第27話 取引
王は興奮した事で疲れたのか、寝台に体を預ける様に沈んだ。安曇側室妃は、心配したように顔を覗き込んで寄り添っている。
「俺は、
まさか六星から名を呼ばれるとは思っていなかった梵天は、驚いた表情を浮かべた。だが、巻物を差し出す六星に歩み寄り、怪訝そうな顔で彼からそれを受け取った。
「これは――まさか、……俺の母か……?」
巻物を広げると、
「はい、安曇様の姿絵です。若い頃の姿絵の写しですが、お姿を拝見した事が無いと聞きお持ちしました」
六星がそう言うと、梵天はじっとその絵を見つめる。巻物を広げている手が、僅かに震えていた。
「――梵天、我にも…見させてくれぬか…?」
背後で、王の声が小さく聞こえた。梵天ははっと我に返ると、それを持って寝台に横たわる王の許に足を向けた。
『懐かしいねぇ、確かにあたいだ。若い頃は、大輪の
「……安曇が我の許に来る前に描かれた絵だな…
絵を広げて王に見せている梵天の顔が、強張った。王は、自分の死が近い事を理解していると。控えている妙見も、
『あたいは、一緒に行くよ。この人の為に、魂でここまで来たんだ――梵天の事は気になるけど、あたいは王と一緒に冥府へ行く』
王の言葉を聞き、安曇は蒼玉にそう言った。ちらりと梵天に視線を向けたが、再び
『成長した姿を見れて、安心したんだ。あの子は、もうすっかり大人だ。あたいがいなくても――王に選ばれてもしっかりと前に進んでいけるって分かったから…蒼玉、梵天にあんたならしっかり民を導けるって信じてると伝えてくれないかい?』
梵天の成長を見れなかった、その寂しさが胸を打ったのだろう。安曇は、寂しげに笑った。その言葉に、蒼玉は深く頷いた。
「沖昴王、安曇様は一緒に冥府へ行くと仰られています――お互いが魂になれば、お姿も声も普通に見えて聞けると思われます。そして、梵天様」
蒼玉は、久し振りに梵天を真っ直ぐに見つめた。端正な顔立ちで、安曇とよく似ている。数多くの人が恋焦がれる姿だろうが、蒼玉には六星以上に心を動かされはしなかった。
「貴方様が立派に成長されて、安心してこの国を守ってくれるだろうと安心されています。成長を見守れなかったことが、唯一の心残りだと……梵天様を信じている、と」
「そうか……母上、産んで下さり有難うございます。俺も、貴女を忘れた日はありません。どうか、王をよろしくお願いします」
「――梵天! あたいの可愛い子……!」
梵天がそう言うと、安曇の魂は彼を抱き締める様に包み込んで涙した。
「その絵姿は、梵天様に差し上げます――その代わり、お願があります」
六星がそう言うと、部屋にいた者達の視線が彼に向けられた。妙見がふと心配そうに蒼玉に視線を向けたが、安心させるように彼は微笑んだ。
「――なんだ?」
「俺もぜひ、王国側として反乱軍との戦いに参加させて頂けるでしょうか?俺の大事な蒼玉を護りたいのと、この国の為に」
はっきりとそう言った六星の言葉に、梵天の顔が強張った。城下町で寄り添っている姿を見てから、梵天は六星が蒼玉の想い人だと薄々感じていたのだろう。改めて目の前の男と蒼玉と想い合っていることを知らされて、少なからず動揺した。
「失礼ながら――六星の力は、私が補償いたします。彼は戦士の中でも有名なほどの力を持っています。普通の魔獣なら、数回の
統星が一歩前に出ると、頭を下げて王族にそう進言した。
「僕も彼の噂を聞いています。蒼玉がいる限り、絶対に僕たちの為に力になってくれます」
統星に続いて五曜も、そう口を挟んだ。
「国や王にではなく蒼玉に、では多少の不安があるのですが……蒼玉、力になってくれるのですか?今朝聞いた時も、戦わないと申していたと思いますが」
妙見が僅かに眉を寄せてそう口を挟む。確かに国に忠誠を誓わない限り、何時寝返るか分からない存在と思われかねない。しかし今の王族は、聡明な蒼玉を信頼して頼りにしている。いままで「旅に出る」と口にしていたので、妙見は蒼玉に確かめるように尋ねた。
「妙見王女に何度もお断りしていましたが――私に良くして下さっていた方々を見捨てる事は、やはり私には出来ません。反乱軍を
蒼玉は、六星の横で頭を下げた。六星も、揃って軽く頭を下げる。
「王よ――六星は信じても大丈夫です」
王の寝台にいた上級
「――分かった。我が死んだら…この国は再び荒れるだろう。この城も。それは、そう遠くない日だ……蒼玉、六星……我の子供……家族たちに力を貸してくれ……我がこの戦争の発端だ……すまなかった……勝手だが、この国を導いてくれ」
『王だけのせいじゃない――あたいが、一緒に罪を受けるよ。でも、王とあたいは想い合う運命だったんだ。だから、後悔はしていないよ』
安曇は涙をあふれさせて、両手で顔を覆った。そんな安曇の姿に、蒼玉は胸を痛めた。遠い宮家の出であろうが、元は貴族だ。そんな姫一人が
「王、お疲れでは……? そろそろ、休まれた方が宜しいかと」
妙見が話を遮るように、そう進言した。見た目は凛々しい青年の様であっても、細かい気配りが出来る王女だ。王を責める話を続けたくなかったのだろう。
「そうだな……感謝する、蒼玉よ。安曇が我の傍にいると教えてくれて……」
王は、疲れたように瞳を閉じた。上級使い手達は直ぐに立ち上がると、王の寝台を術で浮かせて寝室へと向かった。安曇の魂も、それに続いた。
「蒼玉、感謝します。必要な訓練があれば、それを済ませて来てください。軍師として正式に位を与えます。六星は――私と梵天直々に、貴方の能力を拝見させて貰えるでしょうか?それによって、給金や部隊など決めます」
蒼玉は六星に視線を送った。六星は蒼玉と視線を合わせると安心させるようににこりと笑い、妙見に向き直った。
「承知しました――それと……最後の王子の魔獣討伐が残ってるんですよね? それに付き添いますよ」
「北曜の? あの子が――魔獣退治に向かうでしょうか。あの子と、会ったのですか?」
「いいえ、まだお姿は拝見していません。ですが、訓練を受けるのがしきたりですよね、必ずお連れしますよ」
妙見は、五曜に任せてよいのかと、問うように視線を向けた。五曜は、笑顔で力強く頷く。
「分かりました、北曜の事は五曜と貴方に任せましょう。では、今から武器を持って王族訓練室に来て貰えますか。今なら、私も梵天も揃っています。貴方の力を拝見出来ます」
「御意」
六星はそう返事をすると、蒼玉の手を握って部屋を出た。上級使い手が二人ほど、慌てて後をついて来る。統星も頭を下げて、六星に続いた。
部屋を出る時、梵天の檸檬色の瞳が名残惜し気に蒼玉を見ているのが分かったが、蒼玉は心苦しくも視線を逸らした。
「蒼玉は、明日から訓練に戻るといい。加護の術は、出来る限り覚えた方がいいな――ま、戦いが始まるまで、城にいるならいつでも教えて貰えるが」
「そうですね、分かりました。あの……私も訓練所に……」
「いや、今日はもう休んだ方がいい。蛍に術でも教えてやりな。すぐに終わるから、安心しろって」
「俺が付き添う。くれぐれも無礼な真似はするなよ?俺はともかく、五曜王子の顔に泥を塗る事になる」
統星の声が聞こえたのか、部屋の外でじっと待っていた蛍が姿を見せた。蒼玉達を見つけるとぱっと明るい顔になって、駆け寄ってきた。
「分かりました、ご無事で――蛍さんと、待ってますね」
「ああ、終わったら給金の話してすぐに戻るよ」
六星は王族に実力を見せる事より、給金の方が大事そうにそう言うと笑った。その六星らしい言葉に、蒼玉も安心した様に微笑んだ。
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