第四話~違和感と同人誌~
気絶した少女をそのままにするわけにもいかず、きのみと女性を抱え
「……また倒れられても困るし……」
つい数刻前の少女の驚愕に満ちた顔を思いだし、しょんぼりしながら少女の頭の近くに幾つかきのみを置いてから、距離を取る。洞窟の入り口に寝転びながら、自分もきのみを食しつつ外の景色を眺める。洞穴のすぐ外には広い湖があり、太陽の光を反射してキラキラと輝いていた。いつものようにその光景を眺めつつ、いっそのこと
「うぅん……ここは……?」
うめき声を上げながら、少女が体を起こす。倒れる前の記憶が曖昧なのかしばらくボーっと掌を見つめていたが、何かに思い至ったかのように顔を上げると、洞穴の入り口に横になるハルマを見て顔を青くする。
「ひぃいいいいいいいいっ!!」
悲鳴を反響させながら、外とは反対方向に少女は走り出す。しかしそこまで深い洞穴ではなくすぐに行き止まりに突き当たってしまった。絶望の表情を浮かべながら壁に背を貼り付け、恐怖で全身を震わせる。あまりの取り乱しように更に落ち込むハルマ。だがそれも彼がドラゴンである以上仕方のないことだ。
こほんと一つ咳払いして、少女の警戒を解こうと笑いかける。しかし何度も言うように、今の彼はドラゴンだ。軽い咳払いは狭い室内で暴風を生み出し、鋭い牙をむき出しにする笑顔は、さらに恐怖を呼び起こさせるものでしかなかった。
「あ、あの~お嬢さん。まずは落ち着いて、話でもしようか?」
さらに女性と話すのになれていないハルマの震えた声は、ドラゴンの声帯を通っておどろおどろしい響きを持たせる。当然少女の警戒は全く薄れることもなく、今にも泣きだしそうな顔でおそるおそる口を開いた。
「あ、あの、私あんまりおいしくない、かもです……か、かわいいからそう思っちゃったのかもしれませんけど、さいきんちょっとお肉付いてきちゃってるので……あ、あぶらっこいかも……」
「……」
この状況で自分のことをかわいいと言える胆力は大したものだが、事実ではあるためいちいち突っ込まない。どうやら少女の恐怖の源は、ハルマが彼女を食料として見ているという勘違いから来ているようだ。ならばその誤解を解かなければと、ハルマは距離をさらに半歩広げる。
「い、いやいや、食べない食べない! 僕は人間は食べないんだよ! 見て、たくさんきのみが置いてあるでしょ? これ食料用だから!」
そう言って近くにあったきのみの山を指さす。少女はきのみとハルマを何度か交互に見た後、サッと自分の胸を隠すようにして、
「じ、じゃあもしかして……私を【ピー】するために連れてきたんですか?」
「なに言ってんの!?」
突然美少女の口から飛び出した、規制間違いなしの18禁ワードにハルマは目を丸くして突っ込む。
「だ、だって! 私みたいな 美少女を前に、人外と言えど理性なんて保てるわけがないじゃないですかっ! きっと私のわがままボディを気のまま思いのままにする気なのでしょう!? エロ同人みたいに!」
「しないわ! っていうかうまいこと言おうとしてるあたりさては結構余裕だろ!」
ハルマのツッコミが洞穴に響く。だがその直後に、ふとあることに疑問を抱き首を傾げた。前世でエルフ×ドラゴンのR指定本を興味本位で購入し、その内容が以外にも自分の性癖にマッチしたため、一週間はその同人誌をおかずにしていたことを思い出したのだ。
いわば、この状況は、自分にとって絶好のシチュエーションでもあるはず。なのに、なぜ全くそういう思考に至らなかったのか、自分で不思議で仕方がなかった。
「あ、あの……まさか本当にしないですよね……?」
突然黙ってしまったハルマに、少女は本気で身の危険を感じて後ずさる。だが、今のところハルマに少女をどうこうしようという気はなかった。
「……残念ながら、今はそういう気分じゃないんだ。怪我もしてないみたいだし、このまま出て行ってかまわないよ。あと、そこのきのみも適当に食べていいから」
ハルマは再び体を横にしながら外へと目を向ける。景色を眺めながらしばらく呆けていると、ぐぅ~っとうなり声のような音が鳴った。目だけ動かして後ろと見ると、少女が顔を赤くしながらお腹を押さえていた。どうやら腹の虫が鳴ったようだ。つい先ほどとは打って変わって緊張感のない音にハルマは吹き出しそうになる。しかしこれ以上少女を刺激するとまたパニックを起こしかねないため、こらえつつ目を閉じた。黒に染まる視界の中で眠気が覆いかぶさってくるのを感じながら、ふと少女の発言を思いだし、ある疑問を抱く、
(……エロ同人誌、この世界にあるんだ……)
どこか神聖的なイメージのあった異世界が俗っぽいものに思えてきてしまう。異世界であっても人間考えることは一緒ということか。そんなことを考えていると、ハルマの聴覚が背後で少女がきのみにかじりつく音を捉える。よほど空腹だったのか、そのペースは徐々に速くなっていくのをASMRのように効いていると、睡魔が加速度的にハルマの思考を侵食し始め、まだ日が高いにもかかわらずハルマは眠りについたのだった。
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