25ー4 仮初の祖父
賢者の遺言が収められていた箱は空になった。これで終わりということは、ライラヴィラには何も遺言は残してないということ。すでに何かで伝えられていたのかと、最近の賢者の言葉を思い返した。
村で
「これで亡き賢者フォルゲルからの遺言状はすべて開示されました。ここまで足を運んでくださり、感謝します」
ライラヴィラはそう壇上で言い終えたが、隣に立っている賢者を継いだディルクが空になった箱を示して告げた。
「あと一通。本当に最後の遺言状があります」
その言葉と共に箱が光り輝いて、一通の書簡に変化した。
「本日の喪主、ライラヴィラに宛てたものです。わたしが読ませていただきます」
「え……
彼の口から自分宛のものがあると聞いて、ライラヴィラの心は固まった。
翁は最期に何を残したのだろうか。
ディルクが封印魔法を解き、その書面を読み始めた。
——ライラヴィラへ。
そなたに真実を告げず、勝手に
魔眼で
そしてどうにかして、魂を肉体へ戻す術を
そのような
儂はそなたに多くの
実の母親、原点の聖女リーヴィーをよく知っていたこと。
父親が魔界の魔王であることを長らく黙っていたこと。
天主の目を
幼き頃より勇者の候補として、厳しい修行を課したこと。
他の子のように学び舎へ通わせてやれなかったこと。
魔王レグルスとの真紅の絆を一度は切ったこと。
魔界の大魔王という重き使命を背負わせたこと。
それなのに。
そなたはいつも儂に笑顔を見せてくれた。
不器用で失敗も多かったが、
純粋で何事にも
人の為にありたいと、あらゆる面倒事を進んで引き受けた。
ダークエルフの姿が怖いと
人を心から愛した。
自然も生き物も、分け隔てなく大切にした。
大切にしたものを絵に描いて、世界は美しいのだと見せてくれた。
過酷な不条理を受け入れて、それを踏み台にした。
そなたの行く道は光と闇が共鳴する。
始まり終わり、また始まる。
そなたの光を選ぶことを心のままに、迷うな。
もうそなたには見えている。
闇にその身を置いたからこそ、そなたの内の光は輝く。
その輝きはやがて原点を示すであろう。
大魔王リリスとなったそなたを、儂は誇りに思う。
闇を恐れず受け入れ、その力を正しく使えることを示した。
有るべき
ふたつの世界は、ひとつだ。
そなたに真紅の絆があったことを幸運に思う。
まさか魔王とのつながりだとは驚いたものだが。
その
そなたと同じく、絆の魔王も純粋で強き魂の持ち主だ。
心配はしておらぬ。
そなたの相方として
これを
あとは先を生きる、そなたが切り開け。
——原点の賢者 そしてそなたの
ディルクがすべてを読み終え、遺言状を封に入れた。
その場は誰も息もしていないほどに静まりかえっている。
ライラヴィラの
レグルスが脇から壇上に上がり、そっと崩れそうになるライラヴィラを支える。
そしてディルクが最後の宣言をした。
「これにてこの場は閉鎖させていただきます。今後につきましては、わたしの方から皆様方へ連絡させていただきます。喪主ライラヴィラに代わり、お礼申し上げます。ありがとうございました」
新たな賢者ディルクが締めくくりの深い礼をすると、参列者たちは一斉に立ち上がり、その場で揃って礼をした。
◇ ◇ ◇
レグルスに脇を支えられ、ライラヴィラはディルクやアイリーン、モニカ、そしてジェイドにも付き添われて、村の高台にある賢者の家に入った。
ライラヴィラは応接のソファーに座り込むと、ディルクから渡された翁の遺言状を両腕で抱きしめて、ただただ涙した。
隣に座ったレグルスが彼女をそっと抱き寄せて、無言のまま彼女の号泣を胸で受け止める。
「深淵の守護者に礼を申し上げたいと、何十人も玄関の外で待っているが、今日のところは全員追い返してくる。王侯貴族や地方の有力者もいるから、対応はこちらでしよう」
ディルクがジェイドと共に来訪者への対応のために出て行った。
「礼など後でいいだろうに、人界の連中は育ての親を突然亡くしたこいつの心情も推し量れないのか」
「ご、ごめん、なさい……」
絞り出すように声を発したライラヴィラの肩を、レグルスがそっと
アイリーンは身体を寄せて座っているふたりにお茶を出した。
「ライラ、水分補給よ……たくさん泣いて、そして落ち着いたら飲んでね」
彼女とモニカはふたりの向かいに座って見守っている。深淵の魔女ゲルナータも賢者の家に入ってきて、外にいた大勢の来訪者は勇者たちが対応していると伝えた。
やがてライラヴィラは腫れあがった
「爺さまは、もうお年だったから、いつかこの日が来ることは……わかっていたけど。でも、やっぱり時空魔法のことは先に教えてほしかった……。わたし、爺さまにお別れの言葉を、何も伝えられてない」
「あやつの気持ちじゃ。許してやってくれ」
魔女ゲルナータがライラヴィラのそばに寄り、丁寧にハンカチを彼女の瞼に当てると、そこから
「こんな顔で大魔王が人前に立ってはならぬ。厳しいことを言うが、そなたは魔界の頂点。それにまだ、ここでの務めは終わっておらぬ」
「終わってない、とは?」
魔女はまだやってほしいことがあると、ライラヴィラに外に出るよう促した。
◇ ◇ ◇
ライラヴィラとレグルス、そして魔女ゲルナータは賢者の眠る墓地へとディルクと共に赴いた。ライラヴィラが村のはずれの高台にあるこの場所に足を踏み入れたのは、初めてのことだった。
賢者の残した書状で解かれた、リリスの姿と
「ここはね、村では年に一度、鎮魂の儀式があるのだけど、私は入ってはいけないと爺さまから強く
ライラヴィラは代々の勇者や賢者、英雄たる戦士や
「魔眼の持ち主がこういう墓所に入るとな、色んなものが見えすぎて精神的にやられることがあるからじゃ。決して意地悪をしているのではないぞ」
魔女ゲルナータは真新しい墓標の前に導いた。そこには賢者フォルゲルの名が刻まれている。
彼女は墓の前でしゃがんで、ゆっくり語りかけた。
「さて、爺さんよ。原点の賢者の、継承の儀式をするからの」
ライラヴィラはさっきの遺言状でディルクが賢者を継いだものだと思っていたので、どういうことかと困惑した。しかして当事者のディルクは知っていたのか、覚悟を決めた強い表情になっている。
「遺言状で、終わりではないのですか?」
ライラヴィラはゲルナータに尋ねた。
「原点との接点が、まだ爺さんの魂に残っておるからの。これを深淵の守護者であるそなたが、綺麗に終わらせてやってほしい。そしてその接点はここにいるディルクの魂に移され、刻まれる」
「でもわたしは、やり方も何も分かりません」
ライラヴィラは聞いたことのない賢者たる証の話に不安になった。
「深淵の鍵を開くといい。深淵は原点につながっておるから、それで間接的に儀式は行える。本来は生前のうちに原点の聖女もしくは原点の守護者がそれを担うが」
ゲルナータは儀式の方法について説明したあと、それは始められた。
ディルクがフォルゲルの墓標の前に立ち、ライラヴィラはその間で魔剣レーヴァテインを掲げた。
深淵の鍵が七色の光を放って浮かび上がると、ライラヴィラは魔剣をフォルゲルの墓標へと向けた。
新たな賢者とした選ばれた彼の額へと、その小さな金の球体は吸い込まれて消えた。
ライラヴィラは再び魔剣をフォルゲルの墓に掲げ、深淵の鍵を作動させ、『終焉の霧』と呼ばれる青紫の粒子の帯を流した。
フォルゲルの魂からその役割を終えたことが示され、そこに翁の姿がライラヴィラの魔眼に映し出された。
「爺さま! まさかっ」
翁は微笑みを浮かべて
「これでフォルゲルの魂も輪廻の階段を上りきった。またいつの時代かに生まれ変わることができるであろう」
ゲルナータは祈りを捧げたあと、柔らかい顔で空を見上げた。
賢者を継いだディルクが、ライラヴィラとレグルスに丁寧に一礼をすると、口を開く。
「ふたりがわたしの証人だ。これからもよろしく頼む」
「俺は、ただの魔王だぞ?」
「フォルゲル様から、ふたりを証人として立てることで、賢者の継承は成立すると聞いている。ふたりのつながりが世界のつながりと同期する時が来ると」
「よくわからんが、それで上手くいったのなら、それでいい」
レグルスはディルクに
ライラヴィラは三つ巴の封鎖を発動させると、いつもの小さなツノの姿になることができた。賢者の時空魔法による術は継承の儀式と共に消えたらしい。
「術が発動できた。これで本当にお別れですね」
彼女は真新しい墓標の前で
「爺さま。わたしを育ててくれて、そして多くの知識や技術を授けてくれて、ありがとうございました。この恩は決して忘れません」
ライラヴィラは祈り終えると、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます