第5話 早すぎる新キャラ登場

「おかわりをいただけますか」

「あいよ」


 夕飯時、ミクトから空になった茶碗を受け取り大盛りのご飯をよそって再び手渡すそれとさっきと変わらない速度でパクパクとミクトは食べ進める。


 ミクトと生活をし始めて一か月ほど経つが、この細身の身体で大食漢というのはいまだに慣れない

 ……もしかしたら他の死神もこれくらい食べるものなのだろうか。


「何ですか?」


見られていたことに気がつき、一度箸を止めたミクトが警戒をするような視線を向けてくる。


「いや、相変わらずよく食べるもんだなと」

「これくらい普通です。むしろ鷺沢さんの方が少食なのでは?」

「ミクトが普通ならこの世界にいる殆どの人が少食ってことになるよ」


 このやり取りも何度繰り返したことだろうか。数えるのも面倒になっている程度にはしているということだけは分かっているが、それでもまだ慣れることができない。


「まあ作ってる身としては食べてくれる人がいるのは嬉しいけどさ」


 今までは一人で作ってそれを一人で食べていた。


 一人だけの食事というのは想像よりも寂しいし、一人分だけ作るのも面倒になってくる。けど、ミクトと一緒に過ごすようになってからは料理をすることが少しだけ楽しくなってきた。

 俺がそう言うと、ミクトは「そうですか」と呟いて再び箸を動かした。味に対して『おいしい』や『不味い』というのは聞いたことはないが、食べてくれるというだけで俺はとても嬉しかった。


「ごちそうさまでした」

「お粗末様でした」


 量的には4人前ほどあっただろう。それを二人……主にミクト一人で平らげてしまった。


「そう言えば学校に異常はなかったですか?」


 食器をまとめているところで、ミクトが訪ねてきた。


「少なくとも俺はラナウェイを見てねえな。ミクトの結界のお陰だと思う」


 丁度一か月前。俺が初めてラナウェイを倒した日、ミクトが学校に結界を張ってくれた。それはラナウェイを遠ざける効果があるらしく、そのお陰で学校でラナウェイと戦わずに済んでいる。


「それは良かったです。でも、少しでも異変を感じたら直ぐに教えてください」

「分かってる。それより、そろそろ行かなくていいのか?」


食器をシンクに運び、水につけたところでミクトに尋ねた。するとミクトは、一度時計の方に目を向けてからゆっくりと立ち上がる。


「そうですね。そろそろ行きましょうか」


 そう言いながら両手を広げると、そこに巨大な大鎌が姿を現す。


「それでは行きましょうか。楽しい夜の散歩に」


 ミクトがやってきてからの恒例行事。毎日、夜の9時を過ぎてから行われる夜の散歩。

 俺は何も言わず、ただ深く頷いた。




 ◆◆◆


――夜の住宅街は静かで、それに今日は月が雲に隠れていつもより暗く感じる。

 俺とミクトは夜風に吹かれながら、屋根を上を忍者のように移動していた。


「大分慣れてきてますね。最初の頃は落ちてばっかりだったのに」

「さすがに一か月も経ってるからな。いくら俺でも慣れるって」


 からかってきたミクトに、思わず強気な態度をとってしまうが、実際まだそこまで余裕があるわけではなかった。

 いくら本来の力が出せるからと言って、直ぐにその力が使えるようになるのとはあ違う。さらにそれをずっと使っていれば、普通の学校生活が送れなくなってしまう。


 だから俺が苦労していたのは、力のオンとオフの切り替えだ。


 力をオンにしていたつもりでもオフになっていたり、オフにしていたつもりでもオンになっていたりすることがある。

 それが最近になってようやく少なくなってきたのだ。その証拠に、ミクトと同じペースで移動することができている。


「そろそろ目的地なので止まりますよ」


 そう言いながら立ち止まり、ちょうど向かいにある赤い屋根の家を指差す。


「あの家か」

「そうです。既にラナウェイの気配を感じるので、もう誕生してしまったのでしょう」

「他の人は生きていそうか?」

「そこは何とも言えません。でも、急がないと手遅れになりますね」


 最終確認程度のやり取りを済ませ、直ぐに目的地である家の中に入る。鍵はミクトが開けてくれたけど、どうやって開けているのかは分からない。


「静かだな」


 思わず口に出してしまった。


 家の中は、空気の音が耳障りになるほど閑散していて何かいるような気配は全く感じられない。

 今まではラナウェイが人を食べている最中なのが半分、人を襲う直前だったのが半分といったところだったため何かしらの音が聞こえてた。


 しかし、今日は何も聞こえない。まるで家の中に誰も居ないみたいに。


「どこにいるか分かったりしないのか?」


 家の奥を見据えているミクトに尋ねる。


「気配は感じますが、正確な位置までは分かりません。やっぱり探してみないと」


 そう言いながら一人で廊下を歩き、丁度階段のところで立ち止まる。


「私は一階を探すので、鷺沢さんは二階をお願いします」

「分かった」


 ミクトの提案に乗っかり、俺は一人で二階へと向かう。


 少しの明かりもない階段を登るのは想像以上に怖いもので、いつもよりしっかりと手すりを握りながら登っていた。


「……ん?」


 すると、手に少しの違和感を覚える。

 俺はただ滑らせるようにして移動させただけなのに、何故か手に濡れたような感覚が伝わった。


「……」


 携帯のライトをつけて照らしてみると、俺の左手が真っ赤に染まっていた。

 ついでに手すりの方も見てみると、上の方から赤い液体が流れてきているのも確認できた。


「くそっ!!」


 俺は血を掃うようにして手を振り、急ぎ足で階段を駆け登る。

 そして、目の前にあった部屋に飛び込む。


「……見つけた」


 視線の先には、この家の住人であろう人を引きずるようにして持っているラナウェイがいた。

 口回りを赤く染め、腹を空かせた肉食獣のように涎を垂らしているラナウェイ。今回は人間とウサギが混ざったような外見をしてい。


「ウサギねえ……」 


 嫌でも初めてラナウェイに襲われた時のことが蘇る。人生最大のトラウマと言ってもいいだろう。

 あの時はラナウェイに対して恐怖を抱いていたけど今は違う。

 抱いている感情は怒りだった。


「おら!!」

「あぎゃぁぁ!!?」


 不思議そうな顔をしながら首を傾げていたラナウェイに拳を振るった。

 完全に虚をつかれたようで、そこまで威力を込めていないのに身体がよろけている。


「きしゃああぁぁ!!」


 さっきの一撃で怒り狂ったラナウェイが我を忘れ、無造作にこちらにやってきた。俺はこれに対して完璧なカウンターを合わせようと構えるが、寸前のところでラナウェイが姿を消した。


「がはっ!!」


 次の瞬間ラナウェイが目の前に現れ、発達した両足の飛び蹴りを食らってしまった。ボキボキと骨が折れる音が頭に響きながら、部屋の外まで吹っ飛ばされる。


「いってえ……」


 浸透するように響く痛みをこらえながら立ち上がり、再びラナウェイがいる部屋へと戻る。


 部屋に入って瞳をラナウェイに向けると、笑みを浮かべるように鋭利な歯を見せる。その歯はところどころ赤く染まっていて、嫌な想像が止まらなかった。何となく視線を逸らすと、ラナウェイが手放したこの家の住人だった人がちょうど視界に入った。


「……っ!」


 それは、もっと目を逸らしたくなるほど残虐な光景だった。


 全身が本人の血で染まっていて性別すら判断ができなく、既に左腕と右足は無くなっていた。きちんと見てはいないが、一目見ただけでも汚い断面だということは理解できた。恐らく力づくで引きちぎったのだろう。


「……」


 気づけば痛みを忘れていた。


 大きく息を吸い込み、そして吐き出す。俺が何をしているのか、ラナウェイは全く理解できていないだろう。しかし、生物的な本能なのか咄嗟に自分を守るような動作をしだした。


 そして俺は、わざと視線を落としながらゆっくりと近づいた。


 今にも溢れそうな怒りをこぼさないよう一歩ずつ。


「きしゃぁぁぁぁぁぁ!!」


 残り半歩というところでラナウェイが奇声を上げ、自身の両腕を伸ばして俺を捕まえようとする。


 その刹那、踏み込む力を強めてラナウェイとの距離を縮める。

 そして完全無防備となった腹部に、溜まりにたまった怒りを乗せた拳をぶつける。


「がはっ!!!」


 怒りがこもった拳はラナウェイのことを吹っ飛ばすことはなく、そのまま身体を貫いていた。やがてラナウェイは紫色の粒子となって消えていき、床に結晶だけを残していった。


「ふう……」


 取り合えず一息つこうと息を吐き出したその時。


「きしゃぁぁぁぁぁぁ!!」

「!!?」


 また別のラナウェイが奇声を部屋にやってきた。あまりに突然のことで避けることができないと思った俺は、咄嗟に自分の腕を盾替わりにする。


「きしゃ!?」


 しかし、ラナウェイの攻撃が俺に届くことはなかった。

 それよりも先にラナウェイの首が落とされたのだ。


「えっ?」


 思わず呆けたような声が口からもれる。今の一瞬で起きた出来事が濃すぎて、まだ処理ができていなかった。


「えっと……まずラナウェイを倒したところでもう一体のラナウェイが現れて、けどそれは直ぐに倒されて……」


 口に出しながらこの一瞬の出来事を振り返るが、やはりそれでも理解することはできなかった。


「あんた、一体何者なの?」

「はい?」


 まだ状況が理解できていないところで、急に声をかけられた。声質と口調からしてミクトではないことは分かるが、それなら一体誰なのだろうか。


「……」


 声が聞こえた方に体を向ける。

 するとそこには、赤い髪のツインテールが特徴的な女の子が立っていた。

 年は恐らく俺と同じくらいだろう。赤い髪のツインテールに、森林のように落ち着いた緑色の瞳。


 さらに、先ほどラナウェイの首を落とした時に使ったと思われる刀を携えている。


 さっきの口調からして結構気の強いタイプなのだろうが、どこか守ってあげたくなるような庇護欲もそそられる。


「ねえ聞いてる?」


 無言の時間が長すぎたか、さっきよりも強い口調で問いかけてきた。


「えっ?あ、ごめん……。何だっけ?」


 怒鳴られる覚悟で軽く謝罪すると、少女は大きく息を吐いて人差し指をこちらに向けて再び同じことを言った。


「だから、あんたが何者かって聞いてるの!」

「えっと……」


 想像よりも力強い言い方に、思わず引き下がる。普段まともに人と話さないのに、いきなりこんな気の強い人と話せるわけがなかった。言葉は頭に浮かんでくるのだが、それが上手く口からでてくれなかった。


 きっとそれが気に食わなかったのだろう。あからさまにイライラしている少女が今度は俺の胸倉をつかんで顔を近付けて再び言った。


「あんたは何者なのか聞いてるの。同じことを何回も言わせないでくれる?」

「すみません」


 なぜか謝罪の言葉はすんなり口から零れた。きっと今のはきちんと会話のキャッチボールができていただろう。

 しかし、これ以上少女を怒らせたら拳が飛んできそうなので乏しい語彙力で説明することにした。


「えっと……俺は鷺沢拓巳。ごく普通の人間で……」


 名前を名乗り、次の自己紹介をしようとしたところで言葉を止めた。


 そうだ。俺はもう人間じゃないんだ。


 もしこれが普通の人間相手の自己紹介なら正しいのだろう。しかし、この現場にいる時点で普通の人間でないことは明らかだ。


「俺はゾンビだ。元は人間だったけど、とある一件でゾンビにされた」

「はっ?」


 俺がそう言うと少女は馬鹿にするような表情を浮かべ、改めて俺のことを見つめる。全身を隈なく調べるようにして見た後、俺の胸にそっと右手を伸ばした。


「……」


 鼓動を聞いていてのか、少女は瞳を閉じたまま暫く動かくなった。


(これ……どういう状況なんだ?)


 ここまでされれば何か調べられているということは理解できたので、声に出さずに心の中でそう呟いた。

 そして、少女がゆっくりと目を開け緑色の瞳をこちらに向ける。


「取り合えずあんたが嘘をついていないことは分かったわ」


 大人しく引き下がったようなことを言うが、あからさまに納得がいかない顔をしている。俺がどうしてゾンビなのか、どうやってゾンビになったのかまでは分からなかったのだろう。

 まだ説明の途中だった俺は、自分がゾンビになった経緯を全て話そうと息を飲み込んだ。

 そして、その時。


「何をしているんですか?」


 俺の声でもなく見知らぬ少女の声でもない無機質な声が部屋に響いた。


 声が聞こえた方に視線を向けると、小首を傾げたままこちらを覗くミクトの姿があった。


「一階の方にはラナウェイはいませんでした。二階はどうでした?」

「一応倒したけど、一体は俺が倒してもう一体はこの子が倒したんだ」


 そう言いながら隣に立っている少女の方に体を向ける。そこで改めて少女のことを見ると、何故か汗を額に滲ませながら少し体を震わせえていた。


「おい、どうした?」


 そう尋ねるが、その声は届いていなかった。少女は何かに憑りつかれたかのようにミクトのことを見つめていた。


 やがてゆっくりと口を開き、震えた声で話した。


「み、ミクト様?どうしてここに?」

「……」


 少女の言葉にミクトは何も返さなかった。お耐えられないのではなく、答えたくないという雰囲気を感じる。


(知り合いだったのか……)


 今のやり取りで、少女のことが何となく分かった気がした。この時間でこの家にいることから予想はしていたが、ミクトと知り合いだということは予想外だ。『ミクト様』と呼んでいるということは、立場上はミクトの方が格上だということだろう。


「あなたがこの世界に来ているなんて……。他の死神は知っているんですか?」

「……」


 相変わらず言葉を返さないミクトだが、今の問いかけに対しては少しだけ首を横に振った。普段から積極的に会話をするタイプではないが、ここまで声を出さないミクトを見るのは初めてだ。


 このまま少女の気が済むまで放置ということも考えたけど、今日はまだ火曜日で明日も学校がある。遅刻しないためにも早く家に帰りたかった俺は、少女とミクトの間に立って一つ提案をする。


「話の続きは俺の家でしないか?」

「……」

「……」


 俺の提案に対して、二人は特に何も言わなかった。

 少しの沈黙が続いた後、少女の方が黙って首を縦に振り三人で俺の家に帰ることになった。

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死神に魅入ったゾンビの話 ミルクココア @milkcocoa4

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