優しいサボテン

うつりと

天野絢斗

真夏の夜中、行き場を失い戸惑う私。

流されるように行き着き独り俯く、渋谷スクランブル交差点。

おとぎ話にはほど遠い、悲しいシンデレラ。


悲しみの雨に打たれた体は、悴んで息をすることも難しく、ただ苦しい。


孤独の中、悶えながら生きる意味を探してみるけど、時間(とき)だけが悪戯に過ぎ去るだけで、何も見つからない。


漆黒の暗闇(やみ)に紛れたまま、消えゆくことを望んでいるのに、どこか怯えて震えている。


寂しくて、何度も声を上げたいと思うのに。

その度に、つまらないプライドが邪魔をして。

素直になれず、叫ぶことないSOSを抱えている。


今日も色のない空を見上げては、心に絡まったままの感情を吐き出すような深い溜め息が、哀しみの残像を揺らして消えてゆく。


この暗闇(やみ)の中、自分の鼓動を感じたくて、悴む拳を、そっと胸に当ててみた…。

この胸を打つ音には触れられた…。でも、そこに温もりはなくて、癒えない傷がこの胸の痛みをなぞり、その輪郭を刻んでいった。


もう、温もりさえ分からない。

そんな自分が嫌になり涙も枯れ果て、その場で風に吹かれて立ち尽くす。


すべて諦め、崩れるように屈んだ足元に。

優しい光に包まれた、赤いサボテンの花が目に止まる。


誰に気づかれることもなく。

棘の痛さで、ときに疎まれても、逞しく生きている。

その運命(さだめ)を受け入れるように、凜として前を向いている。


その姿はこの瞳(め)に映り、私に命の強さと、逃げない勇気を教えてくれたね。


あなたに出会ったその日から、ときに傷ついて、輝きが褪せても生きることに意味があることを、その姿で示してくれたね。


こんな私でも強くなれること、教えてくれたのはあなたでした。


もしも今、雨があなたを叩くなら、静かに傘を差し出したい。

太陽が酷くあなたを照らすなら、両手を広げてあなたの日影になりましょう。


迷いや痛みと違い、あなたを思う気持ちに正解(こたえ)がないのは、不思議だね。


でも、それが喜びの始まりで、幸福(しあわせ)への道標であることに違いはないのでしょう。


ただ不器用な私は、見つけたものをまたすぐに落とすでしょう。

そんな時あなたは、光さえなかった場所(ところ)で出会ったあの日のように、傍で見守ってくれますか?


移りゆく時間(とき)を過ごすうちに、知ることのなかった未来(あす)の景色を見たくなっていた。

その花びらを手に取り、髪飾りにしてあなたと共に旅に出よう。


朝日の光が空に滲む、夏の夜明け。

東に浮かぶ金星(ヴィーナス)が、私を励ますように輝(ひかり)を放ってる。


この出会いと別れのその先に、輝く未来(あす)があること信じ、まだ弱い私の心が揺れてしまうその前に、少しの追い風に髪を靡(なび)かせて、慣れ親しんだ昨日に別れを告げて、小さな一歩を踏み出した。


生きる喜び口笛に乗せながら、いつかホントの自分に出会うと信じて、私は歩く。

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優しいサボテン うつりと @hottori

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