第八話~ブサメン(主人公)VSイケメン。負けられない戦がここにある!~


 ハルマがイメージを必死に働かせると、倒れていた阿黒は立ちあがり、その体180㎝を超えるモデル体型に鋼の鎧が装備されていく。更には身の丈ほどのある大剣を持たせ、その姿はまるで巨大な竜を狩りにでる歴戦の騎士のようだった。大してイメージ榛真は非課金ユーザーのような無職もとい無色のノースリーブに灰色のトランクス。どうあがいても負ける要素がない。


 ――よしいけ! 殺せ!!


 ハルマが命じると、重騎士はガシャガシャと音を鳴らしながら榛真に接近する。イメージとはいえ、前世の自分に容赦がなかった。武装した阿黒は大剣を両手に持ち榛真にむけて一気に振り下ろす。


 勝った! そう確信したハルマ。だが――


「ば、ばかなっ!?」


 頭をおさえ叫ぶハルマの様子に、ホワイトは首を傾げる。思わず、現実の声が出てしまうほどハルマは驚愕した。榛真は片手で、指一本で、岩をも砕き割りそうな大剣を受け止めている。一体なぜ!? 答えは簡単。ハルマ自信が、イメージ榛真の敗北を望んでいないからだ。


 ここは想像の世界であり、ハルマの深層心理が如実に現れる。高身長で高学歴、スタイル抜群のモテモテイケメン俳優に無様に負ける姿を、高卒引きこもり四十路ニートの辰巳榛真は望むだろうか?


 イメージ榛真が指をはじく。それだけで衝撃波が走り、重騎士の鎧を粉々に砕いた。一気に半裸になるイケメン。暴走は止まらない。榛真は容赦なく両手を付きだすと、そこから飛び出した気功っぽいエネルギー的な閃光がイケメンを飲み込んだ。光が晴れると、そこには無残にも真っ黒焦げになり局部を晒すようにひっくり返る、イケメンだった何かの姿が転がっていた――。


 ☆


 ボフンッ! と、突如謎の煙が上がり、ハルマの姿を隠す。


「は、ハルマさん!?」


 予想外の出来事に、ホワイトは木の影から身を乗り出した。変身魔法に煙を出す効果は無いはずだ。失敗したのか、或いはなにか別のトラブルがあったのか。


 ごくりと生唾を飲み込みながら、ホワイトは濛々とあがる白煙を見つめ続ける。そして、ゆっくりと煙が晴れ、そこから現れたものの姿に、息を呑んだ。


 まず煙の中から飛び出したのは人間の手だった。親指から小指まで、ぷっくりと芋のように丸い指が五本そろっている。続いて足元。こちらも見るからに人間の足だ。そして顔、ややふっくらした顔の節々に皺が深く刻まれ、年齢を感じさせる見た目をしている。そして問題はそこから足までの間だった。赤い鱗を纏った長い首は流線を描いて、同様に赤い鱗に覆われた胴体に繋がっていた。


 結果から言って、失敗だった。


 妄想の中であれやこれやとしている内にイメージが結局定まらず、手と足と頭だけ人間――しかも辰巳榛真の――で、あとはドラゴンのままという、普通に見た目のキモいオッサンドラゴンがここに誕生した。


「――――ぎぃいいいいいいいいいいいやぁあああああああああああああああああああっ!?!?」


 その余りの奇怪キモさに、一瞬で全身に鳥肌が立ち、目玉が飛び出すほどの驚愕の表情で金切り声を轟かせる自称女神。両掌を目の前のハルマモンスターに向けると、その上空に幾重にも重なった魔方陣が現れる。


「死ぃぃぃぃいいいいいいいいいいいい――」


「えっ、ちょっ――」


「――ねぇええええええええええええっ!!」


 ――カース・サンダーストーム!


 瞬間、音が消える。


 刹那、破壊が轟いた。


 明確な殺意を持った魔法。天を覆う分厚い黒雲から放たれた巨大な落雷が一直線にハルマを飲み込む。更にそれだけに留まらず、一点を集中的に落雷が何度も降り注いだ。大地は抉れ、木々は吹き飛び、まるで世界の終りのような衝撃が森中を駆け抜ける。やがて破壊の豪雨がやみ、雲は晴れ何事もなかったかのような静寂が取り戻される。


「……………………………………………………………………………………あっ」


 放心状態だったホワイトが我に返るがもう遅い。ついやっちゃったテヘペロ☆では済まない威力の魔法に、まるで隕石が落下したかのようなクレーターがうまれていた。


 そしてその中心で、ハルマが元の竜の姿で倒れていた。


「――ハルマさぁあああああああああああん!!」


 大声で叫び、急いでクレーターを滑り降りる。しかしハルマから返事はない。魔力を無効化する最強の盾・竜鱗ドラゴンスケイルをもってしても、爆音が鳴り響く中数えきれないほどの雷に打たれ続ける恐怖から、元人間の精神は守れなかった。無傷なハルマは白目を剥いたまま、泡を吹いて気絶している。自称女神のエルフが最強生物を倒したという、誰も知らない英雄譚がここにひっそり誕生したのだった。


 ☆


「は、ハルマさん。魚焼けましたよ!骨とってあげましょうか?」


「えっ、いや、大丈夫だけど……」


 ハルマは洞穴の中で自称女神様の献身的な世話を受けていた。


 ホワイトの魔法によってねぐらまで運ばれたハルマは丸一日気絶し、目を覚ますと前日のことを何も覚えていなかった。時計やカレンダーのように日付が確認できるものがないことも幸いし、空白の一日を過ごしたことにハルマは気づかない。


 それをいいことにホワイトも自分の罪をなかったことにして知らんぷりを装っていたのだが、流石に罪悪感を感じており、逆に鬱陶しいぐらいの気遣いを働かせていた。


「き、今日は湖で背中流してあげましょうか? な、なんなら、私の身体で洗ってあげても……!」


「えっ、いや、別にいいけど……」


「なんでですか!? こんな美少女が顔真っ赤にして恥じらいを抑えてまで提案してあげてるのに!」


「逆切れすごいな! っていうか今日おかしくない? なんでそこまでしようとしてくれてるの?」


「そ、それは……ひ、日ごろの感謝的な……」


 指摘にあからさまな動揺を見せる嘘つき女神をハルマは訝しむ。冷や汗をだらだら流すホワイトの顔をジーッとみていると、ふとあることを思い出した。


「あっ、そうだ! ホワイトに言いたいことがあるんだった」


「な、ななななななななんでしょう!?」


「俺に魔法を教えてほしいんだけど!」


 その後、再びホワイト先生によるめちゃくちゃ丁寧な変身魔法講義が始まったのだが、なかなかうまくいかず、結局三時間程度でハルマはめんどくさくなり、諦めてしまったのだった。


 ☆


「みんな、本当にいいのか? 今回のクエストはかなり危険だ。命を落とすかもしれない……」


「なにいってんのよ! それならなおさら、アンタだけに行かせられるわけないじゃない!」


「ご主人のことはミーが守るのにゃー!」


「君に救われたあの日から、この命は君のために使うと決めている。地獄だろうとどこだろうと、ついていくさ」


「……そうか、ありがとう――これより僕らは、最強の生物ドラゴンの討伐に、ドレッタの森へと向かう!」

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