

「あっ間柴さんお疲れ様です」

声をかけてきた恰幅のいい男は間柴藤吾郎まじまとうごろう。職位は警部。

昔は凄腕の刑事だったが熱血であったために深くまで警察内部に

首を突っ込み嫌われてしまったために60歳になる。この歳まで昇進が出来ていない

「辞めてくださいよっ警視監そう呼ぶのは」

はははと笑いながら間柴は言う

「間柴さんは僕の恩人なので」

「昔の話ですよ…しかしまたあの事件ですな〜」

「そうみたいですね残念ながら」

「これで5日連続ですよ…毎度毎度犯人も浮かれとるんですかね」

「ははは…浮かれたくらいで殺人を犯されてもいい迷惑ですよ」

笑いながら乾は答える

「……あんたが言うな」宮は首を掻きながら呟く。

「いやぁーしかしお連れさんは大丈夫ですか?」

間柴は心配そうに宮を見る

「あ…あれは日常茶飯事なんで」

乾は宮をちらっとみてそう言うと

「とりあえずどんな感じか見ないとね」

そう言うと遺体のあるブルーシートに歩いていった

「…おなじ手法か〜」

「そうですな〜しかも同じように壁に血文字と蝉の死体…」

凄惨な現場に慣れているのか2人はテキパキと死体を調べる。宮は遺体を見たのか顔色を悪くした

「財布とかは…ないか…」

「一応鑑識が回収したみたいですぞっ」

「じゃあとは鑑識聞くか…」

「あっ一応仏さんの情報はありますが」

と間柴は分厚い年季の入った黒い手帳を出す

「仏さんの氏名は雨野照明あまのてるあき。職業は運送業ですな!

まぁ言わずもがな死因は鋭利な刃物による斬殺で現場の血液は仏さんの物で

ほぼ間違いないそうですぞ」

「殺害方法も一致か…」

ふと乾は天を仰ぐ。雪は弱々しく降り続いていた

「完全に今覇洲堕市を揺るがしている「12月の蝉事件」ですな」

「えぇそうですね…」

乾凪は面倒くさそうな顔をしながらそう言うと

「これ以上は何もなさそうですね間柴さん」

「そうですな〜あとは鑑識待ちになりそうですが期待は出来なそうですな」

「えぇそうですね…さてと…」

乾は宮に向かって

「そこで猿の真似してないで行くぞ」

「さ、猿の真似じゃないでござる!」

宮は掻きむしるのを我慢しながらそう言うと現場を離れ車にそさくさと向かった

「じゃ間柴さんお気を付けて」

「警視監もご達者で」

乾は間柴と別れると宮が待つ車に向かった

「ふぅー緊張したな」

カフェオレを飲みながら乾は一息付く

「凪叶殿のw敬語がw」

宮は笑いながらハンドルを握っている

「あぁん?なに?」

刀を手に取る乾。焦る宮

「す、すまんでごさる…だ、だから刀をし、仕舞うでござる」

「ちっ仕方ねぇーな」

乾は刀をしまい窓の外を眺める

外は雪がゆらゆらと降り子供たちが元気に走り回っていた

「しかしあれが前に凪叶殿が言ってた間柴さんでござるか?」

「あぁーそうだ」

「あの凪叶殿がさん付けする人でござる故てっきりもっと怖い人かと思ってたでござるよ」

「あぁー見えて鬼が住んでんだよ」

「なんと?!鬼でござるか?!」

「あぁーそうだよ…」

何故乾凪叶がここまで間柴を慕って居るのかそれは乾凪叶の高校生時代まで遡る

高校時代の乾凪叶は酷く廃れていた元々幼少期に親に捨てられた乾凪叶は

「明日の風」と言う孤児院で育てられた

最初の頃は反抗的だったが園長とその娘である香澄のお陰で普通の人間らしく育つ

だが高校生になると思春期、家族と

「明日の風」の間で密約が

ある事を知り反抗期となり

家出などを繰り返しては警察のお世話になる。そして18歳の誕生日にとある人物に嵌められて園長の妻と娘を殺した犯人として「明日の風」を半ば強制的に卒業扱いされた。


精神的にも肉体的にも死んでいた時に今の父親で覇洲堕警察署の警視総監である

乾聖叶いぬいせとに拾われたがやはり殺人鬼のレッテルを貼られた乾凪叶を

よく思う者がいる訳が無く陰湿なイジメに合っていた所に手を差し伸べたのが間柴である

そしてその間柴の尽力と乾凪叶の努力で「明日の風」の事件の真犯人を捕まえたため

乾凪叶を虐めていた警官達も認めるしかなく乾凪叶は覇洲堕警察署のNo.2である警視監にまで

若くしてのし上がった。そのため間柴には感謝と恩義を感じている。

「ですがあの頃の凪叶殿は凄かったでござるな〜」

「あぁ?普通だろうがよあのくらいよぉ」

「いや流石に驚くでござるよ!まさか警視監になった初日に20人近く異動させるでござるとは」

「普通は死刑だがクソ親父に止められたから仕方ねぇーよあぁ〜悔しい」

「流石に死刑はやりすぎでござるよ…って悔しがるのも違うでござる!」

宮は焦りながらそう言った乾は真顔で

「だって悔しいだろ俺をイジメてたやつがのうのうと派出所に居るのとか」

が付くでござるよ…」

「はぁ〜」とため息を付く宮を尻目に乾は考え事を始めた

何故こんな事件を犯人はこんな時期に起こしたのかと…


「凪叶殿ー凪叶殿!着いたでござるよ!」

「あぁん?んー」

宮に起こされた乾は大きく伸びをして

「あぁー着いたか…意外と長かったな」

「それは…事件現場から2キロも離れているでござるからね…」

乾と宮はそう言いながら車を降りた

2人が来た場所は被害者である雨野が働いていた運送会社だ。黄色印の運送会社ですの

CMでお馴染みの「黄色印の雨合羽」だ

会社に入ると受付嬢が話にかけてきた

「なにか御用でしょうか?」

「あのー社長さんはいるでござるか」

警察の手帳を見せながら宮が話しかける

「…あの失礼ですがご予約は?」

「えっいやそのー」

「ご予約がないご来賓様はもう訳ありませんが社長に通すなと言われておりますので」

あわあわしている宮を横目に

「ねぇーお姉さんだめ…かな?」

「だ、だめです規則ですので」

乾の顔が近づいたからか受付嬢は顔を赤らめる

「うぅーんお姉さん俺のタイプなんだけどなぁ」

乾は更に顔を近づける

「そ、そう言われましても…」

受付嬢は顔を逸らしながらそう言う乾は更に顔を近づけ

「お姉さんタイプだしご褒美あげるけどだめ…かな?」

受け付嬢は観念したのか

「…わ、分かりましたし、少々お待ちください」

受付嬢は頬を赤らめながら受話器を手に取り

「は、はい警察の方が…は、はいかしこまりました…

社長が社長室でお待ちです」

そう言うと受付嬢は顔を逸らしながら2人に話しかけてエレベーターを指さした

「そこの最上階が社長室でございます」

「うんありがとうね…霜田しもださん」

そう言うと乾は受付嬢の名前を言った

そう呼ばれた受付嬢の霜田は名前を呼ばれて動揺したのか乾たちを見る

その隙に乾は霜田の唇にキスをして

「はい」と不敵に笑いながらエレベーターに向かった

「おーい。猿置いていくぞぉ〜」

「ま、待つでござるよ〜」宮は焦って乾を追いかける

霜田は上の空でなにもない空間をただ見ていた

エレベーターに乗り込んだ2人は最上階のボタンを押し社長室を目指した

「し、しかし凪叶殿なんとハレンチな…」

「あぁん?使えるもんは全部使わないと警察なんて出来ねぇーぞ」

「そ、そうでござるが…」

顔をあからめる宮

「し、しかし凪叶殿があのような方が趣味だとは意外な発見でござる」

「ちょいちょい失礼だぞ。まぁ嘘も方便だし」

「そ、そうでござるか…なるほど」

なぜかホッとしてる宮そして社長室に到着しますのアナウンスがエレベーター内に響いた

エレベーターが社長室に到着し2人はエレベーターを降りた

目の前には木製の高級そうな扉があり乾がノックをすると「どうぞ」と低い男の声がした

乾が扉を開けると黒皮の椅子に腰掛けた40歳くらいの男が手招きしながら

「いやぁどうぞどうぞ外は寒かったでしょうどうぞ腰掛けてください。あっ今お茶を」

「お茶は苦手なんで〜」即答する乾

「あはは…なら仕方ないですね」男は笑いながら答える。

「ち、ちょっと凪叶殿!」

乾と宮は茶色い皮のソファーに腰掛ける

「あっ申し遅れましたね私の名前は南雲圭祐なぐもけいすけです」

そう名乗った南雲は名刺を乾たちに差し出しながら反対側のソファーに腰掛けた

「乾凪叶です」と乾は警察手帳を見せ

「み、宮宮路宮です」と宮も警察手帳を見せた

「おやっ?珍しい名前ですね」と南雲は笑いながら言う

「そ、そうなんですよね」と宮は照れ笑いしながら言った

「はぁ〜」とため息を付きながら乾は南雲に

「「12月の蝉事件」ってご存知ですか?」

「えっえぇ…もちろんです最近話題の」

「えぇ…その事件のことでききたいことがありまして」

「あーはいですが私共には…」

「それが関係がありまして」と乾は雨野照明の写真を南雲に見せた

「あぁー彼は私共の会社の社員ですが…彼はまたなにか?」

「いえ実は今朝遺体で発見されまして…南雲さんまたとは?」

「な、なんと…い、いえ最近同じように彼について聞きに来た人達がいまして」

南雲は悲しそうにそう話した

「聞きに来た人達とは」

「…実は彼にお金を貸していると言う人達で…闇金って言うんですかね…

どうやら彼キャバクラ通いをしていたらしくて…一応彼の電話番号を…」

「そうですか〜どんな人達でしたか?」

「ははは…実は私は記憶力が無くてですね…あっそう言えば鷲のバッチをしてました」

「鷲…ですか」

「はい印象に残っていたのでただ顔までは…いやもしかすると」

南雲はそう言うと秘書のような女性を呼び出し

「君まだ防犯カメラの映像は残っているかね?」

「あっはいただいま確認致します」

そう言うと秘書の女性は部屋を後にした

数分後先程の女性が戻ってきて南雲に耳打ちをしたそれを聞いた南雲は

「そ、そうか良かった良かった」と笑顔になり

「防犯カメラに顔が写っていたそうですあっ顔写真を取寄せますね」

「あっはいありがとうございま〜す」

乾が返事をすると必死にメモを取る宮を見て

「猿さぁ〜字汚くない?」

宮は驚きながら

「な、なにを言う凪叶殿!ちゃんと読めるでござろ!」

「いやぁ〜まったく」と乾は難しそうな顔をした

その会話を聞きながら南雲は笑っていた

乾たちが不思議そうに南雲を見る

「あっ失礼しましたいやぁー久しぶりに家族を思い出しましてね」

「家族とは会わないんですか?」

「ち、ちょっと凪叶殿っ!」

「いやぁ〜気になるじゃん?」

「だ、だからって」

「いや、大丈夫ですよ」南雲は笑いながら言うと

「実は最近忙しいのと雪のせいで…久しく家に帰れてないんですよ」

そうこの覇洲堕市は最近の大雪のせいで市外に続く電車は運休していて

高速道路などを積もった雪のせいか大渋滞が起きているため市外に出にくくなっている状況だ

「そ、それは大変でござるな…」

「まぁしかし心配無用ですよ。毎日ビデオ通話が出来ているのでまだマシですがね」

「でも雪のせいで運送業だと辛いんじゃ」

「ははは…そうなんですよね乾さん。ですが私共の会社は早めに市内だけに絞ったのでまだ打撃は少なく済んでるんですよ」

「そうですかそりゃ良かった良かった」

「凪叶殿聞いといてそれでござるか…」

「ははは…良いんですよ宮宮路さん話せるだけで楽になるので」

「ほら猿〜南雲さんもそう言ってるんだし良いんだよぉ〜」

「そ、そうでござるか…」

そう言う話しをしていると先程の秘書が戻ってきて

「社長お待たせ致しました」と防犯カメラの写真を社長に渡し去っていった

「いやぁ〜忙しいそうですねぇ〜」

「えぇまぁ…彼が担当していた場所が人手不足になってしまいましたので

代わりの人を探さなければ行けなくてね…」

南雲が写真を渡しながら悲しげにそう言った

「ご愁傷様です」「ご愁傷様でござる」そう言いながら写真を手に取り

「今日は突然きてすいませんでした御協力感謝致します」

「ははは…いえいえまたなにかありましたら御協力しますよ」

「どうも〜」乾は席を立ってエレベーターに向かう

それを追うように宮は南雲に一礼してエレベーターに向かった

南雲は笑顔で手を振りながらそんな2人を見送った

車内に戻り話した内容を2人で整理した

「まずぅ〜あの南雲についてだが」

「凪叶殿にはなにか気になることが?」

「いや特にない」バタッと崩れ落ちる宮を尻目に乾は続ける

「しょーじき裏がありそうで感じじゃ無いしなぁあれ可哀想な社長って感じ」

「た、確かにそうでござるな」

「まぁまたなんか有ったらその時だな今のとこは除外除外」

「そうなるでごさるなぁ〜しかし凪叶殿この2人は…」

宮はそう言うと手に入れた防犯カメラの写真を手に取る

写真にはスキンヘッドの30代くらいのイカつい男とヒョロがりの20代の男が写っていた

「うーん闇金の奴らは俺の管轄外出しなぁ」

「なら某が調べてみるでござる」

「おうぅ〜猿頼むわ〜俺もひとり心当たりあるやつに当たってみるわ〜」

「おっけーでござるなら行先は警察署で大丈夫でござろうか?」

「おけおけぇ〜」乾が気だるそうに相槌を打ち2人を乗せた車は覇洲堕警察署へと向かった


「あーあ猿さぁ〜割と時間かかったなぁ」

「渋滞があったから仕方ないでござろう!」

「はいはい言い訳おつおつ」

「はぁ〜」と宮は呆れたかのようにため息を付いた

「まぁとりあえず俺はこっちだからさぁ〜」

「あっはい!では1時間後にまたでござる」

「おぉ〜」と乾は気だるそうな相槌と共に目的地に向かった

宮と別れた乾は刑事課に居た

「うわぁ〜相変わらず忙しそうだなぁ〜」

「おっ凪叶じゃん。お前また暇つぶしに来たんか?」

乾は声をかけられ振り向く。そこには乾と同い年の目付きの鋭い男がいた

名前は霧矢凱きりやがい。ある事件の後から乾凪叶の数少ない親友だ

「おっきりや〜ん。暇つぶしじゃねーよちょっとお前に聞きたいことが」

と乾はポケットから南雲から貰った2人が打った写真を見せた

「きりやんさぁ〜この2人知らねぇーか」

「あぁーお前ちょっとこっちこい」

と霧矢は乾を喫煙所に連れ込んだ

「な、なんだよ凱…いきなり」

「……あそこだと人目が多くてな…」

「あぁ〜なるほどね…まぁ良いけどさぁ〜」

「まっとりあえずもう1回良く見せてくれ」

霧矢はタバコをふかしながら写真を見ると深く息を吐き

「知ってる…顔だな…あまり詳しくは無いがこのひょろガリの長い奴は鷲塚歩(わしづかあゆむ)

鮮都洲あざとすって暴力団の次期組長候補で今は傘下組織の組長だ。そしてこのスキンヘッドだが」

霧矢がバツが悪そうにタバコを吹かす

「いやいやこのハゲがなんだよ〜」

「い、いやそ、そのいやそんなこと…」

霧矢の顔が青ざめて汗をかき始める

「…やばいやつか?」

乾はなにかを察したのか伺うように聞いた

「…あんな経験した俺たちだがこんなこと…信じられない訳じゃないだろうが…もしかすると…かも知れない」

「……」乾と霧矢は黙り込みお互いにタバコを吸う…1本、2本、3本目が

吸い終わるところで霧矢が切り出す。

「…まだ確定じゃないがもしかするとな…」

「なんだよ…凱…」

「あ、あぁこのスキンヘッドの野郎…村田椎名むらたしいなは2年前に死んでるんだよ」

「……」乾は呆然としたが霧矢はお構い無しに続けた

「2年前…まだ俺が今の俺じゃ無かった時にこいつの事件を担当したんだが

不思議な事件だったから良く覚えてるんだ」

「凱…何が不思議だったんだ?」

「自殺だったんだよ」

「…は?それのなにがふ…」乾の言葉を抑えるように霧矢が声を荒らげる

「遺書が無かったんだ!」

「は?じゃ他殺かもしれないじゃん…なんで自殺になったんだよ」

「自殺に使った銃が見つかったんだよ…100m先でな…

しかも指紋はこいつのしか無かったし…拭き取った後も無かった…」

「……」乾は考え込むように黙る。すると霧矢が

「な?不思議だろ…?」そう言う霧矢の顔は青ざめている。

「確かにな…銃の反動でそんな飛ぶわけねぇしな…」

「そうだな…打った奴が投げるなんてことする訳ないしな」

乾は悟ったような口調で

「警察が…揉み消したのか?俺たちの時みたいに」

そう霧矢に問いかけた。




宮は1人車内で黄昏ていた

「あぁ…凪叶さん行っちゃったなぁ」

宮は静まり返った車内で1人呟いた

「いやいや!落ち込むな宮宮路宮!凪叶さんのためにも某ちゃんと調べなければ!

さぁ!腕の見せどころですよ!」

よし!と意気込みパソコンを取り出そうとした時だった

「?!」いきなり宮の携帯が鳴った

「うお!?も、もしかして凪叶さんでござるか!」

宮は素早く携帯を見る。同時に顔が曇る。

「…なんでこんな時に…とりあえず出ないと」

宮が電話に出るとつうわの向こう側から男の声が聞こえてくる

「你好…おはようだネ宮さん」

「お、おはようございます王さん…」

王さんと呼ばれた片言で話す男は「ははは…相変わらずだネ」と不気味に笑いながら答える

通話越しの男の名前は王海桐ワンハントン

宮宮路宮の雇い主である。

「いやぁ今日はまだ報告が無いと思ってネ」

宮はハッとして時計を見た。針は17時を示していた。

「も、申し訳ありません。今日は朝から忙しくてですね…」

「あはは…怒ってないので良いんですけどネただ裏切ったのでは?と心配になりましてネ」

「…?」宮は突然の事に頭が真っ白になった。

「あーいえいえ気にしないでくださいヨ。チャイニーズジョークです」

王は笑いながらそう答える。どうやら冗談らしい。

「は、はぁ〜そうですか…」困惑しながら宮は答える

「も、申し訳ないネ…で?」ふと宮は我に返る

「あ、し、失礼しました。遅くなりましたが報告します。」

「よろしく頼むヨ」

「監視対象の乾凪叶に特異的な異常は無くまた重度の症状も出ておりません!」

「そうか…」

「…?どうかしましたか王さん?」

「いやいや!謝謝…どうもありがとうだヨ宮さん」

「いえいえ遅くなってすいません…」

「気にしないでくれたまえヨ」

「あのー王さん?」

「ん?なんだネ宮さん?」

「いえ…あの人は喜んでくれますかね?」

「あぁ…もちろん宗汰も喜んでくれますヨ」

「それは!良かったです!」

「あぁ…本当に良かったヨ。それでは引き続き頼むヨ。宮さん

なにか合ったらすぐに報告をネ?」

「はい!かしこまりました!」

通話が切れる。宮は深く息を吐いた。

「やっぱり…緊張したなぁ…よし!」宮はパソコンの電源を入れた。

「まじでさみぃ〜」乾は大きめのトレンチコートを着ているが寒そうだ

「凪叶殿…カイロ…要るでござる?」宮は心配そうにカイロを差し出す

「おっ猿悪ぃな」乾は震えながら宮からカイロを受け取った

時刻は20時を少し過ぎた時刻

乾凪叶と宮宮路宮は聴き込みのため覇洲堕市にいた。

市内にはまだ雪が降っているがパラついている程度である。

「だが本当に警察って仕事は不憫だよなぁ」

「凪叶殿…上の人のセリフじゃないでござるよ…」

「寒さに上も下もあるかよ…はぁ…」

乾は小さくため息をついた

「ったくよぉ…早く終わらせて帰るぞ猿」

せかせかと歩く乾

「あ、ま、待つでござるよぉぉぉぉ」

急ぎ足の乾に必死に宮は付いていく

どのくらい歩いたのだろうか先程のパラついた雪が少し強くなり始めた頃

乾はある場所で立ち止まった。

「猿…着いたぞ」

その言葉で宮も歩みを止める

「よ、ようやくでご、ござるか…」

宮は息を切らしながら乾に答える

乾たちが立ち止まった場所は少し寂れたBARのような場所

寂しげに光る看板にはBAR「大蛇」と書いてあった

「ふぅー」と息を吐いた乾は

「猿…行くぞ」と宮に声をかけた

「は、はい!でござる」と宮もなんとか元気を絞り出し答える

とその時

「おいこら!てめぇら俺たちの島(なわばり)に何の用だあぁん?」

乾たちが振り向くとそこにはひょろがりの20代くらいの若者が立っていた

「別に…探してるやつが居るだけだが?」

乾が素っ気なく答える

「あぁん?舐めてんのか?あぁん?」

先程の若い男は興奮してるように迫っていた

「なんだてめぇ〜」乾は刀を手に取った

「だ、だめでござるよ凪叶殿…こういう輩を刺激するのは…」

ちょっと涙目な宮が乾を止める

「は?猿よ…だからてめぇはいつまでも舐められてんだよ」

「で、ですが…」宮は今にも泣き出してしまいそうな子供のような目で乾を見る

「はぁ…本当にこいつ…」頭を掻き出す乾

「あぁん?なにごちゃごちゃとうるせぇやつらだなてめぇら

あんまり舐めてると!」

迫っていた若い男が怒鳴りながら乾の胸元を掴む

「ちっ…なんだよてめぇ〜殺るか?」

「あぁん?上等だボケカス!」

「ひぃぃ」とうめき声をあげる宮

とその時だった若い男の背後から

「お前さ…なにこんな所で油売ってるのよ?」

「あぁん?…は!」

「声も五月蝿いし近所迷惑とか考えような?」

若い男の後ろから日焼けした黒い肌の20代後半くらいの男が

乾の胸元を掴んでいた若い男の肩を叩く

「ひぃ!す、すいませんすいません」と言うと若い男は乾の胸元を掴んでいた手を離し

肩を叩いた男に土下座をして謝る

「別にそこまでしなくてもいいんだけどさ」と土下座をしていた

若い男を立たせて

「てかお前あれはやったのかよ?」と若い男に問いかけた

「と、取り引きのことですよね?」

「あ?」と日焼けをした男は若い男に頭突きをかまして

「違ぇだろうがよ!お嬢様のお迎えとみかじめ料の事だよ馬鹿」

「ひぃ…す、すいません今からすぐ行きます」と若い男は鼻を抑え逃げるように去っていった。

「ったく…あの野郎は本当によ…」日焼けをした男が呆れたように呟くと

乾たちに向かって

「いやぁ〜悪いねうちの若いのが…あいつ良い奴なんだけど馬鹿でさぁ〜」

「い、いえいえでござる…助かりました」

「いやぁ〜本当に参ったよははは…」

乾はそっぽを向いている

「凪叶殿もお礼を…」宮がそう言うと日焼けした男は宮を遮り乾の肩を掴む

「えっは?まじ?凪叶殿ってあんたもしかして凪ちゃんか!」

日焼けをした男は嬉しそうに駆け寄る

「は、はい…」乾はバツの悪そうな顔をした

「ってことはあんたがえんちゃんか!

凪ちゃんの話しとかたまに聞くから女の子だと思ったがそうかそうか」

日焼けした男は納得したかのように頷く

「え、は、はひ!」宮は焦ったのか緊張しているのか驚いた声をあげた

「はぁ…兄貴…だよな…やっぱり」乾はため息混じりに発した

「そうだぞ!お前が好きな兄貴だぞ〜」日焼けした男は嬉しそうに答える

「あ、あの…」宮は困惑していると

「ははは…悪い悪い久しぶりに凪ちゃんに会えてつい嬉しくてな

俺の名前は乾涅叶いぬいねとそこに居る凪ちゃんの兄ちゃんだ!よろしくね猿ちゃん!」

「はい!よろしくでござる涅叶殿!某の名前は宮宮路宮でござる!」

「へぇ〜なら宮ちゃんだな!よろしくな宮ちゃん」

「は、はい!でござる」

涅叶と宮は握手を交わす乾は相変わらずバツの悪そうな顔をしていた

「てか凪ちゃんそのコートまだ使ってくれてたのかボロボロだから捨ててると思ったぜ」

「い、いえ暖かいし…兄貴に初めて貰った物だから…」

乾は少し顔を赤らめた。「ははは!使ってくれてありがとうな」

涅叶は嬉しそうに乾の頭を撫でる

「…で凪ちゃんたちがここに来たってことはばぁーさんに会いに来たんだろ?」

「あ、はい…」

「じゃ裏にいると思うから…行くか」

涅叶は笑いながら言う

「い、いえ大事な話しなんで…俺1人で…」

「そっか…大事な話しならしゃーない俺と宮ちゃんは待ってるから行ってこいよ

ばぁーさん喜ぶぞ凪ちゃんに会いたがってたし」

「は、はいそれじゃ行ってきます…」

乾はそう言うと1人でBARに入っていく

BARの中は薄暗く古びた机や椅子が歳月を感じさせている

「…いらっしゃい」

しゃがれた声で乾を迎えた40代くらいの男性がいた

「…マダム久しぶりです」

乾が静かで冷静な声で挨拶をした

先程のしゃがれた声の男性は乾を見ると少し驚いたようだった

「んー?あらぁ!凪叶ちゃんじゃない?久しぶりじゃない!」

「どうもです…」

「どうしたのよ?あれ以来じゃない?元気にしてた?」

「はい一応元気に頑張ってます…あの時はお世話になりました」

「いえいいのよ…あの時はお互いに大変だったし…」

マダムと言われた男は懐かしそうにしみじみとなっていた

「…でここに来たってことは誰かを探しに来たか行き詰まったのかしら?」

「ははは…流石ですね」

乾は苦笑いをする。マダムはそんな乾を見て

「で誰を探しに来たの?」

「……」

乾は無言で写真をマダムに渡す

マダムも無言で写真を貰うと

「…奥に居るわよ」そう言うと奥にある木製の古い扉を指さした

「ありがとうございますマダム…」

「…ねぇ凪叶ちゃん」

「どうしましたマダム?」

「…いえ色々と気を付けてね?」

「はい…ありがとうございます」

そう言うと古い木製の扉の中に乾は入っていった

一方その頃外のふたり

「ふぅ〜寒いね宮ちゃん」

「そうで…ござるね…」

涅叶はタバコを吸いながら遠くを見ていた

「あっそう言えば」涅叶は思い出したかのように口に出す

「どうしたでござる?」宮は不思議そうに聞く

「あっいや凪ちゃんまだあんなことしてるのかなって」

「あんなことでござるか?」

「あぁ〜いやあの〜あれだだよ」

宮はその言葉に違和感を覚えた

「え、あ、ど、どうしてそれを聞くでござる?」

「あっいやぁ〜心配でさ…なんせ兄貴だし…」

「一応まだやってるみたいでござるよ」

「そ、そうか…」涅叶は悲しげな顔をした

「でも安心するでござるよ涅叶殿」

「……?」

「凪叶殿には某が付いてるでござるから安心して欲しいでござる!」

「えっあぁうん…そうだよなははは…」

「そうでござるよ!」

また2人は黙り込む。雪はただただ降りしきる。

乾は木製の古い扉に入っていく

木製の扉は「キィ…」と音を立てて開く

1人の男が乾に気づき声をかけた

「キキキ…珍しい来客が来ましたねどうしました警視監くん?」

「どぉも博士」

博士と呼ばれた30代くらいの男はむくっと立ち上がり乾を見つめた

「キキキ…今は研究が落ち着いてるのでね丁度話し相手が欲しかったんですよ」

「そうかよ俺はあんたと話したかったんだよ」

乾は席に着くのと同時に博士も席に着く

「キキキ…あなたはこれでしたよね…キキキ」

博士はコップにカフェオレを入れ乾の前に出す

「あぁ〜どうも」と乾は出されたカフェオレを飲む

「…で話しとはなにかな?キキキ」

「これについてあんたに聞きたいんだよ」

乾は写真を博士に見せた

写真には紫色の錠剤の写真が写っていた

「キキキ…これは懐かしい」

「やっぱりあんたのか…」

乾は残念そうにした

「キキキ…しかしこれはどうしたのかな?」

「…博士…12月の蝉事件は分かるよな?」

「キキキ…もちろんだよその現場にあったのかい?」

「…」乾は黙り込んでしまう

「キキキ…私はやっていないよ警視監くん

…その薬は譲ったんだよ」

「なんだと?誰にだ?!」

乾は博士の胸元を掴みかかった

「キキキ…苦しいなぁ警視監くん」

「あぁ…すまん」

「キキキ…良いとも気にしないでくれ…で誰に譲ったかだが」

博士は乾に写真を渡す。乾はその写真を見て顔から冷や汗を垂らした。

博士と話した後のことは覚えていない

気づいたら乾は宮の車に乗っていた

車内は珍しく静寂に包まれていた

「しかし…まさかでござったなぁ…」

痺れを切らしたのか宮が呟いた

「あぁ…やられたな」

「な、凪叶殿のせいじゃないでござるよ!あんなの誰も気付かないでござる!」

「うるせぇよ…今考えてるから黙ってろ」

「……」

再び車内は静かになる

乾が博士から貰った写真には南雲圭介が写っていた

「悪い…やっぱりなんか話してくれ…」

耐えきれなくなった乾が宮に言う

「え、は、はいでござる…しかし人は見かけによらないでござるね」

「あぁ〜そうだな真面目なやつほど恐ろしいことするんだな」

「そうでござるね…あっ」

宮は慌ててブレーキを踏む

「おいっ!いきなりなんだよ」

「す、すまんでござる…猫が見えて」

車の前に猫が飛び出していた

「猿…猫ってなんだよ猫って」

「だ、だって…」

「はぁ…」とため息をついたかと思うと

「ははは」乾はいきなり笑い出す

「ど、どうしたでござるか凪叶殿!」

「いやぁ〜なんか元気出たわ」

「そ、そうでござるかなんかいい事した気分でござるよ」

「あ、あぁ〜ありがとうな」

乾は宮の頭を撫でる

「な、凪叶殿?!あ、危ないでござろう!」

宮は顔を赤らめながら慌てて言う。

「なんだかんだ可愛いなお前って…よし!とりあえず明日はあいつに話しを聞きにいくぞ」

「は、はいでござる!」

宮は意気込みながら車を運転した

乾と宮は目的地に着くまで他愛のない会話を続けた

ようやく車が乾の家に着いた時には23時を回っていた

「じゃ猿また明日な」

「はい!でござる凪叶殿また明日でござる!」

宮の車を見送った後乾は家に入っていった

雪はただただ降りしきっていた

まるで泣いているかのように…

その日珍しく乾は夢を見た。地面を1面カスミソウが覆っていた。顔がよく見えない人型が乾に

手招きをしていた。それにが足が動かずただその人型を乾は見ているしか無かった。

--12月24日--

ピロロンピロロン

突然の電話で乾凪叶は目を覚ました

「あぁん?なんだって言うんだよ…」

乾は時計を見る時刻は朝の7時を少し回った辺りだ

瞼を擦り電話に出る

「ふぁ〜いもしもし」

「寝てたでござるか凪叶殿?」

電話の主は宮宮路宮だった

「あんだよ猿…今日は9時からだろ…」

「そ、それが一大事でござるよ」

「あん?」

「南雲が…南雲圭介殿が…」

「は?どういうことだよ猿!」

「今朝5時頃遺体で発見されました…」

「なっ……」乾は絶句した

博士から昨日の今日話しを聞いたばかりだったからだ

「それを早く言えバカ猿」

「朝から何度も掛けてるでござるよ!」

携帯を見ると確かに10分置きに宮から電話がかかってきていた

「ちっ…とりあえず早く現場行くぞとりあえず警察署で待ち合わせだ」

「凪叶殿が電話出るの遅かったんで家に来たでござるよ!」

乾は窓から外を見る。確かに宮の車が止まっていた。

「早く来るでござるよ凪叶殿!」

宮が手を振っている

「ちっ!分かったよ大人しく待ってろ!」

乾は急いで家を出た


事件現場に着いた。時頃は9時30分を回っていた

昨日来た時と変わらない入り口

乾と宮は急ぎ足でエレベーターに乗る

社長室に着くが既にテープが貼られていた

「どうも警視監!おはようございますですな」

「あっ真柴さんどうもです」

真柴藤吾郎が声を掛けてきた

「今日は随分と早いですな!」

「ははは…叩き起されまして」

「あははは!それは災難でしたな!まぁ災難次いでに」

と真柴はブルーシートに目をやる

「本当に…そうですね」

乾は察したかのように口にする

「…見ますか?」

「あっはい…」

真柴はブルーシートを剥がす

そこにはバラバラになった南雲圭介の遺体があった

1日前に見た「12月の蝉事件」と同じ現場だ

「……」無言で遺体を見つめる乾

「仏さんの…」

「真柴さん…大丈夫です」

「あっそうですかこれは失礼」

数分の沈黙

「ん?」

乾は南雲の遺体の近くで何かを見つけた

それは黒い粘液のようなものだった

「なんだこれ…」

「どうしましたかな?警視監?」

「いや…真柴さんこれ…」

「スライム…ですかな?」

「確かに…ネバネバしてますしね…」

「とりあえず鑑識に回しますかね」

真柴はそう言うと鑑識を呼び回収させた

「俺も少し貰って良いですか?」

「え、えぇ大丈夫ですぞ!」

乾はポケットからチャック袋とピンセットを取り出しその粘液を入れた

「まぁ結果が出ましたら早急に警視監にも連絡を差し上げますよ!」

「あ、はい…助かります」

会話が終わり現場を真柴に任せ後にしようとした

「ん?」

乾は扉の後ろに何かを見つけた。どうやらメモのようだった

メモには

明日全てが終わる。これで全てが終わる。

ついに僕はあの人になるんだ。なれるんだ…あの人についに…

遊芽戯 到ゆめぎ いたる

「あんだ…これ」

乾はメモをポケットに入れ現場から出ていった

宮はエレベーターの前で待っていた

「あっ!凪叶殿お疲れ様でござるよ!」

「てめぇはなんで来ねぇんだよ猿」

「某の仕事外なので!」

「はぁ〜」とため息をつ居ているとエレベーターは1階に着いた

「猿とりあえず行くぞ」

「えっ行くってどこにでござるか?」

「博士のとこだよ」

「ま、待つでござる〜」

乾は宮を無視して急ぎ足で車に向かう。

宮も急いで乾について行く

ここは覇洲堕市のとあるカフェ

車の中で乾は電話をして博士から指定された場所だ

時刻は11時になろうとしていた

「よし…行くか」

「あ、あの〜」と宮は申し訳無いように

「某…ちょっと用事がありまして」

「あぁ?」

「ひぃ、す、すまないでござる…」

「ったく仕方ねぇなぁ〜」

乾は呆れていた

「じゃ用事が終わったら連絡しろよ?」

「も、もちろんでござる」

そう言うと宮はソサクサと車に戻り車を走らせた

「はぁ…本当にあの猿は…」

乾は呆れながらカフェに入っていった。

カフェでは博士が読書をしながら待っていた

「キキキ…おや警視監くん早かったでは無いか」

博士は乾に気づくと会釈する

「どぉもどぉも〜」

乾も会釈を返した

「キキキ…で警視監くんいきなり呼び出しでどうしたんだい?」

「これについて知りたくてな」

乾はポケットからチャック袋を取り出す

「キキキ♡これはこれは…キキキ…」

「わ、分かるのか」

「キキキ…どうだろうね?」

博士は不敵な笑みを浮かべた

乾は険しい顔になる

「…おい」

「キキキ…冗談だよ警視監くん…だが覚悟はあるのかい?」

乾は無言で頷く

「そうか…キキキなら覚悟を決めた警視監くんに特別に教えてあげよう!」

博士はチョークをポケットから出す

「まずこの粘液は…」

「おいおい書くな!書くな!」

「なんだね…冷めるな…」

博士は萎えたのか虚空を眺めた

「いや書かずに教えろよ」

「キキキ…私の好奇心は簡単じゃないんだよ」

「ちっ」と乾は舌打ちをして

「今これしか無いからこれで我慢してくれ」

乾は胸ポケットから手帳とボールペンを出した

「キキキ…仕方ない…」と博士は手帳とボールペンを受け取り書きながら説明を始めた

「まずこの粘液だが…キキキとても興味深い…なにが興味深いと言うとだね!

なんとだねこの粘液再生能力があるのさ!どんなに切り刻んでも直ぐに元通りさ」

再生する様子を見せながら興奮気味に博士は話す。そして困惑している乾を尻目に続けた

「この再生能力を使えばこういう事が出来るのだよ!そう人造人間の作成さ!

キキキィ!最高だ!昂ってくるよ!」

「お、おう…良かった…でなんでそれが事件現場に?」

「警視監くん…そんな簡単なことを私に聞くのかい?」

「…」黙り込む乾

「はぁ〜理由は簡単だとも君は目を背けているが気づいているのではないか?」

「…」

「はぁ〜君にはいや君以外の人間はたまに呆れる時がある…

何故向き合わない?何故逃避をする?何故だね?ここに事実があると言うのに

キキキ…勿体ない…非常に勿体ないよその好奇心の無さは…」

呆れ果て席につく博士。乾は確信をつかれたのかただ呆然と博士の話しを聞き流していた

「はぁ…これ以上君にに話しても時間の無駄だ。私はこの粘液を研究に使うが問題ないかね?」

「…勝手にしろ」

乾は諦めたかのように言い放つ

「キキキ…ありがとう…それで警視監くん良き人生を」

博士は会計を済ませ店を出る。乾は少し天井を見てからタバコに火をつけた


乾と別れた宮は覇洲堕市にあるとあるビル街に居た

大手企業のビルがそびえ建つ通りを抜け裏路地に入っていく

少し入ると全体が黄色のビルが見えた。その前で宮は立ち止まる。

ビルの前にはサングラスを掛けた黒服が出入り口の前に立ち塞がっていた

「買い物をしたい」

「何を買う?」

「玉龍茶を1ケース」

「スーシーバー」

黒服はそう言うと道を開けた宮は軽く会釈をして入っていく

そしてエレベーターに乗り込み4.10.8とボタンを押していく

エレベーターは動き出しそれぞれの階に止まっていくが扉は開かずに

8階に止まりまた1階に戻るそして扉が開くと目の前に黒塗りの扉が出てきていた

宮はノックをすると扉の中から声がする

「花の名前は?」

「アザレアとカスミソウ」

宮がそう答えるとガチャっと音がする。宮は扉を押して中に入る

中央の椅子にはピンクの髪の男性が座っていた

「いやぁ〜宮さん元気かい?」

「はい!元気ですよ王さん」

「ははは!なら良かったヨ」

「はい!…それで要件はなんでしょうか」

突然王の顔が曇る

「実は困ったことがあってだネ…」

「困ったことですか?」

「あぁ…実は宗汰がネ…」

「宗汰さんがどうしたんですか!」

凄い剣幕で王に近寄る

「お、落ち着いてくれヨ」

王は少し怖気付いた

「落ち着けません一体…」

突然王が机を叩く

「…落ち着けと言ってるんだ!

…宗汰の話をするのはあれだと思ったんだが頼れる人が居なくてね…」

…実は宗汰が行方不明になったんだ」

宮は驚いて声が出なかった

「ただメモ書きが有ってそれには鮮麗と香澄と散歩に行って来ますと書いて有ったんだよ」

「…それで帰って来ていないと?」

「あ、あぁ…もう2日になる」

「どうして…どうして早く教えてくれなかったんですか!」

「私も早く教えたかったさ!ただ君にも仕事があるだろう…」

「ですが!」

「ですがでは無いんだよ!もし君が私たちのスパイだとバレたらどうする?

あいつは…乾凪叶は間違いなく君を殺すぞ?そして!そして…また私の家族を奪いにくる…」

「そ、そんなこと…」

「そんなこと?」

王は目の前の机を蹴り壊す

「そんなことでは無いんだよ!死ぬんだぞ?君も宗汰も

私はもう二度と家族を危険な目に合わせたくないんだ!」

王は声を荒らげる

宮はそんな王を見てただただ言葉が出なかった

「……済まないネ私としたことが少し興奮してしまった」

「あっ、いえこちらこそすいません」

長い静寂が訪れる。

「でも僕は探します」

「…宗汰をかい?」

「えぇ…僕の恩人なので恩を仇で返したくは無いんです」

「しかし…」

「大丈夫ですよ王さん…僕運は強いので!」

爽やかな笑顔を王に見せた

「は、ははは…確かにネ」

王はそんな宮を見て釣られて笑う

「…よし!そうなればここにいる場合では有りません!宮宮路宮行ってきます!」

「あぁ…気をつけて行ってらっしゃい宮さん」

「はい!王さん!」

宮はそう言うと微笑みながら黒い扉から出ていった


時刻は16時乾はビル街に居た

それは電話が入ったからだ

宮が何者かに攫われたとの連絡だった

乾は急いでカフェから出て現場に向かった

「はぁはぁはぁ…」

「早かったな凪叶」

現場には霧矢がいた

「はぁはぁ…ったりめぇだろ…はぁ…」

乾は深く深呼吸をして

「それで?」

「あぁ〜目撃者の話しだとここで猿は攫われたらしくてな…」

「どんなやつだ?」

「それが…」

霧矢はバツの悪そうな顔をした

「なんだよきりやん…まさか見てないのか?」

「い、いやそう言う訳じゃ」

「じゃなんだよ!」

乾は霧矢の胸ぐらに掴みかかった

「お前だったんだよ!」

霧矢はいきなりのことに動揺したのか声を荒らげた

「…は?」乾は驚いて手を離す

「…目撃者の話しだと見た目がお前にそっくりなんだよ

背丈だけじゃなく顔の感じもなにもかも…」

乾は困惑して黙り込む

「有り得ねぇよな…」

「当たり前だろ…だって俺はずっと博士といたんだからな」

「だよな…こっちも博士に話しは聞いてたから有り得ねぇんよな」

乾は黙り込む

「…どうなってんだよ」

霧矢は頭を掻きながらため息を着く

「…一つだけ心当たりがあるんだよ」

「なんだ?まさかまたあの事件が起きてるのか?」

「違う…信じたくなかったが…」

「なんだよお前…勿体ぶらずに教えろよ」

「…きりやんは俺が孤児院に居たのは知ってるよな?」

「あ、あぁ知ってるぞ。明日の風だろ?それがどうした?」

「その孤児院で1人だけ俺を見てた奴がいたんだ…話したことは無かったが…

多分…と言うか十中八九そいつだ」

「…それまじかよ?でもなんで今更」

「今だから…いや今だからじゃねぇか?」

「なんだよそれ」

霧矢の顔は青ざめる。それを尻目に乾はポケットからメモを取りだし

「このメモの名前…見た事あると思って考えてたんだ博士に言われてからずっと」

「それでその名前が孤児院の時のそいつか?」

「あぁ…遊芽戯到ゆめぎいたる…暗いヤツだった…ただ何故だか孤児院のみんなからは

人気はあったみんなあいつと仲良くしていたし、だからこのメモを見た時に

信じられなかった。なんで幸せそうな奴が俺なんかをって」

「確かに…そんな奴が書いた文章には見えないが…凪叶を羨ましいと思ってた奴が書いたって

文章なら納得できなくもないな…」

「あぁ…」

少し無言になると突然

「霧矢さん!警視監!た、大変であります!」

「なんだ?」2人は同時に声のした方をみた

「そ、それが路地裏にし、死体が!」

2人は急いで路地裏に向かった

そこには連日の事件と同様の死体があった

死体の切り刻まれた服には鷲のバッチと辛うじて残っていた財布には

鷲塚歩の免許証が入っていた

「なっ…」

霧矢は絶句した

「どうなってんだこれ…」

乾は唖然としていた。すると鷲塚の死体の近くにメモが落ちていた

蝉時雨の導きのままに鎮魂歌を奏でてあなたに捧げる

「なんだ…これ…」

「なんか…気味悪いな」

といきなり電話が鳴る

電話に出るとマダムの焦った声がする

「凪ちゃん…大変よ!テレビテレビ!」

「テレビ?」

「そうよ!テレビを見て、大変なことになってるから!」

「きりやん!テレビ見せてくれ」

そう言われた霧矢は慌てて携帯を取り出しハスTV(ニコ生みたいなやつ)のアプリを開く

するとハスTVの公式生放送がやっており黄色のローブを纏ったスタッフがニュースを流していた

「速報です!今ハス宮百貨店にて立てこもり事件が発生しております!

犯人は17時過ぎに当百貨店に来店し占拠!次々に人を惨殺しており現場は

地獄と化しております!目撃者の話しでは犯人はこのような顔で」

と顔写真が映る。10代後半?に見える黒い肌の男のモンタージュ写真が写っていた

「とりあえずマダム忙しいから」

と乾は電話を切る

「どうなってんだこれ…」

「わっかんねぇ…しかし惨すぎるな」

「そんなこと言ってる場合かよ行くぞ!」

「あ、あぁ!そうだな、とりあえず俺は警察署に戻ってから指揮を執るがお前は?」

「俺は先に行く…とりあえず止めねぇと」

「あ、あぁ、なら現場でまた会おう」

そう言うと霧矢と乾はそれぞれ行動を始めた

18時 ハス宮百貨店

乾は車を飛ばし現場に到着した

警察はまだ配備が間に合って居ないらしく

現場にはたくさんの野次馬集まっていて混沌としていた

「ちっ」と乾はポケットから拳銃を取り出しパァンと空に向かって打つ

野次馬達は突然の銃声に困惑し音のした方を見た

「覇洲堕警察署の乾だ!道開けろクズ共!斬られたいのか!」

乾が刀の鞘を抜き大きな声でそう言うと野次馬達は道を開けていく

乾は刀を持ちながら道を進んで行く。ようやくハス宮百貨店の入り口に着いた

「ふぅ…ったく喉痛てぇ…よし…」

と一息付き乾は扉を開けた

「うっ…酷いな…」

中に入ると酷い死臭が鼻腔を突く。そして目の前には死体の山と

その上で鼻歌を歌う写真の男がいた。男は乾に気づくと

「おやおや!これは人間君じゃないか!しかし意外だなぁ…まさか君がここに来るなんてなっ」

「…どういうことだ?」

「ははは!すまないねっ!私の友達から聞いてた話しと違うからさ!冷酷で他人に興味が無い

人間らしい人間って聞いてたからさ!あ!でも勘違いしないでくれよ?

私はそんな人間を嫌いじゃない。むしろそう言う人間の方が好きだからねっ!

だからそんな人間君には特別に情報を渡そう!なんと君の大切な人の情報だ!」

「…なに?」

「なぁーに私は君を気に入っているからねっ!特別さ!出血大サービスだよっ!

君の大切な人…そう!宮宮路宮くんは…」

男は心の底から楽しそうに話していた。すると乾が突然斬りかかった

「おや?どうしたんだい?人間君。」

男はまだ楽しそうに笑ってる

「話しが長ぇんだわバカ」

「おや!図星をつかれたかい?」

「ちげぇよお前の話しが長すぎて眠くなったから斬りかかったんだよボケ」

「おやおや…また私の悪い癖が出てしまった様だ…困った困った」

「困ってんのはこっちだいきなり会った事ない奴が変なこと言うかと思ったら

大切な人だぁ?正直うぜぇよお前」

「おや?本当に会ったことないかな?」

「あぁ〜ねぇよお前の顔見た事もねぇ」

「ふふふ…」

「なんだよっ!」

男はただ不敵に笑う。刀を握りしめた乾

「…これでも本当に会ったこと無いかな?」

「は?」

男が腕で顔を隠すし隠した腕を退けるとそこには見覚えのある顔が有った

南雲圭介の顔だ

「は?なんだよそれ…」

「ははは!そうだよっ!その顔だ私が見たいのは!いい表情じゃないか!」

「だ、だって南雲は今朝」

「あぁ〜そうだよっ!今朝私の友達が殺した…あぁ〜殺したとも小説や

観劇と一緒さ!役目を終えた役者は舞台を降りなければならないからねっ!

ただ勘違いしないで欲しい…私はクリエーターと言うだけで何もしちゃいないさっ!」

満面の笑みを浮かべるクリエーターと名乗る男

「クリエーター…それがお前の名前か?」

「正確には違うさっ!ただいいねそれにしよう!

これから私はMr.creator...

そう名乗ることにしよう!」

ひとりでにうんうんと頷きクリエーターは話しを続ける

「それで話しを戻すが人間君が思ってることを当てようか?君はそう!

何故南雲圭介の顔になれるんだ!そう思っているね?」

乾は黙り込む

「沈黙は肯定と言う言葉が人間の世界にはあるらしいけどそう言うことでいいかね?」

「…勝手にしろ」

「ははは!君は本当に分かりやすいね!私はそんな人間もっと好きだよ!

あっ!そうだねっ!種明かしついでに…」

とクリエーターはまた先程と同じように顔を隠すと

「これも私の役者だよ!」

と今度は真柴藤吾郎の顔になる

「なっ」

「ははは!驚いたかい?まぁ驚くだろうねっ!君が信頼し尊敬しそして敬愛していた男が

まさか私の舞台の役者だったとはねっ!」

「…てめぇ」

「おやおや落ち着きたまえよっ!人間君まだオリジナルの真柴藤吾郎は生きているんだから

ただ私の気分ひとつで簡単に殺せるがね?」

「人を…人をおちょくるのもいい加減にしやがれ!」

「おやおや怖いなぁ怖い…ふふふ…だが君は気づいていたんではないかね?」

乾は我に返り博士の言葉を思い出し冷静な口調で

「あぁ…お前の言う通りだ…気づいていたんだ…

俺はそれを真実だと思うのが怖くて逃げてたんだ

ちっ俺らしくねぇ…」

と言うと刀の柄をさらに強く握りしめた

「ははは!殺る気のようだね人間君!面白いっ!」

といきなり死角からなにかが乾に向かって飛んできた

「うわぁ!危なっ!」

間一髪の所で避ける

「おぉ!流石だ!素晴らしいじゃないか人間君!」

「随分と余裕だ…なっ!」

乾は壁を利用し牙突を繰り出す。確かにその牙突はクリエーターを捉えた

「よし!」と小さく声を出したが瞬間

「ふふふ…ははは!素晴らしいな人間君いや乾凪叶!いやいや実に素晴らしい!」

とクリエーターは忌々しい笑顔を見せた

「っな!」

クリエーターの前には触手の壁が覆っていた

そして死角から触手が伸びてきたかと思うと瞬間乾の体に組み付いた

「ぐっ…!」

「ははは!やはり乾凪叶…君は素晴らしい実に素晴らしい!私は君を気に入ってしまった!

…だが残念だ私に気に入られたと言う事は

君はここで死んでしまう…あぁ〜悲しいとても悲しい」

触手の力が強まり乾の体に食いこんで行く

「…がはっ!」

「ふふふ…ははは!悲しいがこれでお別れだ!乾凪叶!」

瞬間なにかが触手を切り裂く

「…おや?」

クリエーターの顔が曇る

「まったく仕方ないですね…貴方は…」

乾はその声に遠い昔に聞き覚えがあった。か細いが芯のある優しい声に

「そ、宗汰さん…」

「あら凪叶さん…僕を覚えてくれたんですね」

嬉しそうに微笑んだ彼の名前は來寂院宗汰くじゃくいんそうた

乾凪叶が居た「明日の風」と言う孤児院の園長だ

「でも宗汰さんどうして?」

「どうしてですか?…ふふふ…鮮麗と香澄に貴方を助けて欲しいとお願いされました。

ただそれだけですよ」

乾はなにかを言いいそうになるが喉元で詰まる

「それよりも凪叶さん…早く行きなさい?貴方にも貴方を待っている人が居るでしょう?」

「えぇ…でも」

「ふふふ…昔から何も変わって居ませんね。大事な時にはいつも弱虫になります…

ですが僕は貴方の親として何度も貴方の背中を押しますよ…」

「…ありがとうございます」

「礼には及びませんよ?親とはそう言うものですから

それより凪叶さん早く行きなさい」

「行くってどこにですか?」

「…香澄が町外れ廃墟に連れ行かれるのを見たと言ってました。

きっとそこに貴方の大切な人が居ますよ。」

「本当ですか!」

「えぇ…香澄がそう言うのですから本当でしょう…だから凪叶さん早く行きなさい。」

「は、はい!」

乾はそう言うと出口に向かうために立ち上がる

「凪叶さん?」

乾が出口に向かおうとすると宗汰が声を掛けた

「私は貴方がとても憎いです…僕の嫌いな警察ドブネズミと同じになったからです。

ただ憎いはずなのですが嫌いでは無いのですよ。凪叶さんのことを嫌いになれないのです。

ふふふ…可笑しいですよね。本当に可笑しいです。

ですがこれが僕の事実でこれが真実なんです。貴方は自分をどう思っているか分かりませんが

どうか素直な貴方で居てください。どうか自分に正直に居てください。」

「…は、はい…本当にありがとうございました。」

「いえいえ…では行ってらっしゃい凪叶さん。」

「…行ってきます。…お母さん」そう小さく呟いた

宗汰は振り返り微笑みながら乾に手を振った

乾は振り返らなかったがその顔は涙ぐんでいた


宗汰の助けで乾はハス宮百貨店を出た

時刻は21時を回っていた。

相変わらず野次馬達でごった返していたが警察の出動により少し道が出来ていた

とそこに1台の車が止まる。黒いスポーツカーだ。

「おい凪ちゃん早く乗れ」

「あ、兄貴…!でもどうして」

「話しは車の中だ!時間ねぇんだろ?」

「は、はい…!」

涅叶の車に乾は乗り込む

「よっしゃー!飛ばすぞ!」

「え、え、」

涅叶はそう言うと困惑する乾を尻目にアクセルを踏み込む

物凄い轟音と共に車は猛スピードで走り出した

ハス宮百貨店を出て30分位が経ち乾を乗せた車は交差点に差し掛かっていた

「ひゃほー!やっぱり車はこれだよなぁ!」

無邪気な笑顔で音楽を鳴らしながら車は走る

「え、えぇ…そうですね」

乾は冷や汗を流していた

「で?さっきどうしてって言ってなぁ〜凪ちゃん?」

「えっあっはい」

「ある人に頼まれてよぉ〜

あのクソ野郎を助けてくれないカ?ってな!」

「兄貴…それって…」

「あぁ?あぁ〜そうだよ九龍クーロンの現組長…」

「王海桐…」

乾は確信があったかのように言い放った

「なにぃ?海桐さんと知り合い?」

「知り合いと言うか…腐れ縁と言うか…」

「んだよはっきりしねぇーな!」

乾は黙り込む

「あはは…もしかして凪ちゃんの地雷だったか?」

気まづそうに涅叶は聞くが返事はなく車の中は静寂に包まれた

「ま、まぁだが過去に何があったか知らないが

今回助けたってことは水に流したいんじゃねぇーの?」

「…そんな訳ねぇだろ!」

乾は言った後にハッと我に返った。涅叶は驚いた顔をしていた。

「…あ、兄貴…そ、その」

乾は恐る恐る謝る。涅叶は険しい顔をした

「…ぷっ」

「え?」

「ははは!あはは!」

「あ、兄貴?」

「あぁ〜悪ぃ悪ぃなんか嬉しくてさぁ〜」

「ど、どうしてですか?」

「いやぁ〜だってよぉなんか本当の兄弟みたいだなぁ〜ってさ!

だって前までの凪ちゃんなんかよそよそしいと言うかぁ〜

まぁ血は繋がってねぇから当たり前なんだけどな他人って感じがしたけどよぉ〜」

「そ、そうですか?」

「あぁ〜そうだよ!でも昨日より別人だぞ凪ちゃん」

「そんなに変わったかな…」

「あぁ〜変わった変わった兄貴である俺が保証する!」

「は、はぁ…」

乾は困惑しながらも返事をする

「でもまぁこれはもっと兄貴を頼れよ?そのための兄貴なんだからよォ〜」

「いや…でも」

「なにぃ〜?嫌か?」

「嫌では無いです…けど」

「けどなんだよ〜あっ分かった」

「なにが分かったんです?」

「迷惑とか考えてたんだろ?なら心配無用!なんせこの世でたった1人の兄貴であり

兄弟なんだからな!」

「あ、兄貴…」

乾は少し黙り込み

「…分かった!兄貴!これからは迷惑と余計なこと一切考えねぇから覚悟しろよォ?」

「あぁ〜どんどん来いや!胸貸すぜ!」

涅叶は乾の頭を撫でる

乾は少し顔を赤らめた

「まぁ…凪ちゃん」

「どうしたんだ兄貴?」

「おっいい感じに吹っ切れたな凪ちゃん!で話しの続きだが

まぁ兄貴としてじゃなく男として一言だ」

「お、おう」

「…絶対守れよ?」

「…あぁ!約束する」

乾と涅叶は拳を合わせた。

乾を乗せた車は端に雪が積もる高速道路を走る

ゆらゆらと雪は降り注いでいた



時刻は21時のハス宮百貨店メインホール

「はぁ〜はぁ〜はぁ〜」

「ふっ…ふふ…ふふふ…ははは!…あれだけ私を待たせてこの程度ですかな?」

死体の山から動かずただ嘲笑する声を上げるクリエーターと

逃げ惑って居たのか息を切らす宗汰の姿がそこにはあった

「まったく…本当に!」

無数の触手が宗汰を襲う。宗汰はなんとか避けるがそれだけで精一杯のようだった

「ほぉうなかなかやりますねぇ〜ならこれならどうでしょう!」

ありとあらゆる所…壁や地面そして天井四方八方から触手が宗汰に照準を合わせている

「私の遊戯シナリオを…邪魔し愚弄した罰をその身に刻み付けなさい!」

その言葉と共に触手は宗汰を攻撃する。避ける隙などないほどに数多に…無数に伸びた触手は

宗汰目掛け飛んでいく。その触手は宗汰の目を足を腕をそして胸を

宗汰の体のありとあらゆる所をまるでおもちゃのように貫き破壊していく

「これが…これこそが私の最高にして至高の攻撃だよ!有難く受け取りたまえ!

ははは!ははは!は!は!はぁ〜ふぅ…いけないあぁいけないいけない私としたことが

人間君相手に取り乱してしまった…ははは!ははは!はっはっはっはぁっ!」

目の前の相手を殺し高笑いをあげるクリエーター

その時ハス宮百貨店のドアが開きメインホールに入ってくる人物の顔を見て

クリエーターの顔は曇った

「…は?」

「ははは…これはまたすごいですね。」

「…な、なんでお前」

クリエーターのその言葉を聞いて宗汰はか細いが芯のある声で独白を始めた

「あぁ〜貴方が言いたいことは分かりますよ?なんでお前が生きてるんだね!ですよね?

話せば長くなりますがまぁ少しなら良いでしょう。

確かあれはこんな雪の日でしたね。」

「いやぁ!人間!時間が無いから単刀直入に言うね!

ある人間が愚かにも自分の探索者を使って物語を作りたいって言ってきてね?

それだけなら僕もふーんくらいだったんだけどね?なんとその人間はあろうことか

僕の新しい化身を作りたいって言ってきたんだほぉんと!愚かだよね!

で時間が無いって言うのはね!どうやらその人間さぁ〜締切?って

よく分からない奴に追われてるみたいなんだよ!ほぉんと!馬鹿だよね!

まぁそんな馬鹿な人間の前置きは置いといて…とりあえず何が言いたいかって言うと…

君にいや是非貴方に僕の新しい化身になってもらいたくて来たんだっ!」

「いきなりそう言ったんですよ。その時の僕は何もやる気にならないほどに

気を病んで居たので返事もしないで受け流していたんです。

そしたらそれを肯定と捉えられたらしくて今はこのようになりました。」

宗汰は満面の笑みを浮かべた

「なっ…なっ…」

「あっ言葉になりませんよね?大丈夫です。最初の僕もそうだったので」

「…そ、その話しが本当だとしてあれはなんだね!」

「あれ?あぁ僕ですよ?と言ってもですがある人が作った失敗作ですが…

ですが痛かったですよ?えぇ…それはとても痛かったです。

いくら失敗作でも五感は僕と同期してるらしいのですからね?」

それを聞いてクリエーターは唖然とした

「あぁ〜あとまぁ少し蛇足ですが…どうやら僕は治らない幻覚を見てるらしくてですね。

さっきの方曰くそう言う設定をつけた愚かな人間を恨めと言われましたが

何故かその時僕は心の中でホッとしたのと同時にこれを利用しようと思ったんですよね。

だから色々と手を尽くしましたよ。おかげで大切な家族も出来ましたし今では感謝しています。まぁ無駄話しはこれまでにしましょう…で?どうしますか?殺りますか?殺られますか?」

「ふっ…ふふふ!君は馬鹿かね?私は君を1度倒しているのだ!

失敗作だろうがなんだろうが同じことをすれば良いだけだ!」

クリエーターはそう言うとまた全方向に触手を出し男に向けて放つ

「ははは!死ねぇ!」

触手はまた宗汰の捉えた

「ははは!ははは!やっぱり弱いじゃないか!はは…は?」

確かに捉えたはずだったが目の前にあるのは

仁王立ちをした宗汰とその周囲に散らばる自らの触手だった

宗汰の手には自身の身長の倍以上ある青龍刀を持っていた

「…な、なんだと」

「はぁ〜本当に触手って芸が無いんですね…

簡単な結界で防げてしまうなんて」

余裕の笑みを浮かべた

「な、何故だ…何故…」

「ふふふ…何を驚いているのですか?

そんなに貴方の子供ののような攻撃が僕に効かないのが悔しいですか?」

「う、うるさい!うるさい!うるさーい!」

また触手を放つが宗汰はさっきと同じように切り刻む

「クソ!クソ!クソ!」

「はぁ…無駄ですよ」

「うるさーい!黙れ!」

「はぁ…ただ忠告しただけなんですが…」

クリエーターは触手の雨を数分打ち続けたが結果は変わらずいつも通りの光景が広がる

「んはぁ…んはぁ…んはぁ…」

「あら?もう終わりですか?なら僕もそろそろ行きますね?」

宗汰は目を見開く。山吹色の吸い込まれそうな程に澄んだ瞳が美しく咲いていた

宗汰はそのまま構えの体制に入る。そして瞬刻

「僕自身貴方に興味は微塵もありませんが…僕の家族に手を出したの許されませんからね。

地獄で詫びろドブネズミ!來寂剣術…終の型…骸桜菩薩がいおうぼさつ!」

クリエーターの背中を刀が突き刺した。背中から入った刀は心臓を貫きそして胸を貫いた

「がっ…ぐぐぐ…ぐはっ…」

一瞬のうめき声と共に血を吐き出しクリエーターは力尽きた

「…どうか地獄で安らかに」

そう呟くと剣を抜き死体の山にクリエーターの亡骸を置いてその場を後にした

「はぁ…汚れてしまいましたが…まぁ良いでしょう」

サッと血を吹き袖口に青龍刀を仕舞い裏口から外に出る

外には1台の車が止まっていた

「あっ…」

車の中にはピンクの髪色に黒い服を着た男が座っていた

「やぁ?」

「ははは…」

「とりあえず乗りなよ」

「…はい」

宗汰は車の助手席に乗り込む

王は険しい顔をしていた

「どうかしましたか?あぁ…もしかして怒っていますか?」

「…」

「あ、あの…これには深い訳が…」

「…宗汰…怪我はありませんか?」

「え、あ、はい」

突然のことに宗汰は驚いた顔をした

それを聞いて先程までの険しい顔が緩む

「はぁ〜良かったですよ。えぇ本当に良かった」

王は安堵したようだった

「しかし…今回は良いですが次からはないようにお願いします?

宗汰が居なかった2日間…私は心配で何も出来ませんでした…

なので家に帰ったら私の好きな麻婆豆腐を作ってください?」

「え、えぇ…もちろんです!家で待っている鮮麗と香澄と3人で愛情込めて作ります!

ですが…それだけで良いんですか?」

「…本当は私ももっと色々と考えたが考えれば考えるほど

貴方以外要らないと言う結論に至りましたね?

だから私は貴方が無事なら全てを赦そう…

そう思ったのです。…それでは駄目かね?」

「ふふふ…いえハンちゃんがそれを望むなら…

貴方がそう望むなら…僕は全てを受け入れますよ」

「あっそうだ…なら2人が寝たあと久しぶりに話さないか?

君の好きなきなこのドーナツと玉龍茶を嗜みながら」

「ふふふ…えぇ…良いですよ。僕も話したい気分でしたから」

「ははは…なりそうしようか」

2人は談笑をしながら帰路につく

雪は弱々しく降り注いでいた。


ここは覇洲堕市の町外れにある廃墟

「う、うぅ…」

宮宮路宮は目を覚ます

「…った…ここは?」

いきなり頭に鈍痛がした。視界もボヤけていたが少しつづハッキリとしてきた

そして臀部に固い感触がある。どうやら椅子に座っているらしい

「…とりあえず出ないと」

立とうとするが上手く立てない。よく見ると縄に縛られていたようだった

「くっ…くっ…はぁ…はぁ…ダメか」

腕と足をきつく縛られていて身動きが取れない

「これで…どうだ!」

袖裏に隠していたナイフで腕の縄を切る

手際よく足の縄も切る

「イテテ…なんの恨みがあるか分からないけど…きつく縛りすぎでしょ!

僕はドMじゃないですよ!まったく…」

とひとりでに切れていると遠くから足音がした

「だ、誰ですか?貴方…」

「誰って…ひでぇな猿…俺だよ!乾凪叶だよ

忘れちまったのか?」

「…すいません暗くて良く見えませんでした」

「どうしたんだよ猿!てか早く出ようぜ?な?」

「ひとつ言いですか?」

「あぁ?なんだよ」

「…涅叶殿にはあれを話したんですか?」

「あぁ?誰だよ?それ…何変なこと言ってるんだお前?」

その言葉を聞き宮は顔を曇らせた

「……貴方凪叶殿じゃないですね?誰なんですか!」

「はぁ〜何言ってんだ猿?頭でも打ったか?」

呆れたように乾凪叶と名乗った男はため息をついた

「凪叶殿は…凪叶さんはお兄様を忘れるほど薄情じゃないです!」

宮は拳銃を取り出し構える

「お兄様…ふふふ……ははは!」

男はいきなり笑い出す

「あぁ〜ごめんごめん…しかしやられたな…

まさかあの人にお兄ちゃんが居るなんてなぁ〜」

男はポケットから茶色の分厚いメモ帳を取り出しメモをする

「貴方…なにを?」

「なにって…あの人のメモを取ってるいるだけだよ?」

「あの人…?」

「あぁ〜ウザイな察し悪い猿かよ…あっ猿だったな!あっははー!

でまぁ猿なお前に教えてやるよ

乾凪叶様に関することをメモ帳にメモしてんだよ」

「なんでそんなこと…」

「あ?そんなの決まってんじゃん!乾凪叶様の役に立つために決まってんだろ!

そんな事も分からねぇのかよこの猿!あぁぁぁ!

なんでこんな約立たずを傍に置いてるんだろ…凪叶様…」

ため息を漏らし宮を睨む。宮も睨み返す

「凪叶さんは貴方みたいな人…嫌いだと思いますよ?」

宮は静かにその言葉を放つ

「あ?」

男は顔をしかめる

「お前…本当うぜぇ〜な」

そう言い放つといきなり何かが宮の手の拳銃を叩き落とす

「った!」

宮は叩かれた手の甲を抑え咄嗟に男を見る

すると左腕に触手のような黒い触手が出ていた

宮は何かを言いかけたがまた触手が宮に目掛けて飛んでくる

「本当にうぜぇよお前…本当にうぜぇ〜」

怒りを露わにした乾凪叶は触手を宮に向け放つ

なんとか避ける宮

「流石!猿だけ有って避けるのは上手いな!」

また触手が飛んでくる。宮は避けようとしたが周囲の瓦礫に足を取られた

「なっ!」

次の瞬間「ドスッ!」と鈍い音が廃墟に響き渡る

「あはは!あはは!良いのが入ったな!はっはっはー!」

満面の笑みを浮かべる男

「乾凪叶様が来るまで暇だし…お前はうぜぇから遊んでやるよ!」

男はそう言うと倒れた宮を触手で持ち上げ

何度も何度も何度も何度も何度も何度も床や壁に叩きつけた

「あっははは!ははは!ははは!まだ壊れるなよ!あはははは!」

無邪気に笑いながらまるで子供が玩具で遊ぶように男は宮を叩き付け続けた


「凪ちゃん着いたぞ?」

「ありがとうな兄貴」

乾と涅叶は廃墟にたどり着いた

時刻は23時を少し回った所だった

目の前には4階建ての廃墟が見えていた

「悪ぃな凪ちゃん…遅くなっちまって」

涅叶は申し訳なさそうに謝る

「大丈夫だぜ兄貴!本当にありがとう」

「あ、あぁ!役に立てて良かったぜ!」

乾の言葉にホッとしたのか涅叶は笑顔を取り戻した

「てか凪ちゃん早く行ってこいよ」

「あぁ!行ってくるぜ兄貴!」

乾と涅叶は拳を合わせて別れた

「…絶対取り戻してこいよ凪ちゃん」

涅叶は遠くなる乾の背中にそう呟いた

いつの間にか雪は降り止み

月のあかりが乾たちを見守っていた


今にも崩れそうな廃墟の中を乾は歩く

廃墟の中は薄暗く見えづらかったが

月のあかりが照らしてくれるおかげか辛うじてまだ明るい

どのくらいか進むと倒れている人影とその前で無邪気に笑う人影が見えた

「誰だ?」

乾の言葉に男は振り返る

「あ!」

男は嬉しそうに微笑む

「お前…」

乾は唖然とした

「よーやく来たんだね凪叶様!会いたかったですよ!」

「お前は…遊芽戯到か?」

「ピンポン!正解ですよ凪叶様!流石です!」

「お前…お前が宮を攫ったのか!」

「えぇ…攫いましたよ?なにを怒ってるんですか凪叶様?

僕はただ凪叶様の邪魔者を消しただけですよ?」

遊芽戯は不敵に笑いそして不思議そうな顔をした

「…てめぇ!宮をどこにやった!」

乾は刀を取り出す

遊芽戯は無邪気な笑顔で倒れてる人影を指した

「ほら…そこに転がっているでしょ?でも…どうしたんですか?凪叶様!

貴方らしくない…昔の貴方なら感謝をするでしょう?なのに今はなんで

そんなに怒って居るんですか?」

「俺はもうそう言うの辞めたんだよ…俺はもうお前の知る俺じゃね!」

乾は柄を握りしめた。その言葉に遊芽戯は酷く落胆した

「なんで…どうしてそんなことを言うんですか!

なにが貴方をそんなに変えたんですか!あいつですか?

あの猿が凪叶様をそんなに変えたんですか!

それとも…來寂院香澄ですか?くそっ…あの女…」

「…どうしてお前が香澄のことを知っているんだ?」

「知っていますよ!僕は貴方をずっっっと見ていたんですから!

えぇ!貴方の全てを見ていましたから!貴方があの女とよく話してるのをね!」

「まさか…お前…てめぇが香澄を…」

乾はなにかを感じ取ったかのように言い放つ

「えぇ!そうですよ!僕があの事件の犯人ですよ!あははは!あははは!

あの女が悪いんです!全部あの女が!僕に凪叶様に贈るプレゼントを聞いてきて!

笑顔で凪叶様のことを語って!許せなかった…えぇ!実に許せない!

だから僕は彼女を殺そうと決めた!

だから2年前のクリスマスのあの日彼女を部屋に刀を持って訪れたんですよ…

彼女は最後まで抵抗したんですよ…

あぁ〜凪叶様にも見せたかったなぁ〜あの時のあの女の顔をねっ」

烈火の如く怒りを露わにしたかと思うと悔しそうに語った

「なっ…」

乾はただただ立ちつくした

「その後の2年間は平和だった〜ただ誤算は凪叶様に罪を着せてしまったこと

そしてそれが原因で明日の風から凪叶様は消えてしまい警察の養子になったこと

そして!」

と遊芽戯は声を張り上げ

「あろうことか!その警察で新しいゴミが凪叶様に付いたことですよ!」

遊芽戯は地面を力強く踏みしめた

「どうしてお前はそこまでして俺を」

「…どうして?簡単ですよ!凪叶様は…貴方は僕の救世主だからです!」

「俺が…救世主?」

「えぇ!そうです!…あの頃の僕は何も無くただ周りに合わせて愛想笑いをする

そんな救いようのはないやつでした。いつもみんなに合わせてニコニコしている

ただそれだけのロボットでした…貴方に会うまでは!

凪叶様…貴方はなにもかもが僕の理想だったんです!

風のように自由で何も恐れず勇敢だった!

周りのみんなは貴方を怖がったが僕は違った!

貴方を見て僕は…僕は!神様に巡り会えた…そう感じたんです!」

「そんな…」

「そんな訳ないはずがない!現に僕は救われた!

形なんてどーでもいい!私は貴方に救われた!だから貴方の役に立つために

色々と勉強をして色々と手を尽くして色々と調べて!

貴方の役に立つ努力を出来たんです!」

遊芽戯は興奮しながら捲し立てた

「ははは…すいません取り乱してしましましたね

いやぁ〜いけない貴方のことになるとつい興奮してしまう。

…所で凪叶様?」

「…なんだよ」

「僕と凪叶様で理想郷を創りませんか?

誰にも邪魔されず好きな事が出来る楽園…

夢のような世界を創りましょう!えぇ!そうしましょう!ね?凪叶様?」

「お断りだ…」

「…す、すいません…よく聞こえませんでした」

遊芽戯の声が震える

「断るって言ってんだよ!この馬鹿!」

遊芽戯の顔から笑顔が消える

「どうして…?どうしてですか!」

「香澄と約束したからだ…」

乾は冷静な口調で突きつける

「やく、そく?あんな女とどんな約束を…?」

遊芽戯は動揺した

「香澄と約束したんだよ。死ぬ前に…

愛のある世界を創ってその世界で私の分まで生きるって」

「そんな綺麗事…」

「綺麗事?あぁ昔の俺ならそう吐き捨てただろうな…

だがある人に言われてようやく気づいたんだ

目を逸らして逃げてるのはダサいって…真実から目を背けるのは

何の意味のない無駄なことだってな…」

「……」

遊芽戯は乾のその言葉に余程ショックを受けたのか黙り込む

「だからよ…昔の俺ならともかく今の俺はそんな世界はお断りだ!

だから返してもらうぜ?俺の大切な物をな!」

乾は遊芽戯に斬り掛かる

遊芽戯はなんとかその刀を受け流す

「…や、やめてください凪叶様!僕は貴方の戦い方を知ってますし

僕は貴方と戦うなんて…」

「男ならぁ!覚悟…決めろや!」

乾は鬼気迫る表情で詰め寄る。遊芽戯は困惑しながら受け流そうとする

「何度やっても…」

突然遊芽戯は腹部に痛みを覚えた。乾の蹴りが腹部を捉えたからである

「がはっ」

遊芽戯は地面に転がる

「あぁ!骨が!」

ただただ悶える遊芽戯

「ちっ…全くだぜ…まさかこんな所で役に立つとはな…」

「はぁ…はぁ…な、なんで蹴りなんて」

肋骨が折れたのか遊芽戯は苦しそうにする

「思い出したくもねぇ…けど感謝はしねぇとな…

あのクソチャイニーズの武術も…たまには役に立つな…」

「…そ、それて」

絶え絶えの息で絞り出す

「あぁ…王…海桐…俺に全てを擦り付けたあのクソ野郎だよ!」

「…ど、どうして」

「どうしてだ?そんなんただ利用出来るから…それだけだ!」

乾は更に強く柄を握りしめ

「覚悟しろよ!遊芽戯…到!!!」

乾は刀を遊芽戯に向けて突っ込む

「くぅぅぅぅ!」

遊芽戯はなんとか力を振り絞り触手を振り回す

遊芽戯の手前で触手が乾を捉えた

「ははは…はははは…これで僕の勝ち…」

捉えた…確かに捉えた筈だった。瞬刻捉えた乾は煙のように消える

「な…に…」

「貰った!」

遊芽戯はふと声がした方を見る。そこには屈伸した乾がいた

「これで終いだ!遊芽戯到!」

屈伸していた足を直立させる。それと同時に手に持った刀を遊芽戯に向かって突き刺す

刀は遊芽戯の腹部を捉えた

「う、うわぁぁぁ!」

遊芽戯は絶叫と共に天井に向かい飛んでいく

1階を突き抜け2階、3階、そして最上階の天井に突き刺さると同時に

グラッと大きな縦揺れが起きビルは倒壊を始めた

あまり時間が無い中乾は意識のない宮を抱きかかえて外に出た

同時にビルは凄まじい音を立て崩れた

乾は倒壊したビルを呆然と見つめたあと

意識のない宮を抱きかかえて

「おい!猿起きろ!」

と宮の頬にビンタをするが反応はない

「おい!こら!猿!起きろ!起きろって…起きてくれよぉ…宮」

自然と涙が頬を流れる。宮の顔に数滴落ちる

「う、うぅ…」

宮が意識を取り戻す

「おい!宮しっかりしろ!宮!」

「う、ん?な、凪叶さん?」

「あ、あぁそうだ!俺だ!」

「ほ、本物の凪叶…さん?」

宮の声色に力は無い

「あたりめぇだろ!偽物な訳ねぇだろ!」

「ははは…確かにそうですね…偽物なら泣きませんからね…」

「は?べ、別に泣いてなんか…」

瞼の涙を拭う

「ふふふ…可愛いですよ…凪叶さん?」

「は?か、可愛くねぇーし」

「ふふふ…凪叶さんもそんな顔をするんですね…

もっと…早く知りたかったなぁ…」

「あ?何弱音吐いてんだ!しっかりしろ!」

「ははは…そうですね…駄目だなぁ」

「一人反省会は後にしろ!とりあえず助けを…」

「凪叶さん…少しいいですか…?」

「あ?なんだよ」

「僕…実は凪叶さんに嘘をついてました…」

「な、何言ってんだお前?」

「こういう時にしか言えないので…

実は…僕も…明日の風に…居たんですよ…

ま、まぁ…見ての通り…体が弱かったので…

ずっと引きこもって…ましたが…」

「そ、そんなん今はどうでも」

「良いから聞いて…!……そしてもうひとつ…

僕、僕は王さんに雇われたスパイ…です…」

「な、なんだと…」

「ふふふ…また見たことない顔だ…!

…最初は…ただ凪叶さんを…傍で見ているだけで…

ただ…それだけで…良かったのに…

欲しがった…罰…ですかね…ははは…」

「な、何言ってんだ!しっかりしろよ!宮!」

「……瑠唯」

「は?」

「この…際だから…暴露します…

宮宮路宮は…本当は偽名なんです…

本当の名前は…茶野瑠唯さの るい

だから…みんな僕を猿って…呼んで…たんですよ…」

「茶野…瑠唯…その名前って…」

「え、えぇ…2年前の…あの日に…死んだ人の…

名前です…まぁ…王さんが…そうした…らしいですが…

……凪叶さん?」

「な、なんだよ」

「最後に…なります…が…瑠唯って…そう呼んでください…」

「は?何言ってんだ?最後ってなんだよ!ふざけんなよ!」

「自分の…事は…自分が…良く分かります…

だから最初で…最後のわがまま…聞いてください…よ?」

「……瑠唯」

「ははは…ありがとう…ございます…

とても…嬉しいですよ…」

瑠唯は力無く乾に微笑む

「…本当に…嬉しいな…実は…2年前から…

いえ…初めて…貴方に会った…あの日から…

僕は…貴方を…凪叶の…事…好きだったんです…

ははは…おかしい…ですよね…男が…男を…好きになるなんて…」

「…んなわけねぇだろ!好きになるのに…愛し合うのに男も女も関係ねぇよ!

……俺もこの際だから言ってやるよ!俺はなぁ!2年前から

初めて会ったあの日から…瑠唯のことが好きだったんだよ!」

乾の顔を涙が覆った。瑠唯は驚いた顔をしたが直ぐに微笑んで

「ははは…なんだよ…両片思い…だったじゃん…

あーあ…もっと早く伝えれば…良かっ…」

乾の頬を触っていた瑠唯の腕が脱力する

「おい!おい!起きろ!起きろよォ!瑠唯!瑠唯!

頼むから……俺を1人にしないでくれよォ…」

乾は絶叫しながら瑠唯を抱きしめうずくまる

月はそんな2人を包み込むように輝いていた

瑠唯の腕時計の針は12時を刻み止まった

---12月25日---

今日はクリスマス

市内は家族や恋人達で溢れかえっていた

今日は昨日までの雪が嘘のような澄んだ青空が広がっていた

季節外れの気温だが市内にはまだ雪が積もっている

積もった雪が道を塞いでいるためか至る所で除雪作業が行われていた

「おい…猿!一体何時まで押させんだよ!」

悪態を付く茶色のトレンチコートを纏いジーパンを履いた男と

それを無視するかのように空を飛ぶ鳥を見る車椅子の男が道を歩いていた

「おい!聞こえてるんだろうが!」

相変わらず車椅子の男は聞こえてない振りをする

「ちっ…」と小さく舌打ちをして

「おいっ!瑠唯…いい加減に…」

「どうしました!凪叶!」

車椅子の男は満面の笑みを見せた

「て、てめぇ!」

「暴力ですか?あっいたたた…あぁ痛いなぁ〜事件の傷が痛むなぁ〜」

チラチラと瑠唯と呼ばれた男は凪叶と呼ばれた男を見る

「あ?ったくこいつ…」

歯を食いしばる

「にしてもお前ほんと…運良いよな…」

「はい!自分でも驚きです!」

「こっちの方が驚きだ馬鹿!なんであんな叩きつけられて

骨折だけなんだよ!」

「さ、さぁ?」

「さぁってお前…」

「あ!でも…もしかしたら…」

「もしかしたら?」

「愛の力かもなぁって…」

「ははは!」

「なんで!笑うんですか!」

「いや…なんか嬉しくてな」

「凪叶が嬉しいなら良いですが…でも変わりましたね?」

「あぁ?そうか?」

「そうですよ!僕嬉しいです!」

「そうか?…まぁ早く行こうぜ?」

「はい!行きましょう!」

2人は談笑しながら賑わう街を歩く

そんな2人を祝福するように蝉時雨が降り注いだ

終幕

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