第3話

 それはノエルの10歳の誕生日パーティーでの出来事だった。その日はノエルの婚約者を選定する場でもあり、多くの貴族達がパーティーに招待をされた。

 普通なら家柄や王族との関係性、素質等を踏まえて王が選ぶのだが、ノエルの意見も考慮したいとの事で今回の場が設けられたのだ。

 そのため、普段なら選ばれる可能性の低い家柄もノエルに好感を持ってもらえればチャンスがあるかもしれないと、未婚の娘達は盛り上がり、その親達も今回のパーティーにかなり力を入れているようだった。

 我が公爵家も例外でなく、お父様やお母様も私を殿下の婚約者にしようと気合いが入っていたと思う。

「カレン、くれぐれも殿下に失礼のないようにするんだぞ」

「はい!お父様」

 お父様の言葉にしっかりと頷きながらも、その時の私ははっきり言って浮かれていた。

 だって、昔から憧れていたのだ。物語の中に出てくるようなお姫様に。

 もしかしたら、自分もお姫様になれるのではないか、王子様に選ばれて幸せになれるのではないかと、夢みたいな展開をふわふわと考えていた。

 だが、そんな浮かれきった考えもノエルの姿を見た瞬間に変わる。


 頭を鈍器で殴られるような衝撃だった──とはよく聞くがまさか自分も同じ衝撃を感じるとは思わなかった。

 その衝撃は物語にあるような甘い恋の運命等ではなく、足元が真っ暗になるような絶望に近いものだった。

 美少女と間違えるような可愛さの中に、しっかりと聡明な部分が見える少年、そんな彼の姿に成長した青年の姿が重なる。

 そう、私は彼の事を知っているのだ。正確にはカレンではない私が。

 気づいた瞬間、色々な記憶が頭の中を駆け巡る。カレンになる前の私の人生、そしてノエルやカレンをはじめとした登場人物の数々──そうだ、この世界は私が知っているゲームの世界とあまりにも似ている。

 頭の中ではなんとなくもう展開が読めているが、実際に体験するとこうも認めたくないものだとは思わなかった。

 要するに私は小説でもよく見るような、転生をしてしまったのだ。


 あまりにも私の顔が真っ青だったからかお母様が心配そうに私の顔を覗き込む。

「カレン、どうしたの?具合でも悪いの?」

 心配をしてくれているお母様には悪いが、正直それどころではない。私はふらふらと歩きながらバルコニーに向かう。

「カレン?」

「ちょっとバルコニーで頭を冷やしてきます」

 それだけ言うとお母様の返事も聞かずに歩き出した。少々強引だったかもしれないが、とりあえず今は静かな所で頭の中を整理したい。

 ノエルが会場にいるためか、バルコニーは人の気配がなくゆっくりと考えをまとめられそうだった。


「ふぅ……」

 新鮮な空気を吸いながら考える。

 とりあえずここが本当にゲームの世界なのかは分からないが、状況が状況なだけにそうだと仮定して動いた方がいいだろう。

 おそらく私はヒロインのライバルでもある、悪役令嬢なのだと思う。成長した姿しか見たことはないが面影があるし、名前も一致している。

 後は今ストーリーのどの辺になるかだが、本編では成長し学園で過ごす中での話になるため、今はまだゲームの本編が始まる前という事になる。

 確かカレンはノエルの婚約者だったはずだから、今日のパーティーで本来はカレンが選ばれる事になるのだろう。

 どうしよう……。ここはやはり選ばれた方がいいのだろうか……。いや、でも正直な話、貴族社会ですら分からない事が多いのに王族の婚約者なんてやりたくないにもほどがある。

 実際まだ選ばれたわけではないし、このままパーティーが終わるまでここに居ればなんとかなるのでは?

 そうだ!そうしよう──と心に決めて頷いていると今1番会いたくない人の声が聞こえた。

「ねえ、さっきからここで何してるの?」

 この声はもしかして、いやもしかしなくても……。

 恐る恐る振り返ると、無邪気に首を傾げてこちらを見ているノエルの姿があった。

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彼女達のスローライフ計画 富原あすか @tomiask

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