村長の謀

 村長むらおさは、奥座敷へお鈴を運ぶように指示を出した。


「お鈴を奥座敷へ放り込んでくれ。村の代表として、お鈴と二人っきりで話がしたい。皆は、わしが使いを送るまでそれぞれの家でゆっくり休んでいるがよい。おぉ、そうじゃ。わしの裏庭の井戸から水を汲んで行くがいいぞ。此度の礼じゃ」

「水を!! 村長むらおさ殿、ありがとうございます」

 川の水が底をついてきて、飲み水の確保に苦慮していた男衆たちは大喜びだ。


 村長むらおさにしてみれば、もうすぐ雨が降るとわかっているのだから、自宅の井戸水を分けてやるのは造作ない。村人のご機嫌が取れて、自分の利になるだけだ。

「礼なんかいらん。村長むらおさとして、当たり前のことをしたまでじゃ」

 腹の底でほくそ笑みながらそう言うと、お鈴のいる奥座敷へと急いだ。


 高揚する心を抑え切れないのか、村長むらおさの顔から笑みが零れる。厭らしい笑みだ。

(何も知らない可憐な花を摘むのも良いが、毒を孕み美しくなった花を摘むのもまた乙なものよのう)

 襖を開ける村長むらおさの目に映ったのは、縄で縛られ畳の上に転がるお鈴の姿。着物の裾がはだけ、しなやかな太ももが露わになっている。

 ごくりっと、唾を飲み込む。


「ほぉ」

 粘りつくような視線が、お鈴を捉える。

「#&%‘*#」(側に寄るな!)

 猿ぐつわを噛まされ、言葉にならない。

 村長むらおさは、お鈴の顎をくっと掴み微笑んだ。

「どれ、猿ぐつわを少し緩めてやろう。嫌がるおなごの声は、わしの体を興奮させるからのぅ」

 村長むらおさはお鈴の背後に回り、舌なめずりしながら猿ぐつわを少し緩めた。

「私に、何をするつもりだ?」

「知れたことよ。この日照りの罪を償ってもらおう。体でな」

 村長むらおさが、お鈴に覆いかぶさる。縄で縛られて、お鈴は思うように動けない。臭い男の息が首筋にかかり、おぞましい手が胸をまさぐる。


 嫌だ! 嫌だ!! 嫌だ!!! 誰か、助けて―――


 心の中で叫んでも、助けは来ない。自分で切り拓くしか逃げる術はない。絶望から這い上がれ! 頭を使え! お鈴の中から沸いてくる力。


「贄を穢したら、蛟さまの呪いを受けるぞ!」

 咄嗟に出た言葉だった。しかし、村長むらおさの動きを止めるには十分だった。

「なにっ?」

 疑るような目で、お鈴を見つめる。


「知らぬのか? 神に捧げる贄を穢した者はその報いを受けることを。いや、一族だったかもしれん。嘘か真か、お梅に訊ねるがいい」

 冷たい水を浴びるかのように、村長むらおさの熱が一気に冷めていく。同時に、強い怒りが沸いてきたきたのだろう。恐ろしい目つきで、お鈴を睨む。


「早く、私を拝殿に連れて行け!」

「あぁ、そうしてやるさ。だが、このままじゃ、わしの気がおさまらねぇ。お前にいい話を教えてやる」

「……いい話?」

「あぁ、お前の男、三太と言ったかな」

「それが、どうした?」

「あいつが、郷に帰る前に少し話をした。お鈴という女は、誰とでも寝る女だとな」

「なっ!」

「あの男、最初は信じなかったけどな、お鈴の右胸の下に少し大きな痣があるだろうと言ったら、顔色を変えて走っていったよ」

「……どうして、痣のことをお前が知っている? まさか!」

「まさか、なんじゃ?」


 村長むらおさは、何か思い出しながらニヤニヤしている。

「時おり湯殿でおかしな気配を感じていたが、お前が覗いていたのか?」

「あぁ。わしの趣味じゃ。もう一度、その痣を拝ませてもらいたかったが、蛟さまのお怒りを買うのは御免じゃ。それにしても三太という男も、大した器ではなかったのぅ。あれから、ちぃーとも戻って来ん。わはははははは」


 声高らかに笑う村長むらおさに反吐が出る。手も足も出ないお鈴は、怒りを含めた眼光で睨むことしかできなかった。



 


 


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