竜になったニート

叶川史

プロローグ~恥の多い生涯を以下略~


 ――あぁ、やってしまった……。


 辰巳榛真たつみはるまは霞む意識の中で後悔に苛まれる。


 およそ十ヵ月ぶりの外出にもかかわらず、運悪く大型トラックに轢かれてコンクリートの上を転がっている現状に、涙を超えて笑いがこみあげてくる。


 即死せずわずかに意識が残っていることは、決して幸運などではない。おかげでハルマは動けない状態で、全身に激しい痛みを感じたままただ空を見上げるしかないという地獄の時間を過ごしていた。


 しかし、永遠にも感じるただ苦痛に耐える時間は唐突に終わりを迎えはじめた。目を開いているはずなのに、視界を暗闇が覆っていく。その中でハルマは、自分の今までの人生がダイジェストのように流れていくのが見えた。あぁ、走馬灯って本当にあるんだ。なんて他人事のように思いながら、まるで映画鑑賞をしているような感覚で、その映像をみつつ物思いにふける。


 苦節三八年、思えば自分の人生は後悔ばっかりだった。


 幼年期、少年期、青年期、そして壮年期の今に至るまで失敗続きの負け組人生。あまつさえ四十路に差しかかろうとしているにもかかわらず、親のすねをかじり続けるニート生活。


 そんな彼が今日発売の新作ゲームソフトを買いに出かけたのが運の尽きだった。クレジットカードの使用を止められているためネット注文は出来ず、悩みに悩んだ末に外に出た結果がこれである。


 ――ホント、誰だよ“やらない後悔よりやる後悔”なんて言ったやつ。絶対ゆるさねぇ。末代まで呪ってやる。


 そんな理不尽かつ的外れな恨み言を思うハルマ。そもそも車に轢かれたのも、人通りの少ないT字路の横断歩道を赤信号にもかかわらず駆け足で渡ろうとした結果であり、言ってしまえば自業自得だ。


 しかし彼をそう諭す者はおらず、そんなことを考えている間にも視界は加速度的に黒に染まっていく。ハルマは自分から目を閉じた。視界が完全に閉ざされ、意識が闇の中に落ちていくのを感じる。そのことに恐怖を覚えながらも、現代社会に毒された引きニートのプロ・ハルマの思考には一縷の希望のような考えが光を放っていた。


 もしかしたら、異世界に転生してチート能力に目覚めたりしないか、と……。


 なんて甘ったれた願い。あまりにも浅はか。百歩譲って転生というものがあるとして、何故そこでハルマのような、いい年にもなって自立もせずに親のすねをかじり続ける何の徳も積んでいない引きニートに、そんな都合のいい転生先をあたえるというのだろう。


 せいぜいクラゲにでもなって、一生働く必要もなく海を漂っている方がよっぽどお似合いだ。もしくは働きアリとして死ぬまでこき使われて、すこしでも労働のありがたみをわからせるべきだろう。


 ――そう、だから。


『この物語』は、そんな救いようのない彼のポジティブシンキングが起こした奇跡か。もしくは、輪廻転生を司る神の間違いか気まぐれか。


 辰巳榛真。彼が異世界において、幻の生物とまで言われる存在に転生できたその理由を知る者は、おそらくどの異世界にも存在しないだろう。

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