捕らわれる二人

 お梅は、村長むらおさの屋敷の戸を叩くことを一瞬躊躇った。

(あの人に全てを話して大丈夫だろうか?)

 一抹の不安が胸をよぎる。

(でも、村を助けるにはこれしかないのだ!)

 そう自分に言い聞かせ、激しく戸を叩いた。


村長むらおさ殿! 大切なお話があります!!」

 驚いた村長むらおさが、慌てて戸を開けた。

「どうしたのじゃ、お梅。血相を抱えて」

「はい。雨を降らすことができるかもしれません」

「なんと!」

「今すぐ、お鈴さまと太郎殿を捕まえて下さい。二人を蛟さまの贄とすれば、この村は助かります!」

「そうか! この日照りの原因はお鈴のせいじゃったのか!!」


 その頃、お鈴は手の中でくちゃくちゃになってしまった大巫女さまからの手紙を読んでいた。

『お鈴よ。太郎を連れて、早く逃げなされ! 近いうちにお梅は、この日照りの原因を知るであろう。そして、村を救うための行動をとる。それが、どういうことかお主ならわかるであろう? 太郎は蛟さまの『贄』として捧げられる。逃げるのじゃ、お鈴。』


 大巫女は、お鈴に雨乞いを頼むために手紙を書いたのではなかった。お鈴と太郎を案じて手紙を書いたのだ。

 しかし、村を守る大巫女の手紙とは思えない。


(大巫女さまは何故、私たちを逃がそうと……?)

 考えても、答えはでない。大巫女は死んでしまったのだ。


 村を出る心づもりをしていたお鈴ではあったが、まだ旅立ちの準備をしていたわけではない。慌てて、太郎を背負い僅かばかりのお金を懐に入れ家を出ようとしたその時、村の男衆がやって来た。


「二人を捕まえろ!」

「死んでも構わん! 痛めつけてやれ!!」

 そう叫んだのは、村長むらおさだった。少し遅れてやって来るお梅にも、その恐ろしい言葉が届いた。

村長むらおさ殿。お鈴さまを殺してはなりませぬ!」

 お梅が叫ぶ。

「どうしてじゃ? どうせ二人とも蛟さまの『贄』にするんじゃ。殺しても構うまい」

「『贄』を捧げたら雨が本当に降るのか、誰も分からないのですよ」

「だが、村の掟じゃぁ――」

「確かにそうです。村の掟では、命を持って償うべしと言われております。ですが、昔から伝えられた口伝というのは、どこまでが真実かは分からないのです。事を急いてはいけません! 失敗すれば、多くの村人が死んでしまいます!!」

「……ちっ」


 若い巫女にたしなめられ、村長むらおさは機嫌を損ねた。一方、男衆に取り押さえられたお鈴は叫んでいた。


「太郎に危害を加えるな! 蛟さまのお怒りを買うぞ!!」

 その一言で、太郎は乱暴にお鈴の背から降ろされることにはならなかった。しかしお鈴の方は、体を縄できつく縛られている。

「みなさん、お鈴さまと太郎殿を拝殿へお連れ下さい」

 お梅の言葉を村長むらおさが制した。 


「待て! 太郎は拝殿へ。お鈴は、わしの屋敷へ運んでくれ。少し、話がしたい。話が終わったら、拝殿へ連れて行こう」

 村長むらおさの目が、嫌な光り方をした。何かを目論んでいる目だ。


 お梅は、村長むらおさに話したことを後悔していた。そう、元々この日照りの原因の発端は、村長むらおさの異常なまでの嫉妬心からくるものであった。


 そのことを忘れてはいけなかったのだ。

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