第22話 町に来る珍客
神殿、人に知恵を与え教え導き、世界の闇を照らし未来を拓くことを標榜とする宗教組織だ。魑魅魍魎、人外が跋扈するこの大地に人が生きられる光を与えてくれる存在を至高の神と崇め、至高神が人々にもたらした光こそが奇跡の御業だ。
奇跡の御業は神聖魔術として信徒たちに伝わり、人を癒し守護し、また人に仇為す魔の物たちを討ち滅ぼす。魔術の総本山にして人類守護の要を担う中枢であるナルファ大聖堂の荘厳な祭壇の前に一人の司祭が跪いて頭を垂れている。
名をガブリエル・オクタン。赤銅色の髪に銀灰の瞳を持つ美丈夫だ。聖別された錫杖と聖銀の装飾を施された鎧を見に纏う神殿騎士だ。
「天理に選ばれし祭司ガブリエル・オクタンよ、汝にあらたな使命を与える」
「グレンガ領エリンの町に現れる世を乱す魔族を討ち滅ぼせ」
「さすれば彼の地に神の威光が灯ることになるだろう」
司教たちが儀式めいた礼節に基づいて、命令を下す。表を上げたガブリエル・オクタンは、差し出された指令書を受け取って、使命を果たすために旅立った。
王都にて。
「またあのエリンの町ですか」
「エリゼ公爵も災難なことだ」
「神託では近い内に町中に魔族が出るらしいぞ」
「神殿はすでに討伐隊を出したそうだ」
「公爵さま、急いでお帰りの準備を」
執事が領地の窮状を訴えて帰りを促すが、ゼリエ公爵は無表情のまま重い腰を上げることはない。机に広げた書類から目を反らすこともない。
「問題ない。グレンガ領内の連中は放って置け。下手にコチラから干渉すれば、余計な火の粉を被りかねん。我々は我々の職分を全うする。最悪、災害が起きたとしても被災地で我々が居ても大して役に立たん。我々は事後に備えるべきだ」
神殿の司祭がエリンの町に出現したと噂される魔族討伐に既に出向いたという一報を受けた。神殿の目論見が何かは分からない内に下手に領地に戻れば、どんな言いがかりをつけて政治基盤を切り崩しに工作を仕掛けて来るか分からない。予定通り鉄道の敷設事業と労働力確保のための根回しを進めるべきだろう。並行して神殿の内情に詳しい親交のある貴族たちから、状況の裏取りと彼らの目論見に探りを入れておくべきだろう。
例えエリンの町の娼館に神殿の人間が気付いたとして、こちらとの繋がりを示す証拠を上げることは万が一にない。最悪、町長の夢魔にすべての罪をかぶせて文字通りスケープゴートに出来る。
「仕事が増えた。家族には王都の滞在期間が長引くことを伝えておいてくれ、もし其方で異変があったら際は王都へ避難するようにとも」
執事は恭しく一礼して退室する。一人になって母と娘のことを思い出すが、雑念として振り払い、会談のための資料に目を通す事を優先した。
「結局あの女は一度も帰って来ないじゃないか!」
「別にいいじゃない。あの人居るとパトくんイライラしっぱなしじゃん」
「それでもだ。仮にも師からオレの研究を手伝うように言われたんだぞ?アイツはオレに自分の本来の任務を放っておいてと説教垂れていながら、何なんだ!?」
「ああ、ダメだパトくん。あの人いなくてもイライラしてる。ここに居ないのに人に迷惑かないで欲しいなぁ、もう」
「飽きた」
「もう飽きた。連日連夜、毎日毎日同じことを繰り返していて、何の進展もない。ヤツの破天荒な発想があれば何か新しい刺激になって今までと違う着想を得られると思ったが。もういい、行くぞ虎徹」
「行くってどこへ?」
「バグシャスの捜索だ!もともとオレたちはドラゴン探しが主目的だ。それを忘れたか?」
「そうだったね、この町に来てワタシたち何一つ課題を解決できてないしね。ちょっとは働こうか」
世間的にはエルスト王国自由騎士団の一個旅団を壊滅させたバグシャスは、グレンガ領のエリンの町の街道付近の森林に潜み交易を阻害した。その後、多くの有志の冒険者たちが討伐に赴き、その多く犠牲の末に討伐されたことになっている。だが、テンタクルワームズがバグシャスの正体ではないと知っている一部の者たちは、未だに雲隠れしている彼の人語を操るドラゴンと接触しようとしている。
そして二人のドラゴン探索は、今日も空振りに終わる。
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