第二話~ご愛読ありがとうございました~

 ~前回のあらすじ~

 折角異世界に転生したのに、冒険に繰り出さないハルマ。


 時は一週間前に遡る。


 湖に映る自分の姿に呆然とするハルマ。確かに転生した姿はチート能力をもつイケメン貴族ではないし、巨乳の幼馴染も従順なケモ耳娘もくっころが似合いそうなお姉さん騎士もいない。


 とはいえ、ドラゴンである。


 ドラゴンといえば、ロボットに次いで『男の子の好きなもの』ランキング上位に食い込む存在のはずだ。ハルマも少年時代、当時流行ったトレーディングカードゲームではドラゴンの種族で固めたデッキを組んで遊んでいたものだ。


 余談ではあるが、そのころから友達のいなかったハルマは部屋で1人でカードを広げ、「スゴイぞー! カッコいいぞー!」と遊んでいるだけだった。


 そんな、ちょっぴり苦いドラゴン大好き期を過ごした彼は、最初人間でないことにショックを受けつつも、しばらくして考えを改めた。


「この体なら、人間にできないことができる!」


 そう思うと、現金にも期待で胸が躍ってくる。まず初めにすることといえばもちろん、飛行だ。首を後ろに回してみると、蝙蝠の羽を何十倍にも大きくした翼が背中に畳まれていた。人間の時には意識したことのない背中の筋肉を動かすイメージで力を入れると、ゆっくりと翼が広がっていく。おそるおそる翼を一振りしてみると、それだけで強風が吹いた。


 いける……! 根拠のない自信に突き動かされ、背中に力を入れて無我夢中で翼を動かす。木々をなぎ倒しかねないほどの台風のような風を巻き起こしながら、体が徐々に浮遊していく。だんだんと翼の動かし方もなれてきて、一度大きく羽ばたかせると、巨大な質量をもった体がぐんっと急上昇した。


「おわっ!?」


 初めて体験する高度に思わず恐怖を感じつつも翼は動かし続ける。ドラゴンの本能的な部分で理解しているのだろう、誰にも習ってないはずなのに、スムーズに空中を滑っていく。


「す、すごい……!」


 それは、思わず感嘆の声を漏らしてしまうほどの絶景だった。


 雲一つない青空と、そこに輝く太陽。周り一面の緑に、天高く聳える巨大な岩山。遠くの方に小さな集落も見える、そこには人間が住んでいるのだろうか。お邪魔してみようかとも考えたが、ドラゴンの自分が行ったところでただ怯えさせるか、追い払われるだけだろう。


 ハルマはゆっくりと高度を落としながら、岩山から少し離れた場所に下りる。次に試したいことを思いついたのだ。人間の数倍の大きさを持つ自分よりもはるかに高い岩山の頂点を見上げ、喉の奥に力を入れる。


 やはりドラゴンといえばドラゴンブレス。鱗の色からしておそらく火を吐くのだろうと予測し、昔見た特撮映画の怪獣の姿をイメージして、思いっきり咆哮する。


 ―――ゴォオオオオオオオオオオオッ!


「……あ、あれ?」


 しかし、喉の奥から出たのはただの叫び声だった。それだけでも近くを飛んでいた小鳥が気絶するほどの威力をもっていたが、そんなものでハルマは納得しない。


 それから何度もチャレンジしてみたものの、でるのはウオオオオッ! ウオオオオオッ! という叫び声ばかり。気付けば日も暮れはじめ、落胆しながら仰向けに煽れる。


「はぁーあ、もう疲れたし、ブレスは諦めるかなー」


 元々が飽き性なため、空を仰ぎながらそんなことを1人ごちるハルマ。ボーっとただ流れる雲を眺めていると、ふと耳障りな、しかし耳なじみがある音が聞こえ長い首だけを起こす。


「……ハエ?」


 小型の虫の羽音が聞こえるが、周りを見回しても発生源は見つからない。だが突如、


「ふがっ!?」


 口の上から違和感を感じた。正確には鼻の中で何かが暴れている。内側から小針の先端でつつかれているようなむずがゆさは胸奥にまで伝播し、空気が一気にこみ上げる。


「―――っくしゅぅんっ!」


 ―――それは、ただの生理現象ではなかった。


 口から飛び出したのは、空気と、飛沫と、閃光。


 灼熱の温度を持つ光線が、岩山目がけて木々を焼き消しながら一直線に飛んでいく。光は岩山に命中すると、その熱で空気が一気に膨張し、周囲に爆炎と黒煙をまき散らす。あまりに突然のことに茫然とただその光景を見つめることしかできないハルマ。やがて黒煙がおさまると、そこに残っていたのは焦げた大地と、灰と、抉れて赤く染まった岩壁。


 偶発的とはいえ、間違いなく自分が起こした破壊の跡に、ハルマはしばらくポカンと固まっていたが、


「…………―――すぅっっっっっげぇえええええええええええええええっ!」


 腹の底から湧き上がる興奮に身を任せ思わずぴょんぴょんと飛び跳ねる。そのたびに地響きがおこり木々から木の実やら虫やらが落ちていくが、ハルマは気にしない。それからコツをつかみ、空に向かって一発、二発と熱線を吐きだていく。三発目からは威力が落ち始め、五発も撃つと疲労がドッと体にのしかかり、力が抜けて地面に倒れてしまう。息を切らしながらハルマは暗くなりはじめた空に浮かぶ白い月に触れるように手を伸ばす。人間には決して味わえない、最強の力を手に入れたという高揚感がそこにあった。


「これで俺は……俺は変わるんだ!」


 かくして、異世界に来て本気を出したニートの冒険活劇が幕を開けた!


 ……かに思えたのだが、


 ☆


「飛行は背中が疲れるし、ブレスは破壊力高すぎて怖いし……やっぱ何もしないでのんびりするのが一番だぁ~」


 結局三日も経たずに飽きてしまったハルマ。幸か不幸か、きのみが豊富なこの森では食糧に困ることはなく、見つけた洞穴もハルマの巨大な体を入れて余りあるほど広い上に湖が近くにあるという優良物件。しかも当然のように家賃もないこのベストプレイスで、誰に気を遣うことなく平和でのんびりとした生活を送っていた。


 馬鹿は死んでも直らない。ヒキニートは竜に転生したところでヒキニートだった。ヒキニードラゴンだった。


 こうして、彼は異世界で憧れの冒険に旅立つこともなく、洞穴の中で太陽が昇って沈むのを毎日眺める生活を過ごすのであった。


 竜になったニート


 ~完~


 ☆


「――って、終われるかぁあああああああああああああっ!!」


 ハルマのねぐらから遠く離れた森の中。未登場のまま作品を終わらせられそうになった悲しきヒロインの叫びが、夜の空にこだました。


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