第2話 俺、ゾンビにされました
――どのくらいの時間が経ったのか分からないが、俺の意識は戻った。まるで悪い夢から覚めた程度の感覚で、今は痛みも何も感じない。
目視して確認をしてはいないが、痛みを感じないということは麻酔でも打たれて処置を施された後なのだろう。
(あの子が救急車を呼んでくれたのかな?)
そう解釈をして、俺はいつも通り学校に行くような感覚で目を開ける。
「目が覚めましたか?」
「えっ……?」
想像していた状況とは全く違うものが映りこみ、思わず呆けたような声を上げる。
俺はてっきりここは病院のベッドで、目を開けたら薄暗い部屋で白い天井が見えるものだと思っていた。
しかし実際に目を開けてみると、表情を一切動かさない少女が俺の顔を覗いている光景が映った。
月明かりに照らされて光る銀色の長髪、水晶玉のように透き通っている瑠璃色の瞳。見るだけで分かる滑らかで色白の肌。整った顔立ちに、適度に潤いを保った桜色の唇。
『人形のよう』という表現を聞いたことがあるが、とても無機質な表情をしている少女は、まさにその表現がピッタリという印象だ。
「聞いていますか?」
「ああ。ごめんごめん」
さっきの質問に答えてくれなかったからだろう。少女は再び口を開いて俺に声をかける。もう少しキツイ言い方をしてくるかと思ったけど、声色も表情も何一つ変わっていなかった。最初は人形のようという印象を持ったが、今のやり取りで『ロボットみたいだ』という印象も増えた。
「聞こえたならそろそろ身体を起こしてください。私の足の痺れが限界です」
「足の痺れ? うおお!!?」
置かれている状況を再確認した俺は飛び跳ねるようにして起き上がり、少女と距離を取った。心臓の鼓動が一気に高まり、早いテンポで刻みだす。それは恐怖の感情のせいではなく、目の前の少女に膝枕をされていたことへの動揺だった。
「……」
俺が離れると、少女は分かりやすくため息を吐いて、汚れを掃うようにして自分の太ももを撫でる。無表情なのは変わらないが、その仕草をみるところ『やっとどいた』とでも言いたそうな感じだ。
「そろそろ聞きたいことを聞いてもいいか?」
心臓が正常な運転をし始めたのを確認しててから少女に問いかける。なるべく好奇心を出さず、冷静を保った声色で話すとそっぽを向いていた瑠璃色の瞳がこちらを向く。
「それは……」
ゆっくりと口を動かし、透き通るような声が静寂な公園に響く。そして――
「ぐぅぅぅぅ~~」
少女の腹が鳴った。1メートルほど離れている俺に聞かせるのであれば十分過ぎるほどの音量で。
「さっき力を出し過ぎてお腹が……。急いでカロリーを摂取しなければ話は続けられません」
「ええ……」
どっかのアニメキャラみたいなことを言い出し始めた少女は、そのままベンチに横になってスライムのようにへばりつき始めた。
「……」
――『ありがとうございました~』
店員の声を背中で聞きながら自動ドアを通る。右手にはレジ袋を持ち、中には自分が食べる用とあの子にあげるようのお弁当が入っている。
あの後、あの子は本当に何も話さなくなってしまったので、食べ物を買うためにコンビニ行くことになった。
「何やってるんだ俺は」
思わず自分にため息をついてしまうほどで、いつもより重たい足取りで公園に戻っていた。住宅街は相変わらず静寂で、そして不気味な雰囲気が漂っていた。
「おーい。買ってきたぞ」
「……」
公園に戻り、声をかけても少女は眉一つ動かしたりしなかった。まるで燃料切れのロボットのように動かない少女に、俺はコンビニで買ってきたのり弁当を差し出す。
「ほれ」
「いいんですか?」
「そのために買ってきたんだよ」
「ありがとうございます」
小さく一言お礼を言いながら頭を下げた少女は、弁当を受け取ってそれをパクパクと食べだす。外見からして日本人じゃない……というか、そもそも人間であるかどうかも怪しいが箸は使えるみたいだ。
少女が食べるのを確認してから俺も自分用の弁当を広げ、白身魚のフライを口に運ぶ。サクサクした衣とたっぷりとつけられたタルタルソースが絶妙にマッチして何とも言えない味だ。
両親が海外に行っているせいで食事は自分で用意することになるが、毎日となると面倒なので週1~2でコンビニを利用している。行き過ぎると飽きが来るが、そういう時はシンプルなお弁当こそが正解なのだ。
「ところで鷺沢さん」
カロリーの補給が完了して機嫌が良くなったのか、それとも俺に対しての抵抗が薄れていたのか、無機質な声色に少しだけ色が宿ったような声だった。試しに隣にいる少女の表情をみてみたが、何も変わらない色のない顔をしている。
「私に聞きたいことはなんですか?」
瑠璃色の瞳をこちらに向けながら少女が聞いてきた。それは俺が弁当を買いに行く前にしていた会話で、どうやら本当に話すカロリーが足りていないだけだったようだ。
「聞きたいことはたくさんあるけど、まず……君は何者なんだ?」
もっと多くのこと聞きたいと、勝手に動こうとする唇にグッと力を入れて問いかける。
「私はミクト・ランテクートリ。冥界からこの世界にやってきた死神です」
「死神?人の寿命を宣告するっていうやつか?」
俺は会話を続けていた。少女――ミクトが自分のことを『死神』と言ったのに、俺は全く動揺せず落ち着いた状態で会話を続ける。
「驚かないんですね。普通の人間ならこの時点で話を続けようとは思わないです」
ミクトもまさか信じるとは思わなかったんだろう。その証拠に、瞳が少しだけ大きくなっている。
「まあ、普段から『あれ』が見えてる時点で俺も普通の人間じゃないだろ」
少し皮肉を混ぜた言葉をやけくそになりながら吐き出す。今まで生きてきた17年間、俺は普通の人とは違うことを嫌ってほど分からされた。だからいきなり『死神です』と言われても動揺しなくなってしまったのかもしれない。
「『あれ』ですか……。ちなみに鷺沢さんは『あれ』についてどのくらい知ってるんですか?」
「どのくらいも何も知らないことだらけだよ。そもそもあれが何なのかも、どうして存在してるのかも、どうして襲ってきたのかも分からない」
俺はただ『視えている』というだけであってそれ以上のことは何も知らないし、知らなくてもいいと思っていた。
だが、今は違う。
17年間生きてきて、『あれ』が人を襲っているところを初めて見た。そして俺が襲われるのも初めてのことだ。もしこの先もずっとただ存在しているだけなら、大して気にならなかっただろう。けど、俺は今日襲われた。そして殺されかけた。
そんなことがあれば嫌でも気にしなければならない。
「教えてくれ。俺が見えている『あれ』はいったいなんなんだ?」
右の拳を力強く握り、言葉にも精一杯の力を込めて放った。するとミクトは、胸ポケットから紫色の宝石のようなものを取り出す。
ひし形で人差し指くらいの宝石は月明かりに反射して柔らかい輝きを見せる。
「それは?」
「これは『魂の結晶』と言われるものです。この魂の結晶は、鷺沢さんの言う『あれ』を殺すことによって手に入ります」
「じゃあそれはさっき殺したウサギからってことか」
「そういうことになりますね」
一つ説明を終えたところでミクトは黙って宝石をしまった。そして再び瑠璃色の瞳をこちらに向いてゆっくりと口を開く。
「ちなみに『あれ』についてですが、私たちの間では“ラナウェイ”と呼ばれています」
「ラナウェイ?」
「暴走という意味です。ラナウェイは、人間の負の感情が暴走することで魂が汚され、それが積み重なることで誕生します」
「なるほど……」
ミクトの話を聞いた俺は改めて今まで見てきたラナウェイたちを思い出す。それぞれ重なっている点と言えば、影のような色をしていることと赤い瞳をしているということだ。それ以外は大きさも外見も違う。
しかし、今気になるのは個体の差ではない。
「それがどうして襲ってきたんだ?正直、襲われたのは今回が初めてなんだ」
「初めて……?」
俺が言ったことがよほど意外だったのか、ミクトは目を大きく開いて驚いたような声で呟いた。
「あなたは完全に視える目を持っているのに、ラナウェイに襲われたことが無かったと?」
「ああ。ってか、人を襲うところを見たのも初めてだ」
「……なるほど。分かりました」
まじまじと俺の話を聞いた後、ミクトは顎に手を当てて何かぶつぶつと呟いている。隣に座っている俺にも聞こえないほど小さく呟いているので、何を言っているのかは全く分からない。しかし、この反応からみて俺が今まで襲われなかったというのは相当イレギュラーなことなのだろう。
「鷺沢さんが今まで襲われなかった理由は正直分かりません。ですが、ラナウェイが人を襲う理由はあ一つです」
人差し指をピンッと直立させ、一度閉じた両目を開くのと同時に口も開いた。
「新しい器を得るためです」
「新しい……器?」
「簡単に言ってしまえばラナウェイというのは、負の感情によって汚された魂です。それが行き場を失って、徘徊をしている状態なんです。そして行き場を失った魂は新しい器……つまり依り代を求めるということです」
「依り代……。つまり他人を殺して、その身体に魂を定着させるってことか」
「そういうことです」
つまり俺が襲われたのも新しい依り代にしようということだったわけだ。そしてミクトは、そんなラナウェイを殲滅するために冥界からこの世界にやってきたということだろう。
「まだ何か質問がありますか?」
全てを説明を終えたところでミクトが静かに尋ねる。俺は何かあるかと、夜空を見上げながら考えようとしたところで重要なことに気が付いた。
念のため右足を見て、きちんとついていることを確認してから立ち上がり何も言わずにミクトに深く頭を下げる。
「言うのが遅くなったけど、俺を助けてくれてありがとう」
これ以上ないほどの感謝の念を声に込めて、真摯にお礼を伝えた。公園の電灯がちょうどスポットライトのように当たり、俺をとても目立たせてくれる。
「これと言って楽しかった人生を送ってきたわけじゃない。それでも、俺を助けてくれてありがとう」
念を押すように重ねて感謝の意を伝える。長く、長く頭を下げ続けゆっくりと頭を上げるとミクトがなんだか気まずそうな表情をしている。
最初は照れているだけだと思ったが、どうやらそういうわけではないらしく何か言いたそうに口をモゴモゴさせている。
「えっと……」
何を言うのか迷っているような口調にどこかギャップのようなものを感じた。今までは人形のように無表情で、機械音のように一定なトーンだったのでこんな風に話すミクトを見るのは新鮮だった。
「実は鷺沢さんのことを生き返らせたわけじゃないんですよ。そもそも私は死神なので、人を生き返らせることはできないんです」
「えっ?」
「私は鷺沢さんを生き返らせたのではなくて、死なないようにしただけです」
「死なないよう……?」
何を言いたいのかよく分からず、思わず首を傾げてしまう。するとミクトは俺が理解していないことを悟ったのか、何か覚悟を決めたような表情をして息を整えてから瞳をこちらに向ける。
「つまりですね。私は鷺沢さんをゾンビにしたんです」
「は?」
予想もしない告白に、俺も動揺を隠せなかった。思わず左胸に手を当てるが、きちんと心臓の鼓動が伝わり、右手を振動させる。
「心臓動いてるけど?」
「それは私が作った疑似的な心臓です。当然、臓器としての役割は果たしていません」
「……マジか」
たった一言口からこぼれた。もっと叫んだり、慌てたりするもんだと思っていたけど、本当に驚いた時はただ唖然とするのだと初めて気が付いた。
――どうやら俺はこれからゾンビとして暮らしていくそうです。
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