幼女の人面犬と会った。

仁志隆生

幼女の人面犬と会った。

 残暑厳しい夜。

 俺は住宅街の中をへろへろになりながら歩いていた。

 鬼のような仕事量でしんどいが、嫁と生まれたばかりの息子の為にも頑張らないとな。 


 しかし日は沈んでるってのに気温は下がらん。

 おかげで汗だくでワイシャツボトボト。風もないから蒸してしょうがない。

 早く帰ってシャワー浴びてーなーと思った時だった。


「ん?」

 ふと電信柱の方を見ると、どさっと置かれたゴミ袋の下になんか黒いドッジボールみたいなのがあった。

 なんだろと思って近づいてみると、それは袋の下敷きになっていて頭だけ出てる見た感じ小学校中学年くらいの女の子だった。

「ね、ねえ君、大丈夫?」

 声をかけてみたが返事がない。もしかしていじめられて、そして……?

 とにかく助けようとゴミ袋をどかした。

「え?」

 その少女の体は犬のようだった。

 え、なにこれ? あ、まさかあの?


「ん~、よく寝た」

「うわあああ!」

 思わず叫んでしまった。


「あれ、誰?」

 彼女が俺の方を向いて聞いてきた。って、

「お前こそ誰だあ!」

「あたしは『人面犬』だよー」

 や、やっぱりか……って、あれ?

「ねえ、人面犬っておっさんの顔してるんじゃないの?」

 なんか自分でもびっくりするくらい急に冷静になり、思わず聞いてしまった。

「そうなの? あたしよくわかんない」

 彼女は首を傾げた。

「え、君のお父さんやお母さんは人面犬じゃないの?」

「うん、人間だよ」

「へ、へえ……って、それはいいから早く家に帰りなよ。捕まったら解剖されるぞ」

 いやホント何言ってんだ俺? だった。

「ううん、ママの薬探しにいかなきゃだし」

「え、お母さんは病気なの?」

「うん。でもお金無くてお医者さんに診てもらえないの」

「そうか……なあ、俺がお母さんを病院に連れてってやろうか?」

「いいの?」 

「ああ。ここで会ったも何かの縁だしな」


 それもあるけどさ、よく見ると君ってに少し似てるんだよなあ。

 だからさ、完全な俺の自己満足だけどさせてくれ。

 と心の中で言った。


「さてと、ちょっと我慢してくれな」

 俺はスーツの上着で彼女の体を隠して抱っこした。

 こうすればもし誰かに見られても、子供抱いてる父親か兄貴だと思ってくれるだろなって。

「お尻触った。えっち」

 彼女が可愛らしいふくれっ面になって言った。

「あ、ごめん」 

「えへへ、冗談だよ~。抱っこしてもらえて嬉しいな」

 今度は可愛らしく笑いながら言う。

 

 おそらくこの子のお父さん、もういないんだろな。

 それもあってだろうか、とにかく喜んでくれたようでよかった。




 そして着いた先は、家から少し離れた所にある河川敷。

 そこで彼女を降ろして案内してもらうと、

「うわ、まだこんなのあったのか」

 それはブルーシートで作ったテント。

 ホームレスが住んでるようなあれだ。

 ……そっか、この子がいたからかもな。


「さ、入って」

「うん。あの、夜分遅くすみませ……!?」

 そこにいた、いやあったのは死後どのくらい経ってるんだという白骨死体だった。

「な、なあ。これは」

「ママだよ」

「い、いやこれ、死んでるどころじゃないだろ!?」

 俺は思わず叫んだ。

「ママはね、家出したんだって。あたしを産むのを反対されたから」

 え?

「あたしを産んだ後ね、一生懸命働いてたけど病気になって働けなくなって、家賃払えないからお家追い出されたの。そしてここに来て、ずっと寝てたんだ。それでね、ママに元気になってもらおうと食べ物探してたら、子犬が近くにいたの。だから捕まえて焼いてママと一緒に食べたの」

 な、なんだって?

「そしたらママは死んじゃって、あたしもこんなふうになっちゃった」

「そ、そんなことが」

「あるんだよ……

「え?」

「ねえ、まだ分からない?」

 彼女が俺を睨みつけてくる。

「ま、まさか、君のお母さんって、達子たつこ?」

「うんそうだよ。やっと分かったんだね」


――――――


 俺は昔から何人もの女をひっかけては弄んで捨てた。

 大学出て就職してからも変わらずに。

 悪友と賭けをして、相手がいつまで待ち合わせ場所にいるかってのもやったな。

 そして最後に出会ったのが、達子だった。

 一番長く相手して散々抱いて弄んで貢がせ、ボロボロにして捨てた。


 その後は転職して地元を離れ、そこで妻と出会って息子も生まれ……人の親になってやっと自分は酷い事をしてきたと思うようになった。

 謝りに行けばよかったのかもだが、今更行っても……だからせめてこれからは世のため人のため、なんて思っていた。 


――――――


「ねえ、なんでママとあたしを捨てたの?」

 彼女がまた俺を睨みながら言う。

「ねえ、こんなふうになったの、パパのせいだよ」

「す、すまなかった!」

 俺は土下座して詑びた。


 彼女を、達子をこんな目にあったのは俺のせいだ。

 だから俺が報いを受けて殺されるのは当然だが、せめて……と言おうとした時だった。


「パパ、顔を上げて」

「あ、ああ」

 彼女は笑みを浮かべていた。

「あれ、なーんだ?」

「え? ……え」 

 

 そこにあったのは、血まみれのベビー服と見覚えのある指輪をした手首。


「ま、まさか?」

「うん。パパの奥さんとその子供。美味しかったよ」

 彼女がニタア、と笑いながら言う。

「そ、そんな、嘘だろ?」

「本当だよ。さーてと」

 彼女が俺に近づいて来た。

「……てめええ!」

 俺は彼女を掴み、外へ思いっきり放り投げた。

「きゃあっ!」

 

 外へ出てみると、彼女は倒れたままだった。

「俺だけならともかく、なんでだよ!?」

 だが返事がなかった。

「え? お、おい、大丈夫か!?」

 彼女を抱きかかえて何度も揺すってみたが、反応がない。

 そうしているうちに段々と頭も冷えてきた。


「……俺は最低な奴だ、娘まで死なせちまった……ごめんな」

 そして、自分も死のうと思った時だった。


 ガブッ!


「ぎゃあああー!」

 彼女が俺の喉元に噛みついた。


” パパ。抱っこしてくれたの、本当に嬉しかったよ。だから一緒に……ね ”

 彼女がそう言ったような気がした後、俺は地面に落ちていき、そこで意識が途絶えた。



――――――



「う~、また飲み過ぎた。『もうじき娘が生まれるってのに何してんの!』って嫁様怒るだろな」

 フラフラ歩いてる二十代後半くらいの男性がそんな事を言う。

 

 そして彼が自宅マンションの前に着いた時だった。

 ふとゴミ集積場を見ると、二匹の犬がゴミ袋を漁っていた。

「こら。あっち行けよ」

 彼が犬達に近づいて言うが、逃げずにゴミを漁り続けている。

「こらー! あっち行けー!」

 彼が今度は大声で叫んだ。すると、


「ほっといてくれよ」

「へ?」


 犬達が顔を上げた。

 その顔は三十代後半くらいだろうかという男性と、高校生くらいの少女だった。


「え、え?」

「ねえおじさん、食べられたいの?」

 少女の方がニタア、と笑みを浮かべて言うと、

「ぎゃあああーー!」

 彼は慌ててマンションの中に逃げていった。


「まあ酔ってたみたいだし、夢だと思ってくれればいいが」

「そうだね。けどもうこの辺りにはいない方がいいよね」

「ああ。さて、次はどこへ行きたい?」

「うーん、もうちょっと涼しいとこがいいな」

「分かった。じゃあ行こうか」

「うん、パパ」




 終

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幼女の人面犬と会った。 仁志隆生 @ryuseienbu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ