第一話~思ってたんと違う~


 目を開けると、そこは森の中だった。


 ハルマは数秒もの間、目の前の光景をただ見つめ固まってしまった。もう一度目をギュッと閉じ、開けてみる。しかし景色は変わらない。イキイキと天を目指して背を伸ばす木々も、キラキラと陽光を反射して煌めく透き通った泉も、物語の中でしか見たことのない美しさに思わず茫然とその場に立ち尽くす。


「物語……!?」


 頭の中に浮かんだワードに、一気に思考が覚醒する。そうだ、自分は確かトラックに轢かれたはずだ。死を覚悟して目を閉じてどのくらい時間が経ったのかわからないが、気付いたらここにいた。病院ならまだしも、怪我人をこんな眺めのいい森の中に放置することがあるだろうか。


 もしかしたらトラックの運転手が隠ぺいのためにハルマの身体をここまで運んだ可能性もなくはないかもしれない。だが、見渡す限り樹海じみたおどろおどろしさのない、空気の透き通った爽やかな泉のほとりに死体を捨てる可能性は極めて低いだろう。


 つまり、である。そこからハルマが導き出した結論は一つだった。


「やった……俺は異世界に転生したんだぁああああああっ!」


 両手を上げガッツポーズと共に天を仰ぎ、これからの展開に胸を躍らせる。


「チート能力をもって生まれた俺は、様々な種族の美少女を助け、その全員から好意を寄せられ、ハーレムパーティーを結成。そしてこの世を支配する魔王を倒し、パーティーの中から一番巨乳でエロいヒロインと結ばれ、二人は幸せなキスをして終了!」


 期待と性欲を膨らませ、そんな妄想ストーリーを口にする。まるで自分を中心に世界が回っているかのような全能感に包まれる。しかし、ふとある違和感に気付いた。


「……あれ?」


 腕の位置がおかしい。いま自分は両手を上に突き挙げているはずだ。しかしハルマの視界には青空のみが視界を覆っており、腕らしきものは見えない。


 視線を下にしてみると、そこに腕らしきものがあった。だが、それは明らかに人間の者ではない。赤い色にギザギザとした鱗に覆われ、指も三本で先端が異様に尖っている。


 さらに、手前に見える体も腕同様赤い鱗に覆われている。ここまで見れば、前世で引きニートしながらファンタジーゲームに耽っていたハルマでなくても、今自分がどういう姿をしているのか想像に難くないだろう。


 しかし、その事実を認めたくなかった。一縷の望みをかけて、おそるおそる湖を覗き込む。底が見えるほど透明度の高い水面は、うっすらとハルマの顔を映し出し、彼の望みを打ち砕いた。


 透けた水面の向こうから見返してくるのは、腕同様に赤い鱗で覆われた巨大なトカゲのような顔。長く大きい口にズラリと並んだ鋭利な牙。頭の後ろには山羊のように捻じ曲がった二本の角。


 そう、つまり、彼はこの異世界で、


「なっ、なっ―――」


ドラゴン”に、転生したのだった。


「―――なんじゃこりゃああああああああああああ!?」


 天に向かって、ハルマは吠える。その咆哮は圧倒的な音圧をもって大気を揺らし森全体に轟いた。臆病な草食獣も、凶暴な肉食獣も、泉を泳ぐ魚たちも、ハルマを除いた森中の動物たちがその瞬間意識を失ったのだった。



 ☆



「やばい、実家並みに落ち着く」


 転生して一週間。巨大な体が入ってなお余るほどの洞穴を見つけたハルマは、ここ四日の間ずっと引き籠っていた。


 ……いや何故!?

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