第28話 力試し・上

 妙見が用意したのは、王宮兵の精鋭五人。男の剣士三人、男の守護師と女の弓師だ。実際の自分の武器を使うが、使い手が対戦者の体を突いたり斬れぬように、全員の武器には上級使い手より一時的に刃先がなまくらになる術をかけられた。

 訓練所から、訓練生は全員追い出された。代わりにそこには、王族の妙見と梵天と五曜。彼らに付き添う上級使い手。そして、六星と彼の付添つきそいとして統星。

 追い出されても訓練所に王族が集まるのを興味深げに覗きに来たのは訓練生達と、彼らを教える教育係の中級使い手達だ。いつもの訓練所とは違う雰囲気で、賑やかな声が閉められた門の外で溢れている。


 どうやら力試しが始まるらしい、とその場の全員が次に妙見が口にした言葉で理解した。


「明らかに戦闘不能になった場合、その者は負けと見なします。対戦相手の王宮兵五人全てを負かした時のみ、六星の勝ちとします。王宮兵の一人でも残った時は、六星の負けです。戦闘中、どちらも加護の術は禁止とします」


 妙見の言葉に訓練所に集まった者は驚いた声を上げるが、六星は唇の端を上げてにやりと笑った。明らかに六星のが悪い。それなのに、彼はただ小さく笑っただけだ。後ろに控える統星も、表情を変えない。妙見がそう言うのを、分かっていたようだ。訓練所にいる訓練生達は、門の隙間から見慣れない右目を黒い布で覆った精悍な男を思わず応援する心境で見つめていた。

 六星が何も言わない事から異議がないと判断した妙見は、隣の使い手に視線を送る。

「始め!」

 妙見の視線を受けた上級使い手は頷き、片手を上げて試合開始の掛け声を訓練所に響くほど上げた。


 その声と共に六星は背負った大剣を抜くと、足先に力を入れてグンと前に出る。対峙する剣士たちはそれに気づいて、慌てて己の武器を構えた。剣、槍、斧使いだ。守護師は弓師の前で盾を構え、弓師は矢をつがえた弓を張る。



 弓師が放った矢が、六星の顔すぐ横をかすめる。六星は、まず守護師に向かった。驚いたのは守護師だ。まさか、『盾』である自分に先に向かってくるとは思わなかったのだろう。

「風の盾!」

 守護師が大きな声で風の盾の術を唱えると、強風をまとう風の盾が現れて守護師と弓師を護る。弓師は再び矢を番え、剣士たちは六星の背に回る。

「やっぱりいいなぁ、頭を使う戦いは! 魔獣の時より楽しめそうだ! ――氷の薄刃 王者の王冠を溶かしてそれは太陽を切り裂くきらめきの雫――氷雨烈漸ひょううれつざん!」

 楽し気に顔を輝かせた六星は、守護師の数歩手間で立ち止まると大剣を振り上げるように大きく斬り上げた。

 六星の剣先から創られた尖った氷の雫たちが、強風をまとう守護師の盾に雨のように降り落ちるや、ガコン、と大きな音を立てて『簡単』に守護師の盾を折った。全員が、唖然とした面持ちになる。


「そんな……!」


 まさかの事態に驚き動揺した守護師の後ろで、弓師が矢を放った。

「態勢を!」

 弓師の言葉に、即座に動いたのは槍の剣士だ。最初に至近距離からの矢をひょいとけて、刺すように伸ばされた槍の先を剣で弾く。そしてそのまま、盾が折れた衝撃で尻もちをついている守護師の頭を大剣で軽く叩いた。


「守護師、討死うちじに!」


 上級使い手の大きな声が訓練所に響く。妙見が驚いたように瞳を見開き、五曜は興奮したように頬を赤くして拳を握っている。梵天は、静かに戦いを見守っていた。

 この守護師は、梵天も信頼して幾度か反乱軍との戦場にも向かった男だ。夜岳の守護師では上位の戦士に違いない。その男の盾を一太刀で折ったなど、誰もが信じられない思いだった。しかも、軽く守護師の頭を叩くなど余裕を見せている。

 護り手がなくなった弓師は、急いで後ろに下がる。その彼女を護る様に、斧の剣士が間に入った。

「火か。少しは楽しめそうだな。んじゃ、あんたは最後だ」

 斧の剣士は火の加護だ、水と氷とは相性が悪い。六星は後ろ向きに宙返りをして距離を空けると、大地の加護の槍の剣士に向き直ってまた重心を前に傾けて距離を縮めるように大きく飛び込んだ。

 今度はその気配を感じた槍の剣士が後ろに飛んで六星と距離を空ける。槍は、接近戦では不利だ。弓師が最初に負けるであろうと読んだ妙見が、次は守護師の後ろに槍の剣士を向かわせるつもりで配置したが、最初からその策が崩れてしまった。

「俺の後ろに回れ!」

 光の加護の剣士がその前に出る。槍の剣士は異論なく背後に回った。槍を振り回しては、王族に当たる事態になると判断したらしい。斧の剣士が、六星の後ろに回る。その後ろには、弓師が新たな矢を番えていた。


「加護の術は駄目だっけか」

 氷の加護には、相手を一時的に凍らせる術がある。しかしそれは加護の術の為、使えない決まりだ。広がった敵に、それでも六星は笑みを浮かべたままだ。

「やあ!」

 剣士の背後から、槍が飛び出してくる。六星はそれを待っていた様に、剣を片手に持ち直して素早く逆輪さかわの部分を掴んで思い切り自分の方に引っ張った。

「なっ!!」

 またもや思ってもいない六星の行動に、戦士達は驚愕した。素早い動きの槍の先近くを掴んで引っ張られた槍の剣士は、その手を離す前に自分の前に位置していた剣士に当たり二人は共に前のめりに倒れた。

 六星は直ぐに掴んでいた槍を手放すと、剣士の上に倒れている槍の戦士の背に大剣の先を上から押し当てた――これが戦場なら、二人とも串刺しになった事になる。


「槍の剣士、剣の剣士討死!」


 再び上級使い手の声が響くと、様子を窺っていた訓練生達から大きな歓声が上がった。始まってすぐなのに、もう三人の精鋭が倒された。本来なら応援すべき王宮兵があっけなく負けたのに、みなが六星の型破りな強さに感嘆していた。


「ええい、それでも王宮兵なのか! しょう石籠いづら、仕留めなさい!」

 普段は落ち着き指揮する妙見ではあるが、あまりにも不甲斐ない自国の兵を叱咤した。妙見自身薙刀を振るうのが得意なので、落ち着いて見ていられないのだろう。生き残りの弓師と斧の剣士は、妙見に叱られた事にびくりと体を震わせた。六星は刀を肩に担いで、楽し気にその様子を見ていた。

「鳳凰の羽ばたき!」

 慌てた宵と呼ばれた弓師は斧の剣士の後ろで、二連の矢を三回連続で射放つ。六星はまたもや後ろ向きに宙返りをしてそれを難なくかわすと、大剣を構え直した。


「妙見様!」

「な、なんです?」


 不意に六星が妙見の名を呼ぶ。彼女は少し驚いたように返事をする。そして、自分が興奮している事に気が付いて軽く咳払いをして気を静めた。


「俺がこの二人を無傷で倒したら、給金は王宮兵の二倍でお願いできますか?」

「はぁ?」

 模擬戦闘もぎせんとうとはいえ、その最中に給金の話をされるとは思ってなかったようだ。妙見は彼女らしくない少し間の抜けた声を漏らした。

「わ、分かりました。その様に手配いたします」

「契約完了!」

 その返事ににっと笑みを深くした六星は、石籠と呼ばれた斧の剣士に向かい走り出した。それに気が付いた彼は、斧を盾のようにして構える。宵は後ろに走り訓練所の囲いを踏み台にして、王族や上級使い手の並ぶ座敷のある屋根に登った。彼女は勘が鋭く、読みがいいらしい。天井から弓を構えた。

「頭上失礼いたします!」

「構いません」

 落ち着いた妙見の言葉を聞きながらも、六星に向かい矢を撃つ機会を窺っている。その間にも、六星の重い一撃を石籠は斧で受け止めていた。

「ぐっ……なんだ、この重い剣は……」

「へぇ、よく耐えたな。こりゃ、やっぱり楽しめそうだ」

 互いの武器から飛び散った火花を綺麗だな、と思いながら六星は明るい声でそう言った。

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シロツメクサ【神々の愛した華外伝】 七海美桜 @miou_nanami

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