第三話~ヒロイン(?)現る~


 まさかの打ち切りエンドかに思えた辰巳榛真の転生異世界生活。相も変わらず惰眠をむさぼるスローライフを送っていたハルマだったが、しかしさらに一週間後、彼はあることにようやく気が付いた。


「この体、燃費悪すぎる……」


 愚痴のような独り言を呟きながら、ハルマは大空を飛行する。当たり前の話だが、ドラゴンだって生きている以上腹が減る。しかもハルマの体は人間の頃よりも何倍も巨大であり、その場に息をして存在しているだけでも相当なエネルギーを必要とするのだ。


 既にねぐらの周辺には、もうきのみが見当たらなくなってきていた。泉の水で空腹を誤魔化すのも限界を感じ、しぶしぶきのみを求めて遠出することになってしまったのである。


「やっぱり狩りをするべきなのかな……でも調理する方法もないしなぁー……」


 この森には動物も多種多様に生息しているが、いくらドラゴンに転生したとはいえ一般人の倫理観を持っているハルマは狩りをしたところで生肉を食する気にはなれない。ブレスでなんとか火を起こせないかとも考えたが、熱が大きすぎてたちどころに全てを灰にしてしまう上に、一発うつだけで非常に疲れる。木の棒で板を擦るという原始的な方法も考えたが、きのみで生活できる現状、そんな面倒をおこす必要もないと考えた。


 だが食料調達の度に遠出する手間を思うと、やはり何か対策を考えるべきだろう。そんなことを憂鬱な気持ちで考えつつ翼をはためかせる。ドラゴンになったおかげで敏感になった嗅覚で、きのみのにおいがするエリアを探しながら森を旋回する。しかしふと今まで嗅いだことのない匂いを鼻腔が捉え、思わず進路をその匂いのする方向へ変更した。


 すんすんと鼻を鳴らしながら、その匂いのもとの真上まで移動する。下に目を向けると、木々の間に何かを発見した。


「あれって……人?」


 高度を下げ、少し離れた広場に着陸する。なるべく地響きを立てないようにしてその場所に向かうと、そこには一人の少女が倒れていた。


 腰まで伸びた絹糸のような白銀の髪に、透き通るような白い肌。いったいどうやってこの森を歩いてきたのか分からないほど一切の汚れのない純白のドレスに身を包み、開いた胸元からは華奢に見える肢体とは反して大きなふくらみが二つ覗いている。顔つきは大人びてはいるもののまだ少女のようなあどけなさを残しており、恐らく十代後半ぐらいの年齢であろう。透明感を帯びたその容姿は陽光を受けて儚げな存在感を放っていた。


 ふと、髪の間からのぞく耳の形に、ハルマは驚いた。横に長く、ツンととがった形。人間にはありえない形だが、ゲーム知識だけは豊富なハルマはそれに見覚えがあった。


「エルフ……? いや、でももしかしたらこの世界の人間ってみんなこうなのかも……」


 まじまじと少女を観察するハルマ。この世界に来て初めて人型の生物と出会ったのだから、無理もないだろう。


「……?」


 しばし少女を見つめていて、ふと違和感のようなものを感じる。しかし、それがいったい何に対してのものなのか思い当たらない。歯の間に海苔が挟まった時のようなもやもやを感じながら首をひねっていると、


「んぅ……」


 突然少女がうめき声をあげ、ぱちりと目を覚ました。至近距離で目と目が合うドラゴンとエルフ。ハルマは思わず固まってしまう。その時彼の脳内には、ある記憶がフラッシュバックしていた。それはまだ前世で人間だった時、コンビニの女性店員から豚を見るような視線を浴びせられ、お釣りを投げつけるように渡された記憶。


 余談だがその夜は一晩中大人のサイトを見漁り、奇跡的にその店員とそっくりな女優を発見し、そのサンプル映像で自分を慰めたのだった。それが、彼が生身の女性と目を合わせた最後の記憶。トラックに轢かれるおよそ三年前の出来事である。


 そのことを思い出しながら、竜になっていることも忘れてハルマは少女をみつめていた。時間にしてたっぷり十秒間。宝石のような金色の瞳に目が一瞬大きく開く。少女の顔がだんだんと驚愕に染まり、みるみる血の気が引いていき、


「───きゃああああああああああ!?!?」


 甲高い叫び声を上げ、白目を剥いて失神した。よほどショックだったのか、口の端から泡が噴き出ている。目を覚ました瞬間に眼前に巨大な怪物がいるのだから、当然と言えば当然である。


「……」


 もちろん、その原因は自分がドラゴンであるが故であることは分かっている。わかっているのだが、前世が前世なだけあって、目が合っただけで少女を気絶させてしまったという事実に、ハルマは深く傷ついたのだった。

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