幼馴染の少女と「一生一緒に居る約束」をしたせいで、距離感が近すぎて困る

久野真一

幼馴染の少女と「一生一緒に居る約束」をしたせいで、距離感が近すぎて困る

桃園とうえんちかい!」

「イェーイ!」


 近所のうら寂しい公園で何故かとなっちゃんはテンションが高かった。

 確か小学校3年の頃だったか。今思い出してもなんで、あんなことをしたのか。


「僕、関羽かんうー!」

「えー!私が関羽だよー!ツナちゃんは劉備りゅうび!」

「なっちゃんは張飛!」

「やだよ。張飛ちょうひは部下に裏切られて死ぬもん!」

「それは僕だって同じだよ」


 当時、三国志演義由来の漫画だかゲームをやったせいだったか。

 その影響でこんな言い合いをする事になったのだ。

 最期を知っていれば、張飛役が微妙なのはわかってくれるはず。

 というわけで、どっちが関羽役でどっちが劉備役か揉めていたのだけどー。


「それだったら、「桃園の誓い」しないよ!」


 なっちゃんはよっぽど関羽をやりたかったらしい。

 拗ねてしまった。こういう時のなっちゃんは頑固で、仕方なく


「わかった。なっちゃんが関羽でいいよ」

「うん。じゃあ、やろー!」


 なっちゃんは当時から切り替えが早かった。

 早すぎて、拗ねたのが演技かと思ってしまったくらい。


「我ら生まれた日は違えども」

「我ら生まれた日は違えども」


 読んだ漫画の台詞をお互い復唱する僕たち。


「 死す時は同じ日同じ時を願わん」

「 死す時は同じ日同じ時を願わん」


 言い合って武器を模した丸めた紙をぶつけあう。

 思い出すと益々死にたくなってくるシーンだ。


「約束だよ、なっちゃん」


 思えばほんの軽い気持ちだった。


「うん。ツナちゃんも約束だからね?」


 ただ、なっちゃんの瞳はとてもとても真剣な色で。

 一瞬、背筋がゾクっとしたのを覚えている。


「も、もちろん本気だよ」


 勢いに気おされながらも交わした、他愛無い約束。

 本来ならそうなってしかるべきだった約束。


◇◇◇◇


「なっちゃんはガチで約束を守る気だもんなあ」


 スマホ片手にベッドに突っ伏しながら、独り言をつぶやく。

 男勝りだったなっちゃんも今は昔。

 清楚な雰囲気を漂わせる綺麗な女の子に成長していた。


 義理堅くて他人の悪口を言わない。そんな性格もあってか、多くの男女に慕われている。とはいえ、俺たちは入学した時からデキていると思われているようで、変なやっかみを受けることは少なかった。最初から届かない花だとわかっていれば、ということだろうか。


「でも、俺はなっちゃんとどうなりたいんだろうな」


 デキていると思われているのは俺たちの距離感の近さ故。

 家だって一軒隣だし、毎日のように登下校が一緒だし、夜だって結構喋る。

 傍から見ればデキていると見えるのも当然なんだろう。


 紛れもなく俺は男でなっちゃんは女だし、恋愛対象に見られないわけじゃない。

 なっちゃんだって男女という線を考えた振る舞いを取って来るし。

 それでいて、あの「桃園の誓い」の約束は本気だというのだ。

 

「桃園の誓いってさ……」

「もちろん、今も有効だよ?」


 当然のような顔をして以前に返されたときは本当に面食らったものだった。

 なっちゃんは、約束を破るのが大嫌いだ。ただ、他の人が破っても寛容なのに、自分が破ることは許さない辺りが彼女の複雑なところだけど。


 本音を言えば恋人になってみたいという気持ちはある。

 二人きりで出かける事は多いけど、暗黙の内に「これは友人同士の遊び」みたいなところがあった。

 それでいて、恋人繋ぎとかしてくるのは、なっちゃんはそれ、誘ってるの?誘ってるの?とツッコミたくなるけど、案外何の気なしだったりするから油断ならない。


「あー--もう!」


 窓をガラっと開けて、カーテンの降りた部屋を見つめる。

 明かりはまだついてるし、起きてるよな。

 少し話してみるか。


 スマホからアプリを起動してタップする。

 すると、なっちゃんの部屋のライトがピカピカ光る。

 そういう代物だ。IoTという技術の応用らしいのだけど、


「お互いの部屋に置いてみない?面白そう!」

 

 というなっちゃんの提案でお互いの部屋に設置することに。

 なんとなく、話をしたいとかの時に鳴らす約束になっている。


「ツナちゃんどーしたの?そろそろ寝ようと思ってたんだけど」


 猫柄パジャマで、少し眠そうななっちゃんが窓を開けて出て来る。

 パジャマも愛らしくて、眠そうなぽやーっとした顔も可愛い。

 まあ、端的に言って俺はなっちゃんに恋してる。


「少しだけ真剣な話なんだけど。いいか?」

「ん……いいよ?」


 眠そうな顔が一転。明らかに意識が覚醒方向なのがわかる。

 この切り替わりの早さはいまだによくわからない。


「「桃園の誓い」の話なんだけどさ……今も本気か?」

「私は本気だけど……ツナちゃんは違うの?」


 なんだか少し寂しそうに見えて、


「もちろん俺も本気だよ。たださ、なっちゃんは俺とどうなりたいんだ?」

「……」


 そう言葉を添える。

 友達として、なのか。あるいは、それ以上の何かとしてなのか。


「私も実は少し悩んでたんだ。考えをまとめたいから話、聞いてくれる?」

「ああ。もちろんだ」


 彼女は案外自分の感情に無自覚なところがある。

 こうやって話し相手になるのもよくあることだ。


「まずね。ツナちゃんは知ってると思うけど、私はすっごい寂しがり屋なんだ」

「やたら誰かとおしゃべりしたいのもその表れだろうな」

「うん。ただね。ツナちゃんと居たいのはそれと少し違って……」

「……」


 顎に手を置いて、どういえばいいか悩んでいるようだったので黙って待つ。

 秋風がびゅうっと吹いてきて、


「さむっ」


 思わず言っていた。


「もう11月も半ばだもんね」

「もうすぐ冬だよな。クリスマスとかどうする?」

「……」

「いつもみたいに皆でイブ会とかもありだけど」


 とても遠回しにボールを投げてみる。

 毎年のように皆で楽しく過ごすのか。それとも―という意味合いを含めて。


「クリスマス……えーと、うー--。そういう確認?」


 少し俯いて唸っている彼女もやっぱり可愛くて。

 恋人になりたいと強く思う。


「たぶん。なっちゃんの悩みにもつながってくるだろ」


 いちいちお互い周りくどいよな、と少し自嘲する。


「じゃあ。はっきり言って欲しい」

「なっちゃんが気持ちを整理したいんだろ?」

「整理するために」


 また、回りくどいパスの仕方を。

 しかし、わざわざこう言うってことは薄々自覚してるんだろう。

 ただ、彼女は恥ずかしがりやでもあるから、言い出しにくくて。


「今年のイブ。二人きりで過ごせないか?」


 心臓がバクバクするのを抑えて、一息で言ってみた。

 

「ずるい」


 求められたボールをなげたはずなのに。

 なっちゃんは微妙に不機嫌そうだった。


「なんでだよ。意図はわかるだろ」

「女としてははっきり言って欲しいの!」

「……言って欲しいなら言うけど、滅茶苦茶クサイぞ?」


 というか、俺もたいがい愛が重いのかもしれないな。


「「桃園の誓い」なんてやっておいて今更だよ」

「時効にならない辺りがなっちゃんだと思うけどな」

「時効にしたくないから、約束を守ってるんだけど?」

「おーけー。なら、いうな」


 これ、告白っていうよりプロポーズかもな。

 案外俺たちは似たもの同士なのかもしれない。


「う、うん」


 喉が動いて、生唾を飲み込んだのがわかる。

 表情が堅くなって、緊張しているのがよくわかる。

 本当に付き合いも長くなったもんで。


「なっちゃん、大好きだ!一生一緒にいて欲しい!」


 ああもう、身体中が熱い。


「……はい。不束者ですが、よろしくお願いします」


 え?

 少し恥じらいながらも、丁寧に一礼されてしまった。


「えーと、なっちゃん。ツッコミはないわけ?」

「ツッコミ?私も一生一緒に居たいんだけど?」


 恥じらいながらも、何をツッコまれたのかわからなかったらしい。

 こういう所が彼女を魅力的にしているのかもしれない。


「いや。普通は恋人からじゃない?とかさ」

「だって、一生一緒にいるなら、友達か、お嫁さんか。二択でしょ?間はないよ」


 素だ。素で言ってらっしゃる。

 確かに、約束を踏まえればそうなんだけど……まあいいか。

 彼女の言う通り、中間はもうありえないんだ。


「じゃあ……心情的には婚約者ってことでいいか?」

「心情的にはお嫁さんだけど?」


 あの……。人のことは言えないけど、彼女はやっぱり愛が重い。

 しかし、それなら。


「「桃園の誓い」さ。し直さないか?」

「うん?……あー、そういうこと?わかったよ」


 天然かと思ったら変なところが察しが良いんだから。

 彼女の考えている事はいまだによくわからない。

 ただ、始まりがそもそも変だったんだ。

 なら、こういうのもいいか。


「我ら生まれた日は違えども」

「我ら生まれた日は違えども」


 あの日の台詞を復唱していて、ふと、光景が思い浮かんでくる。

 当時は何の気なしの台詞だったけど―


「 死す時は同じ日同じ時を願わん」

「 死す時は同じ日同じ時を願わん」


 今はさしづめ誓いの言葉だ。


「なんだか妙にくすぐったい気分」

「俺はさっきからずっとくすぐったいよ」


 さて、ここからが問題だ。

 

「生涯の伴侶として」

「生涯の伴侶として……え?」


 なぜだか目を白黒させているなっちゃん。


「何驚いてるんだよ。お嫁さんとか言っといて今更だろ」


 俺だって、そこまでの心持ちならと言ったわけで。


「だ、だって。それは自分で言うのと、言われるのだと全然違うよー!」


 凄い勢いで顔が紅潮していくなっちゃん。


「俺にはなっちゃんの気持ちが全然わからん」


 まあ、そんな様子も可愛いわけだけど。


「もう……そっちに行っていい?」

「お好きにどうぞ」


 実は、俺たちの部屋は窓伝いに行き来できる。

 本来なら建築基準法的にまずいのだけど、親父が


「こういうのもロマンがあるだろ?」


 なんて前に言っていた。

 ロマンで法律破るなよと思う。


「もう……大好き!」


 言いながらぎゅっと抱きしめられる。


「なっちゃん……これ、結構恥ずかしいんだけど」

「お嫁さんだし。これくらいいでしょ?」

「いやいいけどさ。ちょっと前まで友達だったわけだし」

「生涯の伴侶ならこれくらい受け入れて?」

「……それ言われると弱い」


 あー、もう。恥ずかしいやら嬉しいやら。

 

「……なあ、周りにはどう言う?」

「結婚しました!って」

「周りが果たしてどう思うか」

「きっと、「ごっこだよ、ごっこ」って笑って見てくれるよ」

「そういう所だけ計算してたりするんだよな」


 義理堅くて、寂しがり屋で、恥ずかしがり屋で、純朴で。

 そして、とっても重い愛を持っていたり。

 かと思えば、意外に冷静に周りを見ていたり。

 彼女にはまだまだ知らない面がありそうだ。


 なんて冷静に考えてる俺もたいがいお似合いなのかもしれない。


「ところで……明日、書類書いてもらっていい?」

「書類?……何か嫌な予感が」

「私がお嫁さんになるための書類」


 え?待て待て。


「ごっこ的な意味か?だよな?」

「私は本気だけど?」

「えーと……なんで都合よく準備してあるんだよ」


 さっきまで気持ちを整理したいとか言ってたじゃないか。


「さーて、なんででしょう?」

「俺にはなっちゃんの気持ちがわからない……」

「わからなくていいから、幸せにしてね?」

「まあ。約束は守るけど」

 

 これ、なんか尻に敷かれる流れ?


☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆

「桃園の誓い」というネタから着想した短編です。

晩秋の夜、語り合う二人の空気を感じていただければ嬉しいです。


楽しんでいただけたら、応援コメントや☆レビューなどいただけると嬉しいです。

☆☆☆☆☆☆☆☆

 

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