第2話 甘誘
「ノリちゃんと、その妖精の先輩が所属している部活は何なの?」
「食文化研究部だったか食品文化研究部だか?今、ノリに換わる。
あとは直接、本人と話してくれ」
そばにいた片山範子に健二は携帯電話を渡した。
「こんばんは、里中くん久しぶりだね。一昨日、健二から聞いたよ、
新しい彼女ができたんだって?同じ法専大の人なの?
え!興立女子短大の一年生⁈ マジで!
うち四年制(大学)と短大が同じキャンパスだよ。
出身はどこ?北海道の旭川?ああ、なるほど。彼女が下宿だから、
里中くんが入り浸ってるわけだね…って、決めつけちゃいけないね。
今度、里中くんの彼女も入れて四人で会おうよ。紹介してよ。
えっと、なんだっけか?あ、加奈先輩の話ね。そうそう、
岩倉さんと同じで、自分のことを『ボク』って言うんだよ」
片山範子の声を聞くのは、高校の卒業式以来だった。相変わらず元気で明るいなと裕人は思った。
「名前は
うちの大学は、家政学部の食品学科が割と有名なんだけど、そこの三年生。
食文研のOGには、食品会社や食材商社に勤めている人が多くて
就職活動に有利とか言われてるから、食品学科の学生が大勢、在籍しているの」
範子は、同じ僕っ娘でも大人びた雰囲気の岩倉智子とは違って、21歳なのに可愛くて中学生位にしか見えず、あだ名は本当に妖精だと神大路加奈のことを紹介した。さらに見た目は地味だけど、何事にも一生懸命で、部内で食肉加工品を調べるグループの中心メンバーで、彼女のことは尊敬しているとも言っていた。
「さっき健二が説明してたけど、少し前から雑誌の表紙とかで活躍している
男性モデルに御執心で、その人と里中くんが結構、似ているの。
私が高校時代の同級生に似た人がいましたって話したら、
写真を見せてって頼まれたんで、夏休み明けに大学まで卒業アルバム抱えてって、
里中くんの写真を先輩に見せたの」
「そしたら『この人に会いたいな』とか言うの。私はてっきり社交辞令だと思って、
『じゃあ私、セッティングしますよ』って冗談っぽく返事したら、
先輩も『うん。お願いね』とか言って。それで会話成立で終わったと思ってたの」
「何日かして先輩が『里中さんには、いつ会えるのかな?』って聞いてきたの。
まさかと思って『先輩、本気だったんですか?』って確認したら
『ずっと気になっている。会いたい』って潤目で返事されてね。
うわー、マジもんかよってなったの」
「健二に相談したら、里中くんなら、すぐ連絡がつくから大丈夫だし、
そういう事情だったら今回の合コンの趣旨にも合っているから、
二人を誘うのはどうかな?って提案されたの。
たしかに先輩の御指名だし、里中くんも健二の友達だし、
それはいいかもってことで一昨日と今日、電話したわけ。
急な話で申し訳ないんだけど、合コンに参加して加奈先輩と会って欲しいのよ…」
範子の説明で裕人も事情は理解できた。そして、自分に好意をもつ見た目が中学生の可愛い21歳の妖精に俄然興味が湧いてきて、さっきまで溢れていた美緒のために合コンを断わるという気持ちは、かなり隅に追いやられていた。裕人は気になっていたことを範子に確認する。
「ノリちゃん、俺に彼女がいること、その先輩は知ってるの?
合コンに行って『お前、彼女がいたのかよ!ふざけんなよ!』は困るんだけど」
「加奈先輩は、すごく育ちが良いから絶対にそんな怒り方しないよ。
一昨日、健二から里中くんが彼女の部屋にいたって聞いたんで、
例の里中くん、付き合っている人がいますとは、先輩に伝達済みだよ。
それでもいいから会いたいんだってさ。
単に好きな男性モデルに似た人を見てみたいだけなのか、
それとも、既に里中くんに入れ込んでて、会いたくて仕方ないのか。
私は絶対に後者だと思うけどね」
範子が裕人のことを考えて、極めてシリアスな話をしていたとき、本人は「相手は妖精で、お育ちが良くて、俺のことを気に入っているのか、これは会うしかないか?」と脳内お花畑な妄想を巡らせていた。
「私が不安なのは後者だった場合、里中くんを会わせて大丈夫かな?ってこと。
御世辞じゃなくて、私から見ても、里中くんはルックスは悪くないし、
会話は上手だし、優しいから、恋愛経験がなくて一途っぽい先輩が会うと、
厄介かな?って。里中くんに相手がいないなら問題ないけど、
もう彼女がいるもんね」
「高校のときもあったじゃない。生徒会の書記とか茶道部の部長をやってた
夏目梓は、範子や裕人と同級生で、一年生の頃から生徒会の書記に選ばれ、クラス委員長や茶道部の部長もやっていた真面目で大人しい印象の子だった。
高校二年のとき、サッカー部の
そうとは知らない彼女は、本気で彼に無中になってしまい、周囲の心配にも全く耳を貸さず、高梨から言われるままに髪型から服装から生活態度までガラリと変えて、そこまでやるか夏目、かなりヤバいぞとなったところで、あっさり高梨は彼女と別れて、他の女子に乗り換え。捨てられた彼女は心身ともにボロボロになって休学の末に転校してしまった。
「あったね。6組の夏目さんね。覚えている。あれは可哀想だったな。
高梨先輩、イケメンだったけど性格は最悪で、まさに遊んでポイだったもんね」
「夏目さんみたいな男性免疫のない一途な子が本気になると止まらないんだよ。
私は生徒会で接点があったから、直接、彼女にアドバイスしたの。
そうしたら、ぶち切れて暴れてね。盲信と暴走で完全に別人になってた。
今なら、しょうもない奴で終わりだけど、当時の私には恐怖だったよ。
んで、加奈先輩からも夏目さんと同じ匂いを感じるんだよ」
「でも、あの手の一途なタイプは、里中くんみたいな男性が上手にリードして、
軟着陸させてあげると、二人とも幸福になるパターンも多いんだよね。
どうよ、いっそ今の彼女と別れて、加奈先輩と付き合うのもアリだよ?
全然違うタイプの僕っ娘だから、岩倉さんのことを忘れられて、
僕っ娘の呪いも解けるかもよ?里中くんがその気なら、それはそれで応援するよ。
言っておくけど加奈先輩、21歳が信じられないくらい可愛いよ。
妖精のあだ名は伊達じゃないからね。加奈先輩から潤目で『里中さん、好きです』
とか言われたら絶対に断れないって。実家も老舗のハム・ソーセージ会社で、
一人娘だから、乗り換えれば里中くんが次期社長だよ?」
「そういうの冗談でも止めて。もし彼女にバレたら生きて帰れないから。
あとノリちゃんまで僕っ娘の呪いとか言うの勘弁して。
元生徒副会長殿、俺は高校の同級生の中で、
あんたのことだけは、本当に信頼しているんだから」
「絶大な信頼を寄せていただき、ありがとうございます。
そんなわけで里中様には大変に申し訳ないのでございますが、
どうか哀れな同級生で元生徒副会長の片山範子めを助けると思って、
三時間だけ時間を作って合コンに参加いただき、
加奈先輩に会ってもらえませんか?ニコニコして相手をするだけでいいんで」
「まあ、マジな話しをするなら、もしも先輩が盛り上がって、
『付き合ってください』とか言ってきて、今の彼女と別れる気がないなら、
上手に断わってよ。そんときは私も里中くんをフォローしてあげるから。
元はと言えば、私が撒いた種なんで、その辺はしっかり刈り取るからさ。
あと参加してくれるなら、里中くんは御招待で合コンの会費いらないから。
どう?悪い話じゃないでしょう?」
「いや、参加するなら会費は払うから。そういう気遣いはいいから」
「そのくらいはさせてよ。健二も里中くんは御招待って言ってるから。
あと、もしも里中くんが合コンに出席したことで今の彼女さんと揉めたら、
私と健二が無理を言って、強引に誘いましたって土下座してでも謝るし、
いくらでも私ら悪者になるよ」
「……まあ、それでも彼女の怒りが収まらずに別れることになったなら、
そのときは大手を振って加奈先輩と付き合えばいいじゃないの。
頭が良くて可愛い社長令嬢に好かれるなんて、人生で二度はないよ。
どっちに転んでも里中くんにとって悪くないと思うけどな。
というわけで、参加する気になった?」
もともと裕人は優柔不断な性格だったうえに、自分に好意を寄せる妖精と言われる僕っ娘にも会いたかったし、片山範子の巧みな話術もあって最終的には、その合コンに参加することにした。
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