どうしても赤いきつねが食べたい転生令嬢は、異世界であの味を再現したい。
MAY
第一話
「赤いきつねが食べたい」
私の名前は、マルレーヌ・ド・リプカ。伯爵令嬢だ。よくあることなのかどうかはわからないけれど、子どもの頃、高熱を出したと思ったら、前世の記憶とやらを思い出していた。それ以来、名前を呼ばれる度にマドレーヌを思い出してお腹が空く。
「赤いきつねなんて、そんなものいるんですか?」
うろんな表情を浮かべて応じたのは、お抱えシェフのセルジュだった。
前世の記憶を思い出して困ったのが、この世界にはないものが食べたくなることだった。
だが、さいわい私はお嬢様だったので、最大限権力を活用してシェフに難題を押し付けまくった。
結果、いつの間にか(めんどくさい)お嬢様専用係を押し付けられたのが、このセルジュだ。
「きつねの種類じゃないわよ。そういう名前の商品なのよ」
「はあ。今度はどんな珍妙なものですか」
「珍妙じゃないわよ。美味しいわ」
赤いきつねといえば、緑のたぬきとセットで、有名なカップヌードルだ。
私の知るかぎり、きつねは赤くないし、たぬきは緑じゃないので、なぜそのネーミングかは謎だ。
前世ならともかく、その謎を解決する方法はもうないだろう。
「きつねは雑食なので、食べても生臭いと思いますよ」
「それはそうでしょうね。きつねはお肉じゃなくて、油あげのことなのよ」
じんわりと出汁のしみたきつね色の油あげを思い出して、つばをのみこむ。
前世でオタクだった私は、しょっちゅう食事をおろそかにして、イラストを描きまくっていた。
おろろかにするとおなかが空くので、手軽に食べられるカップヌードル類は、私の救世主だった。
きつねとたぬきもその例にもれない。ちなみにきつね派だ。
「油あげとは何ですか?」
「油あげっていうのは、きつね色にフライされた2枚重ねの薄い――あれ、何をフライしているのかしら」
即行で行きづまった。セルジュが使えねえなコイツという目で見ているのはナチュラルに無視する。
「じゃあまず、油あげの材料を見つけるところから行きましょうか!」
「嫌だと言っても聞かないですもんねぇこのお嬢様は」
そして私は、すでにげんなりしているセルジュに命じて、作成済みの日本食品をかたっぱしからフライさせたのだった。
※ ※ ※
「これよ! これだわ!」
10日後、油あげの材料が発見された。豆腐だった。
「豆腐ってフライできるのねえ」
「普通、こんな水気の多いものをフライしようとは思いませんね」
水切りをするという発想がなかった私は、たっぷり水を含んだ豆腐をそのまま油に放り込もうとして、セルジュにめちゃくちゃ怒られた。ついでにしばらく厨房への出入り禁止も言い渡された。
仮にもお嬢様に向かってなんという横暴だろう?
それはともかく、(主にセルジュの)苦労の果てにできあがった油あげを前に、次の目標に移ることにする。
「次はうどんね」
ネギとその他薬味、ネギとか卵とかもあるとなおいいが、まずはメインの2つだ。
たぶん一番重要だろう出汁は、時間がかかるのが予想できるので後回しだ。
というか、うどん麺がないのに、出汁が再現できてるかなんて、わかるはずがない。
「はいはい。それで、うどんというのはどういうものですか」
すっかり諦めの境地にあるセルジュはもはや苦情すら言わなかった。うん、人間諦めは肝心だ。
「厚みはほとんどなくて、幅が5ミリくらいかしら。小麦粉からできているから、ほとんどパスタと同じだと思うわ」
幸いにしてこの世界の主食はパン。つまり小麦がある。そこまでメジャーではないけれど、パスタだってある。
うどんはなんとかなるはずだ。
そう考えた私が甘かった。
※ ※ ※
「どうぞ」
数日後、昼食に出てきたのは、平べったい形のパスタだった。
たっぷりとクリームが絡んで美味しい。文句のつけようのないカルボナーラだ。
しかし、この形状にはなんだか既視感があった。
「パスタ、よね?」
「はい、リングイーネと呼ぶらしいです。よくこんなものをご存じでしたね」
新しいレシピを入手してどことなくご機嫌のセルジュに事実を勧告するのはさすがに胸が痛んだが、仕方がない。
「セルジュ……カルボナーラは美味しいけど、残念ながらこれじゃないのよ」
たしかに幅が5ミリくらいの薄い麺だ。間違ってはいない。
だが、これがうどんでないことも、同じくらい確かなのだ。
「何が違うのかしら……」
頭をひねっているうちに、小麦粉には種類があったことを思い出した。
薄力粉と強力粉、中力粉もあった気がする。
問題は、小麦粉の種類によって何が違うのかわからないこと、そして、うどんがどれつくられているのかわからないこと、だ。
結構、致命的な問題だった。
※ ※ ※
そして、 試行錯誤を重ねて数年。
「うどんにここまで苦労するとは思わなかったわ……」
小麦粉の精製から考えなくてはいけないので、協力者はセルジュだけでは足りなくなり、なんだかんだ一大事業になってしまったのだ。副産物として作り出された小麦製品は、我が伯爵領の名産として都で大人気らしい。予想外の成果だが、領民が豊かになるのはいいことだ。
「あとはスープができれば完成だけど、出汁も時間がかかるんだろうなあ」
もういっそ誰かレシピくれないかなと、空を見上げた時だった。
とつぜん空に浮かんだ茶色っぽい点が、ふよふよ、ふよふよと近づいてくる。
「なにかしら、あれ」
パソコンスマホのないこちらの世界の私は、前世に比べればずっと視力がいい。
とはいえ、別に凄腕のアーチャーでもないので、普通の矯正視力と大して変わらない。
ゆっくりと近づいてくるそれが気になって、私は庭に出ることにした。
庭から空を見上げると、やはりそれはさっきまでよりも近いところまで来ていた。
茶色っぽい立方体のなにか――ハッキリ言うと、段ボールに見える。
「親方――空から段ボールが――」
有名なアニメの一幕を思い出して、存在しない親方に声をかけてみる。返事はもちろんない。
空から女の子よりはありえそうだが、空から段ボールだって十分おかしな状況だ。
着地した瞬間重たくなった例のアニメを参考に、私は地面に降りるまで手を出さずに見ていた。
そして――
そっと着地した段ボールには、でかでかと付箋が貼られていた。
『赤いきつね』
まさか、と思いながら、段ボールを開ける。
案の定、中には見慣れた「赤いきつね」が1ダース入っていた。
「……」
そもそも段ボールがこの世界ではオーパーツなのだが、赤いきつねのパッケージに使われている発泡スチロールやらなにやらは、更にオーパーツだ。
「これ、なんて説明したらいいかしら」
無の境地で中身を出して、確認する。
赤いきつね、キッチリ12個。以上。納品書もなし。
とても食べたかったので、ありがたい。ありがたい、が。
ここで気を利かせるなら、答えはこうじゃないだろう。
「レシピを! 教えてよぉー!!!」
叫びは空にむなしく響いた。
どうしても赤いきつねが食べたい転生令嬢は、異世界であの味を再現したい。 MAY @meiya_0433
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