第7話 葛藤

「なるほど。友達ですか… どうしましょうか」


 加奈は期待に溢れた表情で裕人を見つめている。きっとすぐに良い返事がもらえると信じているのだろう。しかし、彼は困惑しきっていた。


 どうする?友達ならいいんじゃないか?  いや、やっぱりダメじゃないか?

 加奈さん、可愛いぞ。これで終わるの惜しくないか?  それは同感なんだよね

 そもそも友達ってどういう意味なんだ?  そこがわからないんだよ

 男女の友達って成立するのか?   よく聞く永遠の課題だよな

 断わるなら、どう言えばいい?   わかんないよ

 

 裕人の頭の中で様々なフレーズが交錯して言葉を発せなかった。実際には1~2分ほどの沈黙だったろうが、彼にはもっと長く感じた。それは返事を待つ加奈にとっても同じだった。


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 神大路加奈は、里中裕人の優しさに賭けていた。


 大学の夏休み前に範子からARATAに似た同級生がいたと聞いたときは、半信半疑だったが、写真を見た瞬間から心を奪われていた。世に言う一目惚れってやつだ。しかし、異性を好きになった経験がない加奈にとって、この気持ちが何なのかは理解できず、ただ片山範子に、この人と会いたいと頼むことしかできなった。


 フィリピン人ハーフのクラスメイトと付き合っていたことや、幼い頃に両親が離婚し、父親の再婚によって、高校一年生の三学期からアパートで一人暮らしを始めたこと。外観は真面目そうに見えるけど、彼女と桜並木を見に行くために平気で授業をサボる自由人ぶりなど、裕人の高校時代のエピソードを範子から聞くほどに思いは募るばかりだった。つい最近、彼女がいると聞かされたが、そんなことでは加奈の気持ちは変わらなかった。


 今日、本人と直接会って加奈は里中裕人が好きたまらなくなった。でも「好きだから付き合ってほしい」と伝えても彼が断ることは範子から聞かされていた。彼女なりに一生懸命に考えた抜け道が「友達」だった。


 彼女や恋人ではない、漠然とした友達という関係であれば、優しい裕人なら気軽にOKしてくれる。しかも絶対に即答で。今日、彼と話して、彼女はそう確信していた。しかし、彼女の予想は外れて「なるほど。友達ですか…どうしましょうか」と言ったきり沈黙している。


 なぜ返事をしてくれないんだよ。深く考えることじゃないだろう

 さっきまでと同じように笑顔で「いいですよ」と言うだけだよ


 よく見てくれよ。ボクは可愛いぞ

 髪型だって好みのショートにしたんだぞ

 ノリ坊の見立てで買った服は、もっとあるぞ。全部見なくていいのか?

 お願いだから友達になっておくれよ。恋人じゃなくて友達でいいんだよ

 さっきまで、あんなに沢山話してくれたのに、どうして黙っているんだよ


 ひょっとして里中さんは、ボクなんかどうでもよかったのかな

 ノリ坊に三時間だけって約束で頼まれて相手してくれただけなのかも

 ボクみたいな奴に、あんなに優しい笑顔を見せてくれたんだから、

 彼女さんには、もっと素敵な表情をするんだろうな

 羨ましいな。そういう里中さんをボクも見たかったよ

 ちくしょう、なんでボクなんかに優しくしたんだよ

 なんで褒めてくれたんだよ。なんで話を聞いてくれたんだよ

 今日だけで、こんなに大好きになっちゃったじゃないか

 好きで好きでたまらないよ。狂おしいほど好きだよ

 もう会えないのかな。悔しいな。悔しくて、悔しくて、ただ悔しいな。

 ボクは負けたのに大好きなままだよ。どうしてくれるんだよ


 わかっている。今は断る台詞を探しているんだろうな。

 手を伸ばせば里中さんに触れるけど、決してボクのものにはならないんだな

 あぁぁ、今は目の前にいるのにな。なんとか手に入れる方法ないのかな?

 こういうの何ていうんだっけ?そうだ「坂の上の雲」だ

 手を伸ばせば、雲が掴めそうに見えるんだけど、絶対に掴めないってやつ

 

「ごめんなさい。ボク、里中さんが優しかったから、勘違いしちゃって。

年上なのに中学生みたいな奴から迫られたら気持ち悪いですよね。

里中さんには彼女さんがいるってわかっているのに、

こんなお願いする奴、迷惑で嫌いですよね。あの、ボクは…」

 

「加奈先輩、やめましょう。そんなこと言ったら里中さんが困っちゃうし、

私だって、すごく悲しくなるから」


 加奈の言葉を遮るように片山範子が割り込んでくる。範子は秘かに「もしかしたら、ひょっとして」を期待していた。


 裕人と電話で話した日から、彼女はずっと自分のことを卑怯な偽善者だと悩んでいた。彼女は加奈のことが好きで尊敬もしていたので、できることならば彼女の希望を叶えてあげたかった。

 心の奥では裕人が彼女と別れて、加奈と一緒になればといいと思っていたが、彼には加奈から告白されたら断れと言った。そう言わないと裕人は合コンに参加しないだろうし、彼には味方だと思われたかった。


 本当に裕人と麻木美緒のことを考えているならば、合コンなどに誘わず、加奈が裕人に会いたいと言った時点で断ればよかった。彼女はそうせずに加奈に請われるままに高校時代の裕人について話し、なんとか裕人を合コンに誘い出し、加奈のファッション・コーディネートもして、彼の歴代彼女が全員ショートだと知っていたので髪型のアドバイスもした。


 合コンで盛り上がって、裕人が加奈に興味をもってくれたなら、きっと別れ際に「また会いましょう」くらいは言うだろう。裕人が、そういう人間だということを範子は高校時代から知っていた。もし何も言わなかったら、自分が「里中くん、もう一回ぐらい、会ってあげてもいいんじゃない?」と振るつもりだった。


 なので加奈が友達になって欲しいと頼んで、裕人が沈黙しているという状況は予想もしない事態だった。「このままでは加奈先輩を傷つけてしまう」彼女には耐えられなかった。


 



 

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