第1話 Steampunk and Broaches of Southern Cross②


 それからポラリスはアクルックスと何回か会った。時間を作っては時々会いに行ったのだ。ポラリスは、アクルックスの不思議な人間性に興味が湧いたのである。そうしてアクルックスと話している間に、ポラリスは、何となく彼の事が分かるようになった。

 アクルックスはどうやら薬屋であると同時に、イギリスの国軍に所属する剣士であるらしい。ポラリスは、人工人間の剣士を今まで見た事が無かったので、人工人間でも剣士ができるのかとふと疑問が湧いた。

 それと同時にアクルックスへの他の疑問も湧いてきた。

「なぁ、アクルックス」

「何?」


 ある日ポラリスは思い切ったことを聞いた。

「そういえば、ミスターと呼ばれたりミスと呼ばれたりしているよな?お前自身も、自分の事を男のように言うが、男と女どっちなんだ?」

 アクルックスは、その容姿や言葉使いが少女のようでも、少年のようでもある。服装も、どこか剣士の青年のようであり、しかしながら男性の体躯と言うより、華奢な女性のボディラインと似ている。ポラリスは、アクルックスがどちらなのか気になった。


 また、蒸気機関技術の普及で様々な事が出来るようになった現在、自分の表現として、性別に対し複雑な感情や思いを抱く人も多い。ポラリスは、アクルックスもそういった1人なのではないかと、少し考えた。

「難しい所だな。う〜ん」

 アクルックスは、少し悩んだ挙句、こう答えた。

「性別はご想像にお任せするとしよう!」

「なんだよそれ」


 その時

「おい、ノロノロやってんじゃねえぞこのクソ野郎が!!」

 大きな怒号が聞こえた。

 見ると、近くのオープンレストランで、店員の女性が恰幅の良い男性に謝っている。

「俺の食べモンに汚ぇ息をかけるんじゃねえよ。早く別の奴出して良い奴持ってこいってんだろ」

 客の男性は、人工人間の女性が飲食を持ってきたという事が、癪に触ったようである。

「申し訳ありませんでした」

「……ったくよ。こんなんだから人工人間は嫌なんだよ。うぉ気持ち悪、クソ汚ぇし、トレぇしうぜってぇし。死ね」

 なんだか、空気が重く悪くなったのを感じ、ポラリスは言う

「……次なんだっけ。えっと、行くか」

「……ああ、行くか」


 そう言って歩くアクルックス。彼は無言だったが、どこかショックを受けているように見えた。

 ぽつりと、アクルックスは喋りだす。

「……君は、人工人間について、どう思っているんだい?」

「え?」

「想像してくれないかな。もし、君の隣にいる奴が、嫌で、気持ち悪くて、トロいやつだったら、それがそいつを糾弾する、もしくはそいつに死んでもらう、そいつをバカにする全うな理由に当てはまるのかどうか」

 アクルックスはどこかに目を向けて、まるで遠くへ語るように話した。

「もしかしたら、世の中にはそんな気持ち悪い自分が嫌で、嫌で、毛嫌いして、今現在この瞬間も努力してる奴がいるかもしれないんだ」

「その事をポラリス、君には少し、知っておいて欲しいんだ」



 それから数日後、ポラリスはまた、サザンクロスを訪れた。

「アクルックス?」

 店に近づいて気付く。

 店内がやけに騒がしい。

 雰囲気がよろしくない。

 遠目に見ると、アクルックスが数人の不良に囲まれて睨まれている様子が見えた。

「アクルックス!」

 ポラリスは急いで蒸気銃を取り出す。


「おい、大丈夫か!」

 ポラリスは声をかけたが、それに気づいてか気付かずか、アクルックスは「ああ」とだけ答える。

 アクルックスの手には剣が握られていた。

「この店に何の用だ」

 アクルックスが、静かに言う。

「アクルックスっつーんかお前、てか人工人間なんだよな」

 アクルックスは言う。

「仮にそうだとしても、それがどうした。何か悪い事でもあるのか」

 不良が嘲笑う。

「フン。こんな薬屋なんてやりやがって。うぜぇんだよ」

「こんなの潰してやんよ」

「ていうかかあんた可愛いねぇ、いくつ?」

「大人しくしときゃ悪くしねえよ」

 不良が、ニヤニヤ笑いながら持ってきた バールや棒を取り出して言う。

 アクルックスはそろりと剣を構えた。

その身のこなしは剣に手練れた人物のそれで、ポラリスは改めてアクルックスが剣士でもあると納得した。

 剣を不良に向けアクルックスが対峙する。

 今までの中でこんな事が、きっと何回もあったのだろう。 

 そう感じ、意を決して、ポラリスは言う。

 不良は、俺も対峙した事がある。

「待て!」

 ポラリスは銃を構え、アクルックスと不良の間に立った。

「あァ?誰だテメェは?」

「ノコノコ入って来んじゃねぇよ」

「それはすみませんでした。実は前に、この店の店主にお世話になった事がありましてね、俺の事―ポラリスと言ったら、この辺り手ではかなりスチームマテリアルで通ってるんだけどな?」

 そう言って、ポラリスが自分と懇意にしている相手を告げると、不良は青ざめて去っていった。


「済まない。また厄介になってしまったね」

 不良が去った後、アクルックスは剣をしまって言う。

 ポラリスは、冗談めかして返す。

「もう一度奢るなんて事はよしてくれよ?」

 そこでポラリスは、アクルックスの先日からの小さな変化に気が付く。

「あ」

「ん?」

「そのブローチは……」

 アクルックスの外套には、あの十字架のブローチが、それと同じ飾りが、束ねた髪にも輝いていた。

「ポラリスもこのブローチを店で見かけた事が?」

 アクルックスは尋ねる。

「ああ、いつも店に出勤する時、あの店の前を通るんだ。それでよく見ていた」

「このブローチは夜の星空のような色をして綺麗に輝いていたから、無くなってしまって、もう見られないのかと悲しくなったんだ。それがもう一度見られた」

そしてポラリスは笑顔で言う。

「嬉しいな。お前の所にあるなんて」

 この屈託のない言葉に、アクルックスは驚き、赤くなった。

「君は……だから俺は戸惑うんだ。全く」

 そしてアクルックスは話を恥ずかしくて逸らしたいのか、こんな話をした。

「俺はよく人から“人工人間”と言われる存在だ。だから俺は、自分を男であるとも、女であるとも思っていないんだよ。親は、人工人間法によって分からない。世間は俺たちを、人間だなんて、そんな扱いはしてくれなかった。そうだろう?」

「……」

「世間は俺に“人工人間である事”を認めてはくれなかった。認めてくれたのは、二人の俺の師匠だ」

「俺は、その二人のお陰で成長したんだよ」

 そしてアクルックスは続ける。

「その師匠のうち一人は、俺の小さい頃からお世話になっていてね。南十字星の話を、よく師匠が話してくれたんだよ。その師匠から『お前は皆の南十字星だ』と言われてから、

大層俺はその事を気に入っていてね。南十字星が大好きになった」


「南十字星…南の航路の頼りになる周極星か。でもここは北半球だ。イングランド辺りでは見れないんじゃないのか?」

「そうだよ」

「んじゃあ、そんなに気に入っていているのなら…その南十字星を見に行った事は、あるのか?」


 アクルックスは笑いながら答えた。

「残念だけれど、僕はこの目で南十字星を見た事がないんだ。そりゃ、見てみたい気持ちは山々なんだけれどね」

 その言葉を聞き、ポラリスは自分の心の中の「ある何か」が、確かに動いたのを感じた。


「なぁ、アクルックス」

「どうした?」

「……南十字星を、いつか見に行くとか…さぁ、もう良いんだよ。いいんだ、そんな事は」

「ポラリス?何?どうしたんだ?」

「期待していても…期待«だけを»していても、何も発見できないぜ」

「ポラリス?どうした一体急に……?」

「……なぁアクルックス。南十字星をちゃんと見に行かないか?」

「え?」

「何ならさ、一緒に見てみようぜ!一緒に見える所まで行こう!な!一緒に南十字星を見に行かないか!」

 向かい合って肩を掴まれ、そう言われたアクルックス。彼はしばしたじろぎ、

「フフッ!」

 堪え切れず「プッ」と吹き出した。

「え、いやえと、その……」

「あっ、はははははははははははははは!」

「どうした!?いや何だよアクルックス」

 アクルックスは、目についた涙を指でどかしながらポラリスを見る。

「い……いや……あまりに君が熱心に……熱心に語り続けるものだからさ、俺はてっきり今現在……プロポーズされているのかと思ったよ」

「はぁ?!」

 驚きを隠せず、ポラリスは我に返り、アクルックスの赤面を二倍にしたよりさらに赤面した。

「違う!いや!いや!これはその……!」

 その間も、可笑しいとばかりに笑うアクルックス。その笑いの間で、アクルックスはこう言った。

「うん、良いだろう!」


「……へ?!」

「君が俺と見に行きたいと言ってくれて、俺は嬉しい」

 アクルックスは明るく返し、ポラリスに感謝しているように、こう告げた。



「俺は君と、南十字星を見に行きたい」



 アクルックスにそう言われて、ポラリスは表情を変える。

 まるで何かを見つけたかのように。


「ポラリス、約束したんだ。絶対守って欲しいな!」

「ああ、任せとけって!約束は絶対に守るよ、アクルックス。心配すんな!」

 その言葉を受けてニコリと笑ったアクルックスの表情は

 夜の星の輝きのようだった。



 第1話 おわり

 第2話へ続く



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