第六話~自称女神、その名はホワイト~

「ハルマさんハルマさん」


「……なに、ホワイト?」


「目玉抉り出してもいいですか? 高く売れるみたいなのですよ」


「いいわけないよね!?」


 物騒な物言いに思わず突っ込むハルマ。本気か冗談か、ホワイトと呼ばれたエルフの少女は「ちぇ~」と口を尖らせる。


 拾ったエルフの少女――ホワイトがハルマの塒に住み着いて三日が経とうとしていた。初日こそハルマに恐怖していたものの、次の日の夕方にはすっかり心を開いていた。コミュニケーション能力の低いハルマにもぐいぐい話しかけ、その人柄の良さにハルマはもし自分が人間だったら好きになっていただろうなと少しさみしく思う。


 基本的に一人が好きなハルマだが彼女とはストレスなく話せるため、追い出すこともせずに寝食を共にしていた。ホワイトも短期間でハルマが無害なことがわかると平気で全裸で水浴びしたり、「枕が高くないと寝られない」という理由で、ハルマの体に頭を乗せて無防備に寝顔を晒すようにまでなっていた。そのたびにハルマは自分の性欲が無くなってしまった事実を突きつけられて実はこっそり傷ついていることを、彼女は知らない。


 そして、ホワイトが住み着くようになってから、劇的に変化したことが一つある。


「ホワイトー、とって来たよ」


 手に木製の籠を持ちながら洞窟に入る。籠の中には五匹の魚がぴくぴくと小刻みに震えていた。それらはハルマが自らの手で取ってきた魚たちだった。ドラゴンになって向上した動体視力をもってすれば、湖を泳ぐ魚も止まっているに等しい。だが、手のひらから伝わる魚の感触が気持ち悪く、掴んでは逃し掴んでは逃しを繰り返してしまった。おかげでたった五匹とるのに半日以上もかかり、周囲はすっかり暗くなってしまった。


「もー、遅いですよハルマさん! お腹ぺこぺこです!」


 頬を膨らませて駆け寄るホワイト。しかしこの三日の間に彼女はハルマのドラゴンっぽくなさを完全に理解しているため、必要以上に責めることはしない。


「じゃあそこの木の枝にぶっ刺して、殺しちゃってください!」


「最後のいらなくない!? ……っていうか、ホントにやらなきゃダメ?」


「ダメです! ほんとハルマさんってそういうとこよわよわですよね。ホントはドラゴンじゃなくてチキンなんじゃないのですか?」


 さしてうまいこと言ってもいないのにドヤ顔するホワイトに腹はたつものの、イカツイ図体をしているくせに魚が怖いハルマは言い返せない。力を入れるたびにビクンッと跳ねる魚に何度も悲鳴を上げつつも、なんとかすべての魚に枝を通す。それをホワイトが用意した枝と葉が積まれた山を中心に、円になるように地面に突き刺していく。全て差し終わると、ホワイトが中心の山に掌をかざし、目を閉じた。


「――フレアスピット」


 ホワイトが発した言葉に合わせて、掌に小さな魔方陣が浮かび、そこから小さい火の粉が飛び出し、枝に触れるとたちまち火が起こった。


 そう、彼女は魔法を使うことができた。漫画やアニメの中の世界のモノでしかなかったそれを目の当たりにした時のハルマの興奮は大きかった。初めてホワイトが魔法で火を起こしたのを見た時には、興奮しすぎてつい放ってしまったブレスが遠くの山を一つ消し飛ばしたものだ。


「いや~、いつ見てもすごいなぁ~」


 パチパチと音を立てて燃え上がる炎を見つめながら、焼き上がった魚を頬張る明らかに年下の少女に尊敬のまなざしを送るハルマ。その視線に気を良くしたようにホワイトはえへんと胸を張る。


「ふっふ~んっ、なんたって私は女神ですからねっ! もっと崇め奉ってもいいのですよっ!」


 むふんっ、とどや顔で鼻息を荒げるその口元には魚の小骨がいくつも付着していた。彼女は最初に名乗った時にも自分のことを女神だと言っていた。容貌はともかく、言動といい所作といい、とても神様には見えないためハルマはそこに関してはスルーすると決め込んでいる。


「でも、魔法使えるんなら、あんなにおびえることなかったんじゃないの?」


「いやいや、なにいってるのですか? ドラゴンの鱗は魔力を無効化するじゃないですか!」


「えっ、そうなの!?」


「……今更ですけど、ハルマさんっていままでどうやって生きてきたのですか……?」


 素で驚くハルマに、ホワイトは訝しむ。なんとなく互いに過去を詮索するような会話は避けていたが、自分の体のことについて基本的なことも知らないハルマを、さすがにホワイトは怪しく思った。ハルマはしどろもどろになりながら、「いや今まで人間とあったことないから……」と小声でごにょごにょ言い訳をする。素直に「異世界から転生した」と言ったところで、信じてもらえないのは目に見えていた。


 ハルマの呟きにホワイトは納得してないように顔を顰めるが、それ以上詮索することはなく、魚にかぶりつく。ハルマも枝から魚を引き抜き魚を丸ごと口に放り込む。久しぶりの動物性蛋白質に体のそこからエネルギーが湧いてくるような気がした。


 陸上動物に関してはまだハードルが高いため捕獲して食べるには至らないが、食材に魚が加わったことで食生活が豊かになった。


 しかし彼らは気づかなかった、自分たちが行っていることの意味を。だから、その事件は起こるべくして起こってしまったのだろう。


 ☆


 遠く離れた街の冒険者ギルド。そこの掲示板に張られた、とある依頼が注目を集めていた。


『ドレッタの森に巣食うドラゴンの討伐。報酬金:金貨百枚』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る