第2話 Stesmpunk and Sunlight of Southern Cross①

 ロンドンは春を迎えた。

 街の人々は弾けたように咲き揃うチューリップやスイセンを見ながら歩く。辺り一面には、ミモザの花も春を告げていた。「霧のロンドン」「雨のロンドン」と言われるくらい雨が降るこの場所では、晴天の今日、花々はその美しさを一層増していた。


 小さな子供に花の名前を教える獣耳の親子連れ、手を離し、わが子がついに自転車を一人で乗れた事に感動を隠せない角を生やした親子。風のささやく木陰でのんびりと寄り添う、長い長い耳を持つ老夫婦。

 この世界に人間以外の人種が現れてからおよそ100年。突如変わったその世界に人々は驚愕した。これによってイギリスをはじめ世界中の社会体系が大きく変化し、新人種主体の世界となったが、今となってはその全てが生活の一部として染み込んでいる。イギリスの政府も、今は聖族種セイント天界種エンジェル、そして翼族種フリューゲルが収める場所となっている。


 春の公園を尻目にポラリスはサザンクロスへと向かっている。

 ポラリスがアクルックスと会って数カ月。

 サザンクロスにも行き慣れてきた。

 実は今日はアクルックスからとある依頼を受けている。国で武器として使うスチームマテリアルの修理を頼まれたのだ。

 サザンクロスに到着し、ポラリスは店の扉を開けて中へ入る。

「おはようアクルックス。来たぞ」

「やぁ、おはようポラリス」

 そしてアクルックスは気が付く。実はポラリスの足元には、見覚えのあるもふもふしたやんちゃ小熊が。

「やぁ!コチャブじゃないか!お久しぶりだなぁ。元気だったかい?」

 そう言ってアクルックスはコチャブを撫でる。

 コチャブもアクルックスに前足を伸ばして懐く。

 なぜ、コチャブがポラリスと一緒に来たのか。

 実はコチャブ、ポラリスが訪れたつい数週間前にダンボールに入っていた小熊のようで、引き取り手を探していたのだ。そこにポラリスが現れあまりに懐くので、ポラリスはアクルックスにコチャブを受けて欲しいと頼まれた。

 アクルックスの頼みではなかなか断れない。

 その事を店の店長で、“親方”と呼ばれるベンさんに話したら、

「はっはっはっはっ!こりゃまた面白ぇじゃねえか!可愛い可愛い招き小猫、いや、招き小熊とはなぁ!あっはっははっはっはっ!」

 とからかわれ、ポラリスは赤面した。

「じゃあ、こちらから入って!俺も少し荷物を取ってくる」

 と言われ、ポラリスは店内に入る。ポラリスは、そのまま店内で待つのかと思っていたが、アクルックスは、ポラリスを先導したままぐんぐんと進んで行く。

「おい、アクルックス、どこ行くんだよ?」

「まあまあ」

 と制され、ポラリスはアクルックスの行動を見守る。

 するとアクルックスは、とある戸棚の一部を回転させた。するとそこには扉のような、廊下へ繋がる空間が存在し、下の方へ降りるようになっていた。

「うぉ!すげぇ……!」

 アクルックスは笑ってポラリスを見る。

「ビックリしたかい?スピークイージーだよ」

 スピークイージー。話には聞いた事がある。禁酒法が厳しかった時代に、合言葉を用いて入れる特別な部屋を設けて酒を提供する場所が流行った。その場所を、よくスピークイージーと呼ぶ。

「俺は、人工人間である都合上、階級的に剣士であることは、今は憚られている。表向きは薬店でなくてはいけなくてね。剣士の仕事や情報交換は、スピークイージーを通してやっているんだよ」

 下への階段を降りながらアクルックスは説明をする。その先には少し小さな木の扉があった。アクルックスは扉を開けてそこへ入るよう促す。

 部屋に通された後で、じゃあ、行く為の荷物を持ってくるから少し待ってて!とアクルックスに言われ、ポラリスはそこに残された。

 少し重厚感のある書斎のような部屋は、アクルックスの雰囲気に似合っていて、よくこの部屋を使い込んでいるのだなとポラリスは感じた。

 やはり、軍の事、火星府関連の書籍が多い。

 新人種が統治するようになってから、新しい国王は、その威厳を国民に示すために、国の政府を惑星に準えた名前に変えた。国王と王妃がこの系列の主、太陽と月という解釈である。

 今現在の政府には、水星府から始まって、金星府、地球府、火星府、木星府、土星府、天王星府、海王星府、冥王星府、そして流星府と、十の省庁が存在する。

 ――とは言っても、あまり行う事が変わった訳ではなかった。

 その中でも火星府は国防や軍事を執り行っている。いわば防衛の要である。そのため薬店と国の剣士をやっているアクルックスには大きく関係のある省庁なのだろう。

 そうして眺めているうちによく見ると、机には今朝の新聞が置かれていた。パラパラと何枚かめくれたその紙面にはこのように書かれている。

『また発生か 人工人間の失踪、殺人事件。 今度は住宅街』

「また発生したのか」

 最近、社会では人工人間を狙ったいじめや殺人事件が多発している。この手を模倣した犯罪も多い。少し不安定な社会の状況に不安を抱いた人の発露となっているのだろう。

 アクルックスも、やはりこの事件で考えることがあるんだな。

 ポラリスは、つい前に言われた言葉を思い出す。

「想像してくれないかな。もし、君の隣にいる奴が、嫌で、気持ち悪くて、トロいやつだったら、それがそいつを糾弾する、もしくはそいつに死んでもらう、そいつをバカにする全うな理由に当てはまるのかどうか」

「その事をポラリス、君には少し、知っておいて欲しいんだ」

「……」

 そんな事を考えていたら、ふとノックの音がした。

 アクルックスが帰ってきたのだろうか?

「アクルックス?」

 アクルックスではなく、アクルックスを尋ねる声。どうやら若そうな男性の声だ。

「アクルックス?」

「入るぞ?」

 その声とともに、ギィとドアが開く。

 声の主は、やはり若い男性だった。

 長い栗色の髪と、特徴的な長い耳を持つ。どうやら森林種の男性のようだ。

 森林種の人々は、非常に整った顔立ちをしているという特徴もある。この男性も例に漏れずに端正だ。その下に着ている群青の軍服のような服と黒の外套、同じく黒のボトムス、そして腰に携えた太刀がよく似合っている。

 その言葉と立ち振る舞いで、この人がアクルックスの言う「師匠」なのだと直感できた。

 しかしその男性は部屋に突然立っていた見知らぬ人物を見つけ驚く。そしてポラリスを険しそうな目で見つめる。

「……おい、そこで何をしている!」

「あ、いや、僕はその……」

「この部屋はスピークイージーだぞ。誰だ君は?!」

「僕は、いや許可は貰って、いやこれデジャブ?」

「何だと?」

「いや違うんです。これはその……」

 その時、絶妙なタイミングでアクルックスは現れた。

「師匠?!」

「アクルックス?!」




「先程はごめん。済まなかったね」

「いえ」

「君がポラリス君なんだね。君にスチームマテリアルの修理を頼んでおきながら、その事を失念していた。本当に申し訳ない」

「いえ、とんでもありません」

 一悶着の後、ポラリスはとてつもない既視感をこの状況に覚えながらも、アクルックスそして師匠と机に座り、一緒に紅茶を飲んでいた。

「私はエニフ。この子の師匠をやらせてもらっている」

 エニフはそう言うとアクルックスを見た。

「いつもアクルックスが世話になっているようだね。気にかけてくれてありがとう。感謝するよ」

「いえ、とんでもないです、こちらこそ」

「そう言えば、アクルックスと君はどこで知り合ったんだい?」

「実は俺、この数軒先の所にあるアンティークショップで黒いブローチを売っているのを見かけていて」

「うん」

「それを実は、アクルックスがたまたま買って持っていたんですよ」

「そうなのか?このブローチが……?」

 ――こうしておしゃべりは、ポラリスとアクルックスの話から始まり、お互いの趣味や興味についての話題にもなった。途中、エニフとアクルックスのする仕草が、お互いに本当によく似ているので、やはりこの二人は長い間一緒に居る師弟なんだな、とポラリスは驚いた。

 だいぶ話も深まり、打ち解けて来た所で、ポラリスは話題を戻す。

「それで、その今回修理するスチームマテリアルはどこに……?」

「ああ。それなんだけれど――」

 そう言うとエニフは顔を上げポラリスに言った。

「実は、そのスチームマテリアルはここには今無くてね。修理してもらいたい備品は、軍の基地の備品倉庫に全部ある。申し訳ないけれどポラリス君、良ければ一緒に付いて来て貰えないだろうか?」

 


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