第2話 散歩

とはいえ、周りをぐるっと見回すと、壁や机やいすといった研究所にあるようなものは一通りあるようだが、天井には黒いもやのようなものがかかっていた。そして正面にドアがある。


「まずはこのドアの向こうを確かめるか」


ドアを開くとそこには異質な光景が広がっていた。基本黒一色の空間に飛び石のように「地面」がある。飛び石ではなく「地面」という表現は本当にそう表現するしかなく、つまり、草とか土とかコンクリとかの「地面」が空中に浮いて足元にある、という感じなのだ。隙間を見るとやはり黒く覆われていて、底が見えない。見えている地面を越えてこの先に行くことはできそうだが、落ちてしまうとどうなるのかさっぱり見当がつかなかった。


「これは・・・」


「わたしがこの世界が造られたとき、君の居場所を作るために、あなたの情報の一部を取り出して配置した。」


「わたし」と言ったり「僕」と言ったり、はたまた「君」「あなた」と人の呼び方がおぼつかないのはなんでだろう、という素朴な疑問があったものの今はそれどころではなく、


「情報の一部?」


「そう、あなたが見たり聞いたり触ったりした体験としての記憶の一部と言っても良い。あなたがここに来た時に、びっくりしすぎて精神が侵されないように、自分が配置した」


「そんなことができるんだ・・・」


「でもこれには代償もある。君がもし、アウターに帰ったとき、ここに配置した情報はここに残される。だから、その部分の記憶はない状態で帰ることになると思う。」


「あなたって一体・・・」


「僕は君。君の無意識領域の情報の一部。ブラックホールはストレージ。ストレージたるブラックホールとあなたの情報をつなぐのがわたし。」


「この世界は・・・?」


「この世界もあなた。あなたの顕在意識の情報の一部。この先どうするか、そしてそのためにこの世界をどうすればいいのか、それを決めるのが君の役割だよ」


だんだんと状況がわかってきた気がする。つまり、ここはある種の「自分の夢の中」と同じような状況なわけだ。自分が望めば自分が知る限りのものはここに再現できる、というかしてくれるというか・・・。人の呼び方がおぼつかないのも、そういや自分もそういう癖があったよねと思う次第で、そういうことなんだね、と思った。


子供は言う。

「そう。あなたはわたし。あなたの考えたことはわたしにも正確に伝わる。OK。とりあえず、この世界を快適に作業ができる程度のところまで構築するね。今日の記憶、あなたが起きてから事故が起こるまでの体験の記憶をここに置くよ。」


そういうとじわじわと子供が全体的に光を放ち始めたかと思うと、子供の中心からいくつもの光の球がゆっくりと飛んで、いろんな場所に向かい、いろんなものが実体化した。そして、次第に研究所の一部が具現化され、子供は一瞬フラッシュして、元の状態に戻った。


「ふう。さすがにちょっと時間がかかっちゃったね。でも、なんだかすっきりしたよ。」


「ありがとう。」


とはいえ、


「なんで今日のできごとをここに置いたの?」


「え。」


「これからずっと、今日の最悪な修学旅行初日の思い出をまざまざと見せられながらすごさなきゃなんないってことでしょ!」


「わたしはあなた」


いやいやいやいやいや、それは理由になってない。

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