第4話 トラットリア

 合コンの会場は、村上健二がバイトしている都内のイタリア料理店だった。フォーマルな店ではなくトラットリア(大衆店)で、普段から大勢のお客さんで賑わっており、会話が弾んで、多少声が大きくなっても問題ないので、合コンには打ってつけだった。

 店の奥に12名が座れる大きな長テーブルが置かれた半個室があって、金曜日の午後6時から3時間ほど合コンに使わせて欲しいと健二が店長にお願いしたら快諾で、10名分のコース料理も割引してくれることになった。健二は体育会系の好青年なので、こういう交渉事では高確率で色好い返事がもらえる。


 今回の男性参加メンバーは、健二の友人という以外の共通項はなく、大学も学部もバラバラでお互いを知らないため、集合時間より30分早く店に来て、事前の顔合わせと自己紹介をした。

 彼らが午後5時30分集まったときは、もう店の半分以上の席が埋まっており、6時を過ぎたら、ほぼ満席だったので、さすが手頃な料金で料理が美味しいと評判の店だなと裕人たちは感心していた。


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 集合時間に少しだけ遅れて、片山範子を先頭に女性メンバーが到着した。興立女子大学の食文化研究部の部員で三年生が一名、二年生が一人、残り三名が一年生で、みんな清楚ながら気合を感じる装いなのに、一人だけ弾けたファッションの金髪の中学生がいた。


 サイズが大きめなTシャツにフード付きパーカーを羽織り、ショートパンツにボーダーニーハイソックスとバスケットシューズ。身長は155㎝近くあるのに胸なしクビレなしの痩せた体型のせいか、小柄に見えて女性というよりは美少年だ。色白で首が長く、顔も小さいのでショートボブの金髪がすごく似合っている。おそらく彼女が神大路加奈かみおおじ かなだろう。範子の言うとおり、とても21歳には見えない。


「妹さん連れて来たの誰?大学生の合コンに中学生はダメだよ」


 健二がそう言うとみんなが笑った。本人は微笑んで恥ずかしそうにしている。片山範子からは可愛いけど地味だと聞いていたが、全然、違っていたので裕人は驚いた。


「はい、じゃあ席順を伝えますね。神南大学の広田さんが左奥の席に。

 その横にはモリカヨね。モリカヨ、御指名の広田さん、イケメンだね、良かったね」


「えー、そのお隣に啓和大の大和田さんとキンコ。

 キンコは大和田さんの写真だけで結婚宣言して今回に臨んでいます。

 相手の意志も大事にしてね。頑張ってください」


 範子が各自にツッコミを入れながら、席の指示を出すと女子は「言わないでください!」「やめて!」と叫び、男子は笑いながら座っていく。


「……テーブルの右奥から三席目に加奈先輩。その横に法専大の里中さん。

 今回の幹事の私と健二は、里中さんと高校の同級生です。

 今日は里中さんのハートを鷲掴みできるように加奈先輩から頼まれて、

 不肖この私が先輩を全身コーディネートしました。

 里中くん、加奈先輩、可愛いでしょう? 」


 範子のツッコミも加奈が先輩ということもあってか、他より控えめだった。席につくやいなや加奈は、すぐに裕人に話しかけた。


「はじめまして。神大路加奈といいます。

 今日は来てくれて、本当にありがとうございます。お会いできて嬉しいです。

 どうか、よろしくお願いします。里中さんはモデルのARATAって御存知ですか?

 最近はモデルだけじゃなくて映画の主演もやっているんですけど、

 ボク、表紙やグラビアがARATAの雑誌は中身とか関係なく、

 全部買うくらいのファンなんですけど、里中さん、似てますよ」


 高めの透き通った声で、たしかに自分のことを「ボク」と言っている。裕人はその名前の男性モデルを知らなかったが、加奈の携帯電話は、発売されたばかりのカメラ付きだったので、すぐに保存してあるARATAの画像を裕人に見せてくれた。当然、本物の方が男前だが、たしかに顔立ちは裕人と似ていた。


「いやいや私、こんな精悍なイケメンじゃないし、背だって高くないですよ」


「あ~そこの加奈先輩!いきなりガッツリいかない!時間はあるんだから、

 里中さんと、じっくりお話するのは、全員の自己紹介が終わってから。

 本性を出すのはもっと知り合ってから。みんなもお約束ですよ」


 加奈がハイテンションで裕人と話していたら、範子がすぐにイエローカードを出してきた。範子はイベントでのナレーターや司会のバイトをしているうえ、地頭が良いので切り返しや咄嗟のアドリブが上手い。


 丁度、そこへレストランのスタッフが、お揃いでしたら、お飲み物の御注文をと全員にドリンクメニューを渡し、パンが盛られたバスケットと大皿のサラダをテーブルに置いていった。


 飲み物が届き、健二の発声で乾杯をした後に各自の自己紹介が始まる。まずは幹事の健二と範子、次いで加奈だった。


「興立女子大学家政学部食品学科三年の神大路加奈です。

 カミオオジは神様の大きな路地、カナは加えるに奈良の奈です。

 出身は愛知県の…」


 神大路加奈は愛知県の出身で、両親はハムやソーセージ、ベーコンなどを手作りしている食肉加工会社を経営しており、地元の名古屋だけでなく、東京や大阪、金沢のレストランやホテルにも製品を納めていた。彼女も家業を継ぐべく家政学部食品学科に進学したと話し、見た目が中学生なので、ワインやビールを買うときは必ず年齢確認されるから、運転免許証は肌身離さず持っていますと、首から下げたパスケースに入った免許証を見せて笑いをとっていた。


「これから、どんどん料理が届きますが、

 食べられなかったり苦手な食材のある方はいますか?

 いても、そのままですから各自で対応してくださいね」


「ここから先は幹事はなにもしません。今回はゲームやビンゴとかありません。

 たぶん席替えする人はいないとは思いますが、

 万一、お相手が自分に合わないと感じた場合は退席自由です。

 ただし途中退席でも会費はお返ししないので、

 作り笑顔でいいから座り続けて、デザートまで食べて帰りましょう。

 どうか皆さん、終了まで御自由に御歓談をお楽しみください」


 各自の自己紹介が終わって、範子の挨拶が終わると、待ってましたとばかりに、すぐに隣同士での会話が始まった。神大路加奈も裕人に、さっきの続きを話し始める。




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