現代ホラー短編「灰町」
西城文岳
本編
「次は~灰町~灰町~」
一昨日、仕事を辞めた。
理由は職場の人間との不和だ。今の企画のままでは破綻し赤字になると抗議した上司は強行した。
現代の象徴とも言えるスマホには、同僚や上司からの助けを求めるメールが来ていたが通知を消し窓を眺める。
今は気分転換に適当に電車に乗って田舎、それも殆ど人が居ないような僻地を旅している。車窓から見える、緑生い茂る山々と風に吹かれ揺れる青い稲、沈む夕日。車内の快適な冷房は私のくたびれた心を落ち着かせる。
さて、そろそろ駅についてもおかしくないと思うのだが。
窓が黒くなり耳がつーんと締まる感覚。
トンネルの先を出てあくびで耳の感覚を戻す。
「灰町~灰町~お降りの際は~」
こじんまりとした無人駅に降り立つ。
リュック一つでどことも分からぬ土地まで来たが、特に目的がある訳ではない。ただ気のすむまで旅をするだけだ。
駅を出る。木と草に囲まれた自然溢れる所の駅だ。はて?今は夏だったはずだ。どうしてここは夜とはいえ、こんなに涼しいのだ?駅からは真っ直ぐ進んだ先の開けた土地の真ん中に小さな町が見える。なんとなくそこに向かう。
ようこそ!灰町商店街へ!
そう書かれた看板は錆び付き塗装が剝がれ透けていて留め具が壊れたのか傾いている。通りに人影はない。殆どの建物はシャッターが下りており開いてる店には品も人も居ない。そして昭和を思わせるノスタルジックな作りの建物が多い。
なんてことだ。昨日は何とかなったがここは完全に廃墟じゃないか。踵を返し駅の時刻表を見るが、ボロボロで読めず辛うじて今日はもう電車は来ないとのこと。いくら無人駅とはいえまだ夕方だぞ!?とはいえここで嘆いても仕方ない。ここには寝泊まり出来る民宿はないのだろうか?商店街は暗く街頭すら点いていない。ライトを照らし人が居そうなところを探す。ここに来る前にコンビニで買ったパンを食べながら最悪どこかの建物で一夜を明かすこと考える。そんなことを考えていると目の前に大きな館が見える。大きな門と壁に囲まれ内部は見えない。日本家屋だろうか?それにしてはどこかそれだけではないような違和感。
「誰か居ませんか?」
そう言って戸を叩く。
返事は無かった。
戸は開いていた。
「失礼します……」
小声で門をくぐる。朱色と白を主に彩られた門の先の家屋は日本家屋にしては南蛮風とも言える、八角形の窓、変わった感じのまさに安土城のような少し風変わりな設計だった。
少し後ろめたさを感じながらこの屋根の下で一夜を明かす事にしたが、この建物は何なのだろうか?昭和ごろに栄えたであろう商店街、南蛮屋敷、今も通る電車。
日本庭園の横の砂利道から屋敷の入り口に入る。少し埃っぽい。つまらない社会生活から解放されたせいか今の非日常的状態に好奇心が刺激される。屋敷を片っ端から探る。とはいえ家探しではなく、間取りからどんな建物かを予想するだけだが。
客間、書斎、キッチン、食堂、寝室、温泉、厠。
少々豪華だが誰かの家だろうか?だがそれにしてもここの客間は多い。二階に10部屋程あって押入れにあった布団から旅館か何かだろうか?それにしては部屋に書いてあるはずの
「~の間」みたいな部屋の名前は無かった。
だが今、私は地下の廊下の先の物に気を取られている。
倉庫や洗濯室?などの作業員用の部屋と思わしき部屋の先のあの黒と金で装飾されたあの二枚の扉は何であろう?宴会室にしてはここにあるべきものではないし、客に見せないであろう質素な飾り付けのない廊下から目立つあの扉はなんだろうか?
黒い扉に長方形に金の枠の中に、金の丸いドアノブの一対の両開きにどうしてか既視感があるがそれが何か私にはわからなかった。本能は開けてはならないと警告する。だが好奇心がそれを抑え込む。
扉を開けると紫の光で目がくらむ。
どうやら奥の鏡に光が反射したようだったがその内装は異様だった。
部屋は全体的に金色の装飾がされており、手前に扉と同じ様な黒と金の机に左右対称に置かれた花瓶と蠟燭、その間に黒い本。奥には部屋の壁にかけられた左右対称に置かれた謎の掛軸の間の怪しく紫色の大きな鏡。そして部屋の中心には赤い西洋風の赤い椅子に腰を掛ける人形。黒い着物を着た白い肌のそれは所々ひびが入っているが、顔は黒子になってわからない。手を見る限り球体関節だろうか。
いったい……ここはなんだ?
少なくともこの部屋は旅館で使われる様な部屋ではない。
そしてあの人形は何なんだ?
「お答えします。」
「誰だ!?」
突然声をかけられ辺りを見渡すが人は居ない。
「目の前にいるではないですか。」
抑揚のない無機質な声で淡々と告げられるその音は目の前の人形からだった。
「わたしはお菊。ここではそう呼ばれてました。あなたの名は?」
突然の出来事に戸惑いながらも取り敢えず自分の名を述べた。
「私は…白石だ……白石渉…」
「そうですか。いらっしゃいませ。白石様。」
「いらっしゃいませ?だって?」
「いらっしゃいませ。ここは旅館なのでしょう?あなたが何故ここに入れた理由は存じあげませんがここに来ることが出来た以上、わたしもここの一人としてもてなしをしなければなりません。」
そう言って彼女は立ち上がる。丸い関節からキィと鳴る音と共に歩き出し通り過ぎるが彼女は何事もないかのように歩き出す。待て、いったいどういう事なんだ?彼女は人形だったはずだ。どうして動ける?それにもてなし?この廃屋で?いったい何ができるというのだ。
地下を出た私はあまりの出来事に声を出すことすら出来なかった。
ここは廃屋だったはずなのに。暗かったはずの屋敷に灯りが燈されて家族連れや男女二人組のカップル、スーツ姿の偉そうな老人達が食堂で楽しそうに食事をしている。
ここは何なんだ?自分は…どこかとんでもない所へ迷い込んだというのか?
思考がまとまらない。
「どうしました?白石様?」
背後から声をかけられ振り返る。
黒子姿のお菊は言葉では言えぬ雰囲気からは恐ろしい何かを感じる。
「お食事の準備が出来ています。」
「いや、いい。ここに来る前に食べたから…」
「そうでしたか。それではこれをお渡しします。お部屋は二階の一番奥をお使いください。」
そう言って饅頭を渡すと関節からキィと音を立てながら厨房に消える。
今スマホは21:00と表示されて圏外だった。
奥の客間で部屋を歩き回りながら考える。
いったいここは何なんだ?自分は過去に来てしまったのか?
あの人形、お菊は何者なのか?客は何処から来た?
だが今ここで考えても仕方がない。とにかく今日はもう寝よう。目が覚めたら全部夢で廃屋で目が覚めるかもしれない。
朝日がカーテンの隙間から差し目が覚める。
それにしても外が騒がしい。寝ぼけまなこでカーテンを開ける。
客間から繫盛する商店街が見える。
パンチパーマの主婦、三輪自動車の豆腐屋、タンクトップでサドル下あるに変速機付き自転車を漕ぐ少年たち。
やはり昨日の事は夢ではなかった。
「お目覚めですか?白石様。お食事の用意が出来ています。」
またあの何処か怖ろしい抑揚の無い声で呼ばれる。
「いやいい、チェックアウトさせてくれ」
お菊の返答を待たずに走り出す。とにかく私はここから離れたかった。
屋敷を飛び出し商店街を走り抜ける。ただひたすらに走った。駅に向かって。
昭和の街並みを走り商店街のゲートを抜け走る。きっと廃墟にいたのが夢で今が現実だったのだろう。この恐怖はきっとあの人形からだろう。この町の人間がほぼ全員こっちを向いていたが気にしている余裕はない。
ようこそ!灰町商店街へ!と町の外に向けて書かれた看板の下を走り抜ける
だが先程の願望は一瞬で散ることになった。
駅に付いた券売機とホームだけの無人駅を見て安堵する。そしてホームに出たとき私の恐怖はここに来て頂点に達した。
ない。
ないのだ。線路もその下の地面も。
ホームから一歩先の地面は、太陽が光輝いているはずなのに漆黒染まっていた。ホームを残し地平線の先、その先の先の空まで一定の所まで暗黒一色だったのだ。
有り得ない。そんなこと。信じられない。私はどこに来てしまったのだ?
目が覚めた。
急いで起き上がり辺りを見渡す。
客間だった。今のは?夢?
「お目覚めですか?白石様。お食事の準備が出来ています。」
そうか。夢……だった…のか?
あの抑揚の無い声がここまで安心するものだと思わなかった。
「いやいい。今は何も食べる気になれないんだ」
それでもなお、あの怖ろしい悪夢の恐怖は今も引きずっている。
「そうですか。それではこれを。」
取り敢えず外に出て商店街を歩き回る事にした。
八百屋、服屋、家電屋などが軒を連ねる。各々がそれぞれの生活を営んでいる。
空高く輝く太陽は地面を照らし、そよ風が体を冷やす。
町の人間は誰一人こちらに気に留めることはなかった。
しかし先程から街に違和感がある。何かがおかしい。旅館から駅の方向に歩いてるはずなのに旅館の方に進んでいる様な錯覚に陥っている。それになぜどの店にもありそうな店名が書かれていない?
町の出口に近づいたとき視線を感じた。
振り返った。
全員こっちを向いていた。目がまっくろ口の中まっくろ。
気付いた時には客間だった。外は暗かった。
部屋の隅で震える。おかしい。何なんだ。この町は。この町の住民はいったい何者なのだ。
もしかして今までの事全部夢では無かったというのか。
どうしようもない恐怖の中部屋に響く声。
「白石様。お食事の用意が出来ています。」
「ほっといてくれ!」
つい、声を荒げてしまう。
「そうですか。」
そうして、彼女はいつもどおりキィと関節を鳴らしながら去る。
そのときふと思った。
そもそもこの人形は何なんだ。どうしてここまで私を食事の席に着かそうとするのだ。
いやなぜ私は今まで頑なに食事を拒んだのだ?
ただの恐怖心?得体の知れない環境?ただなんとなくとするには腑に落ちない。
食堂に来た。ここなら私の恐怖の理由がわかるかもしれない。
食堂の入り口付近から客達の食事風景を遠くから眺める。
昨日見た風景と変わらず、それぞれが楽しみながら食事をしている。料理もおかしなところはない。ただ奥の厨房に人影はなかった。
私は厨房の奥に行こうとしたがお菊に止められた。
私はつい直球に聞いてみようと思った。
「ここの料理は誰が作っている?」
それにお菊は
「すべてこちらの者がおつくりになっております。」
とだけ答えた。
「お前は何者だ」
と尋ねれば
「ここの一人です。」
どうにも違和感しか無い返答だったが関節を鳴らし去ってしまう。
結局何も分からずに夜も更け温泉に行こうと歩いていた。別に湯につかる訳ではない。ただ現状どうにかすべく片っ端から歩き回っているだけだ。ここの旅館で出くわす人間は客しか見ていない。彼らは今は何もおかしな所はない。住民だけが異様な存在なのだろうか?その道中、地下に続く階段に目が止まる。全ての異変が始まった地下室。私はここに答えがあるのだろうかと降りる。
最初来た時と変わらぬその通路は私の心臓を高鳴らす。
廃屋であった時と変わらぬ風景に、帰る希望が見いだせたのだ。
肝心の黒に金で装飾された扉の隙間から怪しい光が漏れている。
キィと音が鳴る。
「お帰りですか?白石様」
背後から話しかけられた。
機械の様な声。お菊だ。
暗い通路の中、彼女背後の階段から漏れる旅館の灯りが彼女の不気味さを引き立てる。
「ああ。帰らせてくれ」
「残念です。」
それだけ言うとお菊は二回手を叩いた。
?
いったい彼女は何をした?
「白石様がこちらに来て頂けないというのならここに押しとどめるだけです。それならばあなた様の意志でここの者になるしかなくなります。」
何を言っているんだ?どういう事だ?
ただ今わかる事は一つ私をここに閉じ込めた元凶は目の前のお菊だということだ。
そのとき、奥の階段から誰かがゆっくり降りてくる。
さっき廊下ですれ違った客だった。
覚束ない足取りのそれは暗い通路の中でよく見えなかったが、その顔に違和感があった。
目がない。その顔は町の住人と同じだった。
私は急いで扉を開け中に入ろうとする。
「無駄です。諦めなさい」
が目のない人が俺の体にしがみつき開いた扉から離される。何処かへ連れて行こうと体を引っ張るそれに何度も蹴りを入れる。
視界の先お菊はただ佇んでいた。
その背後から何人もの人影が降りてくる。
「離せ!」
渾身の蹴りが効いたのか客は剝がれ落ちる。
急いで扉の奥に入り閉める。扉を叩かれる何度も軋む。急いで部屋を見渡す。
そのとき、部屋の鏡が怪しく光ったかと思うと静かになっていた。
訳も分からず立ちすくむ。何が起きた?扉の外は?
扉の外は暗かった。階段の先から出ていたはずの光はなかった。
ゆっくりと階段を上がる。誰もいない。
そして違和感。ここに来た途中から感じていた違和感がわかった。鏡写しだったのだ。地下に降りてここに戻るまでずっと旅館も商店街も全て鏡写しになっていた。
至る所に文字が書かれていないのは鏡の中の住人にそれを気付かせないためだったのだろうか。
とにかく戻って来れたのだ。早く町を出て電車を待とう。
と旅館の入り口に手を掛ける。
キィ。
そんな。馬鹿な。
突然背後から組み伏せられる。
「返しませんよ。白石様。」
何故動けるのだ!?あの異空間から出たはずだぞ!?
「ここは死者の為の町。ここに来た以上お客様として持て成しをしなければなりません。
さぁあの部屋へ、仏壇の間に戻りましょう。」
そう言い取っ組み合う私の首に掴みかかるお菊。
何とか引きはがそうと私の横に落ちた私のライトでお菊の顔を殴る。
ガシャンと音が鳴り黒子の下から陶器が割れる音がした。
「ギャアアアアアアアア!」
悲鳴を上げるお菊を突き飛ばし商店街の出口まで走る。
「マァアテェエエエエエ!」
黒子が取れ、顔が砕け散り、顔のないお菊が追いかけて来る。
あの無機質だった声は見る影もない。
逆さまの商店街の歓迎看板まで来た所で再び捕まってしまう。
「コ、ココデェェェミンナト暮ラスノデェェェェ!」
お菊の手を掴み何とか抑え込まれないよう抵抗するが商店街の柱にたたきつけられる。
お菊の顔の割れた穴からどす黒い何かが漏れ出す。
身をよじって振りほどこうとするが離れない。
このまま取り込まれるかと思った時。
ガッシャァァァアン!
轟音と共にお菊が居たはずの場所に金属の塊が目の前に落ちてきた。
大きく書かれた「よ」の文字。
私の腕に付いた人形の腕。
足元は陶器と黒い布が散らばっていた。
助かった?
目の前に落ちた「ようこそ!灰町商店街へ!」と書かれた看板は商店街の道を塞ぐ様だった。
少なくとももう追って来ることは出来ないだろう。
取り敢えず駅まで向かう。着いた駅は線路と地面がしっかりと有った。
訳が分からないことだらけだったが何とか生きて出られたのだ。
電車を待とう。
早朝、始発の電車に揺られる。
「おや?珍しい。人がいるなんて。ひどい顔ですよ?どうかしたんですか?」
電車の中で車掌に話しかけられた。
「あの町は何なのです?」
「さあねぇ。ただ僕が知ってるのはあの町は呪われてるらしい。何でもあの町で寝泊まりした人間が行方不明になった~とか、あなたと同じ様に酷い顔で乗ってきてヨモツヘグイ?みたいな死者の町だとか人があの町の旅館に閉じ込められている~とか言ってたくらいです。実際は何なんでしょうね?」
彼も詳しいことは知っているわけではないそうだがある程度は聞いているらしい。
そう言えば腹が減っていた。よく考えたら昨日は何も口にしていなかった。
リュックに入っていた饅頭を食べながら車掌と話しをすることにしよう。
キィ
現代ホラー短編「灰町」 西城文岳 @NishishiroBunngaku
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