第6話 初日の祈り


クラスの自己紹介で、彼の名前が吉田 慧人くんだという事がわかった。

彼の自己紹介は案外無難だったため、誰も気に留めていないと思うし、

一花自身も内容をあまり覚えてはいない。


「それにしても、自称魔法使いってかなり痛いけど、吉田くんて大丈夫な人なのかな。」


比奈はかなり真面目な顔をしている。

入学式後に2人でプリクラを撮りにきて、現在はカフェで今朝のことを思い出している。


「でも、すらっとしててカッコいいよね。吉田くん。」

「一花、入学式でもう好きな人ができたの〜?早いよ〜。

 かっこいい先輩とかまだまだいるんだよ〜!」

「わかってるけどさ。やっぱ縁があるっていうか。恩があるっていうか。」

「恩て!昔話か。恩感じた人、全員好きになってたらキリないよ〜。」

「そりゃあ、ちょっと見た目が好みってのもあるかも知んないけど。

 鶴の恩返しの鶴だって、好みの人じゃ無かったら恩返してないと思う。」


「何それ〜!でもなんかわかる!」と笑いながら比奈はフラペチーノを飲んだ。

そして、「本気になったら教えて。」と一呼吸おいて本気顔で言った。

「ありがとう。」一花はそれに、笑顔で答えた。


 今日という一日が終わってみて、だけど思い出すのは吉田くんのことばかりだ。

家は近いのかな、とか。何の本を読んでいたんだろうな、とか。スラリと伸びた足だったり、サラサラの黒髪だったり。前髪で隠れた、少しつった切れ長で、でも大きい目だったり。あとは、あんなにユーモラスな感じなのに、普通の自己紹介だったこととか。一花にとって、こんなに興味を惹かれた人は今までで初めてだった。

ふと、朝拾って貰った定期入れを鞄から取り出してみる。一花は、それをギューっと両手で握った。「俺さ、魔法使いなんだよね。」少しハニカミながら、その定期入れを差し出した吉田くんを思い出す。


あ、やっぱ好きかも。


少し長めの前髪が風に揺れて、吉田くんのハニカミ笑顔を美化させる。


もっと、笑ってるとこ見てみたいな。


一花はぎゅーっとなった心臓を落ち着かせ、顔の前で定期入れを握った。


「ん?」


定期入れが臭い気がして、嗅いでみた。


「くさっ。」


嗅いでみると、やっぱりなんか臭かった。

何の匂いかは分からなかったけれど、まあ汚い道路に落ちていたんだろうし。

吉田くんとの思い出をフローラルに変換させるため、一花は除菌シートで拭いたあと、香水を何発か定期入れに発射した。

もう一度嗅ぐと、定期入れはそれはそれはいい香りになった。

気を取り直して、一花は願った。


「明日、また話せますように。」




一方、吉田 慧人は、即家に帰ってシャワーを浴びて、ベッドに突っ伏した。

夜になるまでとにかく寝た。何故なら、全く自分が思っていたような高校デビューを果たせなかったからだ。慧人の予定では「カッコいい自己紹介」を演じる予定だった。しかし、いざ自己紹介の順番が回ってきた時、ひよって皆と同じことしか言えなかったのだ。そう、これがモブ体質である吉田 慧人のNOROI (呪い)!


「あー、俺はどうしていざという時に勇気を振り絞れないんだ。あんなに小さい頃アンパンマンを見ていたというのに。俺は今まで一度も愛とも勇気とも友達になれたことがない。」


 夕飯までは悪夢を見た。自分だけアンパンマンの友達になれなかったという悪夢だった。何なら、若干金縛りにあって起きた。極度の緊張感の中で一日を終えたからだった。

 夕飯は入学式という事もあってか母特製のちらし寿司だったが、何度もダイニングテーブルの周りを周って、何故か慧人にだけ錦糸卵を強請ってくるヨーグル(キャバリア犬)のせいで、ちらし寿司は禿頭のようだった。

風呂も済ませて、よし寝ようと思った矢先、唐突に慧人は今朝の出来事を思い出した。そうだ、朝は勇気を出せていなかったか?何ならすこぶる可愛い女の子の落とし物を拾ってあげたではないか。慧人は、少し気分が良くなった。が、自分のおニューの制服にヨーグルがうんこ付きの足で戯れてきた事を思い出し、すぐさま制服に除菌スプレーを施した。色が変わるくらい濡れたが、明日の朝には乾いているだろう。


そして、同時にあの可愛らしい同じクラスの女子を思い出した。更にその定期にうんこが付いていたことも思い出し、「できれば、彼女が定期を嗅ぎませんように。」と祈った。
















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マジカルかっこつけ吉田くん nandemo arisa @arisakm

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