メルローちゃん

少女リディアが必要最低限の身支度をして表に飛び出すと、親切な友のお出迎えに預かった。


相手は露骨に不機嫌な様子で編み込んだ長い黒髪をいじっていたが、こちらに気がつくやいなやキッと睨みつけてきた。


意中の男の子に頼まれたなら愛くるしい音を奏でる小さな口も、今は不満と呆れの文句を無理やり呑み込んで固くへの字に結ばれている。


人一倍大きな橙色の目はいつもに増してきつく吊り上がっており、彼女の怒りがひしひしと伝わってきた。


リディアの親友、アッレーグラである。


「リディア!あんたの寝坊助には、きっと天神様も呆れ果てて匙をお投げになるに違いないわ!」


まだ乱れている呼吸を整えながら、リディアは言い返す余裕も無く素直に謝った。


「本当にごめんなさい」


アッレーグラと同じ橙色の瞳で上目遣いに彼女を見つめ、バツが悪そうに肩をすくめてみせる。


「この通りだからどうか許してね、メルローちゃん」


メルローというのは歌声が綺麗な小鳥の名前。

また、街一番の喉自慢を誇るアッレーグラのあだ名でもある。


「もう!毎朝ちっとも懲りないんだから!」


ブツブツとぼやいてはいるが、友が気を良くしたことは明らかだ。


しめしめとリディアはこっそり舌を出した。


こう呼べばアッレーグラは大抵のことは許してくれる。


物心着いて以来の仲であるから、彼女の扱いはお手の物だった。


それに事実、親友は小鳥のメルロー達に引けを取らず歌が上手い。


鈴を転がしたような音色には、聴くもの全てを惹き付ける力がある。


まあ、その真っ黒な髪に真っ黒なワンピースっていう見た目はメルローに見えないこともないけど。


リディアは最後の一言を心の中に留め、余計なことは言うまいと気を引き締めながら、上機嫌な親友の後ろにくっついて出発した。

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天空七百年 しんめ @romania1223

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