第七話~レッツ☆変身魔法!~


「……魔法を教えてほしい?」


「そう! 俺にも使えるかな!?」


 鼻息を荒くしてハルマは尋ねる。天高く昇る太陽の下、ホワイトの掌の上で水洗いした衣服が風魔法によって踊っているかのように空中に漂うのを見ると、「自分もやってみたい」という好奇心が抑えられない。因みにホワイトは今下着姿である。恥じらう様子も見せずに、ホワイトは怪訝な顔をハルマに向けて、


「いや、むしろ使えないんですか……? ドラゴンって、魔力量はエルフの次に多いはずですけど……?」


「えっ……そうなの?」


「はい。っていうか、ハルマさんのブレスも魔力が源ですから、そういった意味ではもう使えているって言えますね」


 それはハルマにとって衝撃的な事実だった。てっきり体の中に、体内のエネルギー的なものを熱線に変換する器官のようなものがあるのかとざっくり思っていた。しかしあれが自分の中にある魔力を使ったものだと思うと、ちょっとブレスに対しての見方が変わってくる。誰でもできると思っていた特技が、実はすごいことだったような特別感。


「じ、じじじゃあ俺も手から火を出したり、風で空を飛んだりできるってこと!?」


 口から熱線吐けるし翼も持ってる以上、必要のない能力ではあるのだが、興奮しているハルマは気づかない。そんな彼に向かって、ホワイトはニコリと自称する女神のごとき微笑を向け、


「無理ですね」


 その希望を粉々に打ち砕いた。


「……はへ?」


「前にも言いましたけど、ハルマさんの竜鱗ドラゴンスケイルには魔法を無効かする力が備わってるんですよ。だから体の内側を通って吐き出されるブレスはともかく、外部から直接放出する系だったり、纏う系の魔法は使えませんね」


「……」


「なので、内側からの身体強化だったり、姿を人間に変えることぐらいしか――」


 うーん、と顎に人差し指を当てて考える仕草をするホワイト。しかしもう、ハルマにその言葉は届いていなかった。ぐにゃあと、歪んだ空間に放り投げられたような感覚に陥る。脳裏には前世、辰巳榛真が中学生のころの記憶がよみがえっていた。


 通販で買った表紙に魔方陣の書いてあるノートに、自分で考えた魔法と詠唱を書いていた思い出。

 そのノートをうっかり学校に持ってきてしまい、好きな女子に見られてしまった思い出。

 挙げ句の果てにその内容をクラス中にばらされ、次の日から『煉獄竜王拳うってみろよーwww』と陽キャ達に馬鹿にされた思い出。

 三十歳の誕生日、たまたま部屋を整理していたときにそのノートを見つけ出し、「まさか本当に三十歳で童貞魔法使いになっちまうとはな」と苦笑した思い出。


 ハルマの脳内検索エンジン・ハーグルが、魔法という検索ワードをもとに黒歴史を次から次へと引き出してくる。それほどまでに、ハルマはショックを受けていた。もうだめだぁ……! 一度希望を持っただけにそのショックは計り知れない。いったい自分は何のために三十歳まで童貞を守って来たのか。


 ……いや、決してこのためにきたわけではない、ただ単にハルマがモテなかっただけだ。しかし、こじらせヒキニート童貞四十路の精神は異世界転生してなお健在であり、あたかも今までの努力が否定されたかのような――


「――あれ? ホワイト、今なんて言った?」


 急激に思考が覚醒したハルマ。ぐにゃあとなっている間にも鼓膜が聞き逃せない情報を捉えていた。


「だから、放出系の魔法は使えないって」


「その次!」


「だからぁ! 内側からの身体強化や、姿を人間に変える魔法しか使えないって!」


 半ばやけくそ気味に吠えるホワイト。だが、その内容はハルマにとって天啓とも呼ぶべき救いの言葉だった。


竜鱗ドラゴンスケイルは外からの衝撃や魔力には強いのですけど、内側からの魔力的干渉の耐性は低いのです。それは古来よりドラゴンが人間に姿を変えて、人として過ごしてきたからなのですが――」


 どや顔で語られる薀蓄も、ハルマの耳に入らない。ぶっちゃけ理論云々には興味がなかった。重要なのは、使えるか否か。必殺技みたいな魔法は使えなくとも、変身魔法なんてそれこそ男の夢だ。前世で何度、「こんな顔に生まれてたらなぁ……」とイケメン俳優を指をくわえて眺めたことだろう。


「ホワイト、今まで流してたけど、君は本当に女神かもしれない。」


「いや、本当に女神ですけど……えっ、流してたのですか?」


 眉根を寄せるホワイトの表情をハルマはスルーし、両手を合わせて頭を下げる。


「お願いします! 俺に変身魔法のやり方を教えてください! ホワイト先生」


「ふっふーん。いいでしょう! このホワイト先生に任せてください!」


 先生と呼ばれた瞬間一気に目を輝かせ、腰に手を当ててふんぞり返るちょろい現金女神。かくして、ホワイト先生の変身魔法講座が始まったのだった。


 ☆


 ねぐらから少し離れた森の広場。どこから持ってきたのか、ホワイトは眼鏡をちゃきりとかけ、人差し指を立てて説明を始める。


「まず、体の内側から発動する内的魔術は、複雑な術式や詠唱を必要としません。魔力による細胞変化と、イメージが大切なのです」


 内的うんたらやら術式かんたらに関してはハルマはさっぱりわからない。しかしホワイトの機嫌を損ねないように、姿勢を正して真面目に聞くふりを続ける。その後数時間にわたり術式理論だの属性方程式だの良くわからない説明を小一時間ほど続け、


「――ってことで、変身魔法の要領自体は、体内のエネルギーを魔力によって高熱と光に変換して吐き出すブレスと同じですので、その感じでやってみてください!」


 と思えば急に説明がざっくりしてしまう。話の半分以上は理解できていなかったが、説明書を一切読まないタイプのハルマには根拠のない自信に満ち溢れていた。


「先に、どんな人間になるか想像しておいてくださいね!イメージは明確なほど、成功しやすいので!」


「わ、わかった」


 若干緊張しながらハルマは返し、万が一ブレスが暴発した時のためにホワイトと十分な距離を取った。そして大きく息を吸い、ブレスを放つ時のように体を力ませる。既にどんな人間になろうかは決めていた。


 阿黒墨彦あぐろすみひこ。前世の世界で、十頭身というスタイルとイタリア人とのハーフという端正な顔立ちで、おまけに日本最難関のT大卒という人気の若手イケメン俳優であり、「男が生まれ変わったらなりたい人物No.1」の称号を得た、まさに男の憧れ。


 ――八股がばれて謝罪会見してる様は非常にメシウマな光景だったけど……


 そんな最低なことを思うハルマ。まさかこの世界で阿黒の世話になるとは思いもしなかった。


 ――これで俺だけの異世界ハーレム王国を築きあげるのだ!


 げひひひっ! と邪な思いがそのまま醜悪な笑いに現れる。テンションが上がりすぎて人間に対する性欲が亡くなっていることを忘れていた。幸いなことにホワイトの位置からはハルマの表情までは見えない。あふれ出る笑いを堪え、脳内で阿黒の姿を思い出す。


 ――イメージ、イメージ……


 邪心を捨てて、ひたすら阿黒の体をイメージする。すると、体の内側から不自然な脈動を感じた。どくん、どくんっと体の中を何かが蠢いているような感覚。正直あまり気持ちのいいものではない。だが、これもイケメンになるためと思えば余裕で耐えられた。ぐにょぐにょと体が作り替えられていく感覚に耐えながら、必死に阿黒の顔を思い浮かべる。堀の深い顔、サラサラの金髪、青い瞳、高い鼻、セクシーな唇。


 しかしここでハルマも予想だにしないことが起こった。阿黒のイケメンの顔を意識しようとすればするほど、それと対を為すブサメンの自分が顔を出すのだ。必死に脳内から追い出そうとするが、意識しないようにすればするほど、醜い体を携えてイメージの中に侵入してくる。やがて無遠慮にズカズカとイメージの阿黒に近寄っていき……、


 ボカンっ! と、後ろから阿黒の後頭部を殴りつけた。


 ――な、何してるんだ!?


 その威力が以外にもつよく、イメージ阿黒は吹っ飛んでしまう。急いでイメージ榛真を退場させなければいかない。しかしイメージ榛真は我が物顔でその場に横になる。イケメンを吹っ飛ばせたことが嬉しいのか、ニヤニヤしながら腹を掻いていた。流石は自分、クズっぷりは他の追随を許さないと言ったところか。だが、譲るわけにはいかない。己の目指す夢のハーレムルートのために!


 かくして、ハルマの脳内で己の未来を切り開くために、己自身との戦いが幕を開けたのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る