第26話 王と安曇

 二人が城下町に出ているのを聞いたのか、蛍が迎えに来た。六星の部屋が用意できたらしい。六星は一度この町の家から着替えなどを持ってくると言い、蒼玉と蛍は武器屋に向かう事にした。三人は中門の前で、再び落ち合う約束をした。

「武器屋に? 蒼玉様の武器は、壊れていませんよね?」

 蛍は不思議そうに、蒼玉が手にしている彼の杖を見た。蒼玉は武器屋に向かいながら、小さく微笑んだ。

「日向さんと約束をした事なんです」

「母様との……?」

 蛍を連れて武器屋に入ると、店主の初老前の男が声をかけてきた。

「ようこそ――お嬢ちゃんの武器かい?」

 杖を手にしている蒼玉から、店主は蛍に視線を移した。蛍は驚いたように瞳を丸め、隣の蒼玉の言葉を待った。

「はい、彼女の杖をお願いします。ですが、彼女は仕事柄大きな杖を持つのは出来ないのです。どうにか出来ないでしょうか?」

 蛍は、下女としての仕事などもある。このような杖を、いつも持っている事は出来ない。そんな事が出来るか分からないが、蒼玉は店主に尋ねてみた。

「小さい杖を作って、首から下げればいい。威力は少し落ちるが、魔力の石の欠片を埋めれば、回復位なら十分すぎる効果がある――まさか、魔獣退治位なのを求めてないんだろ?」

 言いながら店主が、後ろに並んでいる魔杖の原料になる無憂樹むゆうじゅを手にした。

「はい、回復が出来れば――よろしくお願いします」

「小さいのなら、五日ほどで出来る。造形で、何か希望はあるかな?」

「彼女に花の男神は合わないので、薔薇そうびでお願いできますか?」

 店主と蒼玉のやり取りを、蛍はぼんやりと眺めていた。下女である身分の自分に杖など、相応しくないと何とか止めようとするが言葉が出ない。

「では、五日後に取りに伺います。代金は、先にお支払いしておきますね」

 魔力の石を買った残りで、蒼玉は支払いをした。そうして代金支払い済みの木の札を受け取ると、それを蛍に握らせた。

「忘れずに、取りに来ましょうね――私が預かっていた方がいいですか?」

 武器屋から出て、再び魔力の石の店に向かった。店主は笑顔で迎えてくれて、蒼玉の杖に埋められた魔力の石の輝きに驚いた顔を見せた。

「へぇ、こりゃすごいね。石が喜んでるのを珍しく見たよ。余程相性が良かったんだな」

 石が喜ぶ、という事があるのかと蒼玉は初めて知った。そして、連れている蛍の話をして小さい魔力の石を買いたいと話した。

「花の加護でお嬢ちゃんに合うとしたら…菱亜鉛鉱りょうあえんこうはどうだい」

 出された石は、蛍のとき色に白色が混じったような不思議な色合いだった。蛍はその石の中から、僅かに色が濃い小さい石を指差した。

「この石、とても素敵ですね。この石に魔力があるんですか?」

「ええ、そうですよ。では、こちらを頂けますか?」

 店主は、「欠片みたいなもんだから」と、お金を受け取らなかった。蒼玉は何度も礼を言って、石を受け取り蛍を連れて中門へ向かった。

「蒼玉様、一体……?」

 事情が分からぬまま蒼玉についてきた蛍は、六星を待ちながら首を傾げた。問われた蒼玉は小さく笑って、木の札と魔力の石を手拭いで包んだ。

「日向さんに、『蛍に回復の術を教えて欲しい』とお願いされました。回復の術が使えると、色んな時に役に立ちます。花の加護の呪術師は、回復に向いていると聞きました。時間がある時に、練習しましょう」

「蒼玉様、母様とそんな約束を……有難うございます、本当に有難うございます」

 蛍は、泣くまいとぎゅっと唇を噛んで蒼玉に頭を下げた。そして、出会ってからずっと優しくしてくれる心も姿も美しい蒼玉に、何時か恩を返すと深く心に誓った。

「待たせたな――と、どうした?」

 泣きそうな蛍の様子に、到着した六星は不思議そうに二人を見比べた。蒼玉は着替えと何か巻物のようなもの、頼りになる大剣を抱えた六星と蛍を促して、中門を通り抜けて城内に入ると蛍の杖について話した。

「いいんじゃないか? 回復は、簡単だがあるのとないのとでは随分変わってくるからな――戦いが始まる今、必要とされるもんだ。蒼玉に教えて貰っときな」

「……はい!」

 蛍も、随分と肝が据わってきたようだ。そもそも、彼女自身が罪人ざいにんではないのだ。功績を上げれば、今より良い待遇になるかもしれない。六星の部屋は、蒼玉の隣らしい。簡単な荷物と武器を置いて、三人は梵天と王に会えるまで特にする事が無く人のいない食堂で茶を飲みながら待っていた。六星は、先ほどの巻物を持っている。

「ここにいたのか」

 そこへ、統星が顔を見せた。僅かに緊張した顔になっていた。

「王と梵天様、妙見様と五曜様がお会いになるそうだ。用意は良いか? ――さすがに蛍は謁見室の前で待って貰う事になる」

「承知しています」

 蛍が頷くのを確認して、統星は蒼玉と六星らを連れて廊下を歩く。そうして、梵天に拉致された右側の王室に通じる廊下を渡る。ここを通ると蒼玉はその時の事を思い出して、無意識に六星に体を寄せた。六星はちらりと蒼玉の顔を見て、何も言わず彼の手をぎゅっと握りながら歩いた。暫く四人で歩いていると、大きくて豪華な装飾がされている扉の前に辿り着いた。

「蛍はここで控えていてくれ、では――失礼します、蒼玉並びに六星が参りました」

 統星が大きくそう言うと、大きな扉が上級使い手により開けられた。


 中には、大きくて豪華な寝台が中央に置かれていた。そこには、随分と痩せ弱った姿の――紺碧こんぺき色の髪と瞳の、水の加護を持つ沖昴おきすまる王と思われる男が横たわっている。その寝台の後ろ側に、妙見王女と梵天王子、五曜王子の姿も見えた。王の寝台の周りには、取り囲むように上級使い手が控えていた。

 それよりも、蒼玉は驚いて思わず声を上げてしまった。


蛍石ほたるいしさん!」

『蒼玉! 嬉しいよ、あたいの為に、ここまで来てくれたんだね……愛する人と息子に会えて……本当に嬉しいよ……!』

 先ほどまで王の傍に寄り添っていた、もう既に亡くなった蛍石――安曇あずみ側室妃が、華やかな笑顔を見せて蒼玉の前に移動して触れられないまま抱き着いた。臙脂えんじ色の高く結い上げられた髪に豪華な柄物の着物に金糸の単姿――それは、側室妃の頃の姿なのだろう。

「もう一度会えるなんて……本当に、私も嬉しいです。ああ、失礼しました。安曇様……」

「――やはり、本当に見えるのか……」

 やつれた姿とは思えない、張りのある声が部屋に響いた。そこで蒼玉は王の前だという事を思い出して、六星に促されて床に膝をついた。

「……構わん。そなた、安曇は何か言っているか……?」

 王は僅かに手を上げて振ると、上級使い手に指示されて立ち上がった。蒼玉は、姿が半分透けている安曇に視線を向けた。

『あの人は、まだ信じ切ってないみたいだね――蒼玉、こう言ってくれるかい? ノゴマは王の肩から飛び立ちませんよ、って』

「沖昴王、安曇様が『ノゴマは王の肩から飛び立ちません』と仰っています」

 蒼玉が安曇の言葉をそのまま伝えると、はっきりと驚く表情を浮かべた。そして、僅かに涙を瞳に浮かべた。

「ああ、覚えている。そなたと森を散歩していた時に見つけたノゴマを……その喉がそなたの臙脂色と似ていて……ノゴマ妃、と揶揄からかったわれにそう言ったな……なんと懐かしい……」

 確かに、ノゴマは喉が安曇の臙脂色の様な色がついている鳥だ。

「出逢って、間もない頃の話だ――誰にも話した事はない。確かに、そなたはいるんだな……我の愛しいノゴマ……」

「……飛んで姿を消してしまって、ごめんよ……それでもいつでも、王と梵天を想っていたよ……」

 安曇が呟いた言葉を、蒼玉は口にした。それを聞いて、王は探すように手を伸ばした。安曇は直ぐに王の元に戻り、その手に触れられないまま寄り添った。

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