彦々くんは推し活最優先

砥石 莞次

安全祈願祭

彼氏の彦々くんと過ごす、3度目の誕生日。

毎度のことながら、私の願いは変わらない。ヤツが、他の女を連れて来ませんように。

厳密に言うと、推しヒロインのアクリルスタンドを持って来ませんように。




「……これはどういうこと?」


駅前のファミリーレストランで、私は彦々くんを問いただしていた。

テーブルの上にはサプライズのプレゼント……ではなく、大量のアクリルスタンド。それから、ディスプレイ用のひな壇に、ミニチュアのお祓いセット。恒例の安全祈願祭を、今年も、この日にやるらしい。


「毎回言ってるよね? 何も今日じゃなくたって、別の日でもできるでしょって」

「バカ言うな! お前だって、あのアニメには世話になっただろ!?」

「そりゃ、もちろん。あれは私の青春、人生のバイブル。だけど……」

「なら分かるはずだ。誰にも譲れない、俺の気持ちが!」


鼻息荒く、彦々くんは立ち上がる。すかさず店員さんが飛んできて、ご注文お決まりでしょうか〜なんて言う。


「海老ドリアお願いします、2つ。以上で」

「かしこまりました」


勝手に頼まれた。ま、好きなものだからいいけど。彦々くんがもそもそと座り直したのを確認してから、私は話を戻す。


「別に推し活するなとは言わないよ? 彼女の誕生日に被せるのはどうなのかってこと」

「被せるって」

「毎年、今日だよね。安全を祈願するなら、新年早々とか諸々が始まる4月とかがいいんじゃないの?」

「仕方ないだろ。決まってこの日に再放送があるんだから。てか、お前、見た? 第1クール」


彼の言うアニメ、『ウェルカムってスペル、間違いがちっ!』(ファンからの呼び名はスペルミス)は、5年ほど前に流行った学園ラブコメ。ありがちなキャラクター設定ではあったものの、これでもかというくらい奇想天外なストーリーで多くのファンを獲得した。……ってことになってるけど、私と彦々くん以外で好きだって人には会ったことがない。この世は広いね。

ちなみに、

第1クール(学園内部編)では、主人公とヒロイン4人のどったんばったんラブコメが、

第2クール(学園外部編)では、他校生徒との命をかけた熾烈な戦いが描かれている。

第3クール、フライ!ワールド編に至っては、あまりに勢い任せな展開に戸惑いを隠せなかった。


「懐かしいなぁ。最推しのウォミちゃんに会いたくなってきた」

「そういえば、お前はウォミ派だったな」


言いながら、彼はせっせと安全祈願祭の準備を進めている。テーブルのど真ん中、ちゃちなひな壇の上にモビちゃんが並ぶ。様々なコスチュームに身を包んだ彼女は、どれも満面な笑みを浮かべている。


「ご紹介しましょう。本日の主役、モビちゃんです!

『ウェルカムってスペル、間違いがちっ!』では、可愛すぎるルックスが話題を呼び、巷ではモビちゃんのモノマネが流行。中高年から圧倒的支持を得たカリスマです!」

「……中高年?」

「…………中高生ですね。訂正して、お詫びいたします。申し訳ございませんでした」


それっぽく謝りながら、彦々くんはスマホを構える。どうやら、写真撮影に移るらしい。


「ちょ、手、邪魔! あーっ、お前の影がうぜえ!」


散々文句を言われながらも、心優しい私は助手役に徹する。彼の指示通りにアクリルスタンドを動かし、角度調整まで行った。我ながらできた女だと思う。本当に。


「……よし。それじゃ、いよいよ安全祈願するぞ」


おおぬさを手に取ると、わっさわっさと振り出す。ぶつぶつと何かを呟いているけど、ちゃんとした言葉なんだろうか。そんな見よう見まねでいいの?

どうせやるなら、神社の方を呼んだら良かったのに。中途半端にやっていいものじゃないだろうし。

何度目かになる考えを飲み込んで、様子を見守る。


「えっと、お待たせいたしました。海老ドリアと……」

「ありがとうございます。あ、隅っこに置いてもらって」


明らかに困惑した店員さんに、小さく頭を下げる。どうもすみません、お騒がせしてます。


「え」


視線を皿におとした時、私は思わず声をあげた。海老ドリアの隣、頼んだはずのないスイーツ。


「……ケーキだ」


ミニサイズのそれには、誕生日を祝うプレートが乗っている。これは事前に予約が必要なものだったはず。今日来てポンッと出てくるようなものじゃない。

彦々くんを見る。真剣な表情をした彼の耳が、ほんのり赤いのは気のせいだろうか。


「あ、ありがと」


私、幸せ者だ。そうそう、誕生日はこうじゃないと。推しの祈願祭と合体で開催されるのは複雑だったけど、だからって無下にされているわけじゃなかったんだ。私だって、ちゃーんと大事にされている。嬉しくて緩む頬をそのままに、ケーキを一口食べる。いつもより甘くて、美味しい。


「ねえ、彦々くん。なんだかんだ言って、私のこと好きでしょう?」

「……」

「私も好き。会っても推し活ばっかりだけど、それはそれで楽しいし、これぞ彦々くんだって思うよ」

「…………」

「だから、これからも一緒にいてね。不束者ですが、よろしくお願いします」


照れているのか、そっぽを向く彦々くんが愛おしい。でも、何か言ってよ。私も恥ずかしいんだから。「俺も」って短い一言でいい。多くは望まないから。


「なぁ」


真っ直ぐな視線にたじろぐ。この雰囲気、プロポーズされたっておかしくない!

さすがにそれは無いか。無いだろうけど!

でも、甘いセリフの1つくらい……。

高鳴る心臓に手を当てて、深呼吸をする。間を開けて、


「どうしたの?」


震える声で問う。しばしの沈黙の後、彦々くんが言ったのは、


「…………ハッシュタグ、何がいいと思う?

『推し不在の安全祈願祭』とか?」


やっぱり私は、彼の推し活に押し勝つことはできないらしい。

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