第23話 ある神殿騎士とその従士

 箱馬車の客室に二人の男がいる。一人は旅装のカソック、巡回説教者の衣服を着たガブリエル・オクタンだ。彼に侍るように控える少年、ジョルジュ・ウェルド。助祭としての地位にあり奇跡の御業、治癒の神聖魔術を持つ神殿騎士の従騎士だ。眩い金髪に翠の瞳が特徴的な少年だった。優し気な顔立ちで中性的な体格の所為で、他人から年齢以上に侮られることを気にしている。そのため少しでも男らしくなるため、日々鍛錬を欠かさずにいるがその成果は一向に出る気配がない。

 真面目で目端が利き、些細なことに気を回す要領の良い性格から、潔癖で直情径行気味なガブリエルの調整役として従者に付けられた。

 道中の馬車の中でジョルジュは事前に調べたエリンの町の情報をガブリエルに伝える。

 「エリンの町では未だに蕃神を祭る奇祭があるそうです」

 「蕃神の祭りですか?」

 神殿は他の神への信仰そのものを否定はしていないが、すべてを許容している訳ではない。特に土着の信仰と言うものは、人が住むその土地の祖霊となる精霊やマナの循環に係わるものが多いからだ。しかし、神殿の奉ずる神を至高神と位置付け、それを広めようとする多くの信徒たちにとっては面白い話ではない。ジョルジュにとってはそうではないが、魔族討滅に熱心なガブリエルにとっては面白くない話だ。だからジョルジュは言葉を選んで説明を続ける。

 「はい、もとは古い土着の民が豊穣の神へ感謝の祈りを捧げる祭りだったそうです。今では信仰は廃れその民は居なくなり、風習として祭りだけが残ったようで。その祭りには少々問題がありまして」

 「どのような問題でしょうか」

 「冬至には太陽の力が最も弱る日に、夢現の狭間から魔物がやってくると言う言い伝えがあります。その魔物共から身を守るために、その土地の人々は先住民の風習にならい魔物の仮装をしてやり過ごすそうです」

 その魔物の仮装をする町人たちの中に魔族が混じっているらしい噂のことや、その奇祭が観光客を呼び込む収入源となっていることを避けてジョルジュは伝えた。潔癖なガブリエルの事だ。そんなことを伝えればこの司祭は町ごと浄化の炎ですべてを灰燼に帰すことが分かっているからだ。

 「不敬な。しかし、それも仕方がありません。神殿の威光が未だ遍く世界に往き亘らせることが出来ない我々の不徳のため、未だにそのような悪習が残っているのでしょう。あそこはドラゴンが巣食っていたような僻地です。この度の主命を果たせば、神殿の威光で彼の地を照らし、迷妄を払うことになるでしょう」

 「エリンの町には最近までバグシャスと言うドラゴンの被害により多くの冒険者たちが亡くなっています。出現した魔族と云うのも、件のドラゴンと何か関係があるのでしょうか」

 「さてどうだろう。グレンガ領内の冒険者の様な力を持つ者たちが居なくなったことにより、隠れていた魔族が台頭しようと出て来たということではないかな。ドラゴンも所詮は魔物の一種だ。地竜グレンガが巣食っていたから魔の山脈から魔物共が下りてくることがなかったが、そのドラゴンが居なくなってから長い時間が経っている。バグシャスと言うドラゴンも、件の魔族も所詮は縄張り争いをしているだけではないだろうか」

 そんな訳はないだろうと、ジョルジュは内心思う。少なくともジョルジュが知る魔族は人外の部位を持つこと以外はほとんど人間と変わらない。たとえ、魔族が魔物の一種であろうと、人と獣が同じ動物という分類にあっても別物であるのと同様だ。ガブリエルは天理に選ばれた者として、その強大な力をその身に宿すためか、人に仇為す者をすべて一括りに敵としてしか見ていない。

 「魔物と言っても魔族は獣同然の魔獣と違い、人並みに知恵が回ります。直接相対して戦うのならガブリエル様の敵ではありません。ですが町の中に潜み人に紛れて暗躍する魔族は正体を隠していることが多いです。宮廷魔術師が魔石の研究のために逗留していると言う報告があります。彼らの協力を仰げばたとえ市井に紛れていたとしても発見できるはずです」

 「外法の魔術師ですか。彼らにはあまりいい印象がありませんが、正道を外れたからこそ見えてくるものもあるのでしょう。毒蛇を弑するため、蛇の道を行くのに蛇に先導を任せることになるのは癪ですが、それも世に正道を広めるため。甘んじて受け入れましょう」

 力を持つ物慢心と傲慢に満ちた言葉だ。ガブリエルが力を振るうためのお膳立てを整えるのはジョルジュの仕事だと言うのに、その苦労を当然のことだと思っている。

 現地の人々と交渉を終えるまで、どうにかして余計なことをさせないように、大人しく押し込めて置く場所を見つけなくてはいけない。神殿の信仰の根付かない土地で、権威を振りかざせば反感を買い、協力を取り付けるどころか敵に回りかねない。自分は過激派の神殿騎士に首輪として着けられた監視役でもあるのだ。

 「悩ましいなぁ」

 「何のことだい?」

 「いえ、何でもありません。ただ現地についてからどこへ宿を取ればいいのか悩んでいまして」

 「成る程、確かに頭を悩ませる問題だ。では私に一つ提案がある。昔の知り合いから聞いた事だが、冒険王モンシア・ベルモントが拠点としていた酒宿が残っているらしい。高名な冒険者だったモンシア氏の遺族だ。魔族討伐のため快く神殿に協力してくれるに違いないよ」

 「そう上手くいくでしょうか」

 「ダメもとでも僻地の観光名所の一つとして見にいくのもいいだろう」

 以外にもミーハーな趣味があるのかもしれない。ジョルジュの世代ではないが、ガブリエルくらいの年齢なら彼の偉業に憧れることが一度はあるらしい。

 「確か領主の別邸の一部が冒険者ギルドに開放されていたハズです。予定としてはそちらに逗留するつもりで装備を揃えています。路銀の問題もありますから、あまり無駄遣いはできませんよ」

 「心得ているさ。もしもの時は魔物狩りでもして稼ぐさ」

 楽天家なのか本当に考えなしなのか、魔物を狩っても換金できる伝手や保証が初めて行く土地であるかさえ分からないと言うのに。ジョルジュはまた頭を抱えて馬車に揺られていた。

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凄腕冒険者の弟子がお嬢様のヒモに成り下がる迄の物語 @rorum335

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