第3話 成瀬君と秘密を共有する
わたくしは彼の足元に近づくモフモフとした存在に目を移しました。可愛らしい真っ白な猫ちゃん。
「かわいい!」
わたくしの声にがっくりと肩を落とされた成瀬君。
「頼む。この子のことは黙っていてくれ」
「成瀬君はいつもこの子とお食事をされていたのですか?」
「……まあな」
冷たいイメージの成瀬君が、実は動物好きな優しい方だったなんて。思わずふふっと笑うと、バツが悪そうなお顔で、そっぽを向かれてしまいました。
そのご様子がなんとも言えず可愛らしく思えてしまって……あら、いやですわ。わたくしったら、まもなく十八歳を迎えられる男性を可愛らしいなんて、失礼ですわね。
「飼い主がいないようですね」
「野良だな」
「先生にお知らせした方がいいと思うのですが」
「誰にも言うなっていっているだろ!」
先ほどまでの雪解けモードが一転、また氷の眼差しに戻られてしまいました。
失敗です。余計なことを申し上げてしまいました。
成瀬君がそうおっしゃる理由を、わたくしもわかっておりますのに。
全寮制のわたくしたちは、動物を飼うことができません。どなたか飼ってくださる方を見つけなければいけないのですが、万が一飼ってくださる方が見つからなければ……殺処分されてしまうかもしれないのです。
大人の方に安直にお話するのが、必ずしもこの子の安全につながるとは限らないという悲しい現実がありました。
もしかしたら、成瀬君はあまり大人の方を信用されていないのかも知れませんね。
「出過ぎたことを申しました。ごめんなさい」
「……」
白い猫は、わたくしたちの気まずい様子には頓着無く、成瀬君の足元にスリスリと身をなすりつけながら寄り添っていました。
こんなに懐かれていらっしゃるなんて。成瀬君はやっぱり温かい方に違いありません。
リベンジすべく、わたくしはなるべく明るい声でお願いしてみました。
「わたくしもたまには外で食べたくなりましたの。申し訳ないのですが、お隣で食べさせていただいてもよろしいですか?」
「勝手にしろ」
乱暴にそうおっしゃいましたが、猫さんを安心させるようにその背を撫でると、そのまま腰を下ろされました。ビニール袋から
みゃぁと言う催促の声。成瀬君はパンを半分に分けて、猫ちゃんへ差し出しました。嬉しそうにハムハムと噛みつく様子が、とっても可愛らしくて、わたくしも目が離せません。
「かわいいですね」
「だろ」
猫ちゃんへ向けた成瀬君の目は優しくて、口元も少し上がり気味のように見えます。もしかして笑っていらっしゃるのかしら。
いつも笑わない成瀬君の笑顔が見たいと思っておりましたが、笑顔を見せないのは人間に対してだけで、動物にはこんな風にいつもお見せになっているのかもしれませんね。少し希望が湧いてまいりました。
近い将来、わたくしにもその笑顔を向けてくださるように、まずは信用を勝ち得なくては。
「成瀬君、わたくしお約束しますわ。この子のことは誰にもお話しません。誓います」
「……」
わたくしの覚悟を探るように厳しい目を向けてこられました。
だから瞳に精一杯の決意を込めたつもりです。
「頼む。そうしてくれ」
「はい」
少しだけ信用してくださったようですね。良かったです。
これで二人だけの秘密の共有ができました。何はともあれ、お友達への一歩を踏み出せたのではないでしょうか。
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